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もふもふ異世界料理人 しあわせご飯物語  作者: りょうと かえ
おでかけと再会

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エスプレッソコーヒーと、川沿いでおにぎりを

 ぐるぐるぐる。アリサは容赦なくエスプレッソコーヒーに、スプーンを入れてかき混ぜた。

 そして、ちびりちびると飲み始める。


 初老のウェイターが悲しい目をしても、責められなかった。


 元々、エスプレッソコーヒーはイタリアで非常に好まれるコーヒーだ。

 イタリアでカフェ、といえばまずエスプレッソになるだろう。


 短時間で急速に淹れる独特の手法により、他と一味違った風味が生まれる。


 そのため、飲み方にも一定の作法がある。

 アリサは今、どさどさっと砂糖を入れて、ぐるぐるとスプーンを回してしまった。


 実は砂糖をどかんと入れたのは、間違いではない。

 本場でもブラックでエスプレッソを飲む人は珍しい。


 砂糖を一杯、二杯入れるのだ。ただしかき混ぜたりはせず、すぐに一口で飲みきる。


 そして、底にたまった砂糖を食べるのだ。


 もっとも、砂糖を食べるまでやるのは日本では少数派だろう。


 場合によってはマナーのない人間とみなされる場合もある。

 お国柄なのでしょうがない。


「アリサ……もっとおいしい飲み方があるんだけど」


 すでにアリサのエスプレッソコーヒーは手遅れだが、私のコーヒーならまだ間に合う。

 残った泡が消えないよう、静かに砂糖をひとさじ分落とし、アリサに手渡した。


 回し飲みは、本来褒められる行為じゃない。

 けれど彼女の初エスプレッソがこれでは、少し悲しい。


 私のように、ブラックでまず飲むという人はいいけれど。イタリア人も浮かばれない。


「ぐいっと、一口で飲むんです。でも、最後の苦いところは無理しなくてもいいよ」

「……そういう飲み方なんだ」


 彼女は言われるままに、カップに口をつけ勢いよく飲む。

 まず、頭を突き抜けるような強烈な風味、そして爽やかな酸味があるはずだった。


 そのあと、口の中に砂糖のまろやかさ、甘さが通り抜ける。

 最後に、印象深い苦みが後味になって舌に残るのだ。


 あらかた飲み干して、アリサはため息をつく。駄目だったのかな。


「わかった……眠気覚ましみたいな、そんな味。頭が冴えそう」


「わ、わかってくれた!?」


「……うん」


 私は胸を撫で下ろした。

 飲み方は人それぞれあるんだけども、一回は基本の飲み方で味わってほしかったのだ。


 アリサはカップを丁寧に降ろした。

 どことなく、目に力強さがあるような気がする。


 それがコーヒーの魔法のおかげなら、きっとウェイターも喜んでくれるだろう。



 ◇



 街に戻った私達は、ぶらぶらとお散歩がてらに買い物を楽しんだ。

 今日のパーカーとかは、ニナが選んだものらしい。


 どうやら、あまりお洒落には興味ないようだった。


 私も人にアドバイスできるほど、優れたファッションセンスは持ち合わせてはいない。

 逆にアドバイスが欲しいくらいだった。


 アクセサリーも、化粧品も、バッグなんかも特に興味はないようで、すっと見て、店を出ていくことになる。

 でも、その中でアリサが意外な興味を持ったのは、サボテンだった。


「……じーっ」


 ぽっちゃりしたカボチャのようなサボテンの前で、アリサが立ち止まった。

 手のひらサイズでかわいらしいサボテンなのだが、彼女はいたく惹かれたらしい。


 彼女は手に持つと、針が鼻に刺さりそうなほど近くで見つめはじめた。

 そのまま手をくるくると回し、じっくりと眺めている。


「ふんふん……」


 私の目には、いたって普通のミニサボテンにしか見えなかったが、アリサには違うらしい。

 下から覗きこんだり、上から見下ろしたりと余すところなく鑑賞してる。


 アリサがこんなにモノに執着するのは、どうも初めてのように思えた。


「買って帰りましょうか、そのサボテン」


「……いいの?」


「お金は気にしないでください。それよりも帰りの魔力の方が、問題かも」


「それは……なんとかする」


 結局、いろいろな店を回っても彼女が買ったのは、そのサボテンだけだった。

 物溢れる東京でも、彼女の物欲はほとんど刺激されないらしかった。




 ◇




 そのあと、私たちは河川敷へと向かった。

 お弁当を食べるためだ。ここはいわゆる隠しスポットで、のんびりお昼ご飯を食べるのは丁度いい。


 適度に静かだけど、ランニングをする人も野球をする人もいるし、人寂しさはない場所なのだ。


 日は髙いが、照りつけるようなビルからは離れている。

 ときたま、川から吹く風が心地よかった。


 河川敷の原っぱに、私は持ってきた腰掛用のハンカチを広げて腰かけた。

 アリサも、私のすぐ隣に腰掛ける。


 私はお弁当の箱を取り出して、アリサに広げて見せた。


「じゃーん! おにぎりです!」


「これ、お米を丸めたの?」


「そうです、日本の伝統的な携帯食ですね」


 言って、私はひとつ食べ始める。

 辛子明太子のおにぎりは、もちっとしたお米と明太子のぷちぷちとした食感が楽しい一品だ。


 噛むたびに、お米のほんのりとした甘さと、きゅっとした塩辛さが交互にやってくる。

 明太子はまさに、お米にあわせるために生まれた存在だろう。


 アリサも、私と同じおにぎりをとって食べ始める。

 一口目はお米だけだったみたいだけど、二口目からは猛然と食べだした。


 もともと私の手のひらサイズなので、あっという間に食べ終わる。


「辛いの、魚卵?」


「スケトウダラの卵を漬けたものです、ほどよい辛さでしょう?」


「……焼いても、おいしそう」


 おお、アリサも和食というものを理解し始めていた。

 自分の用意した料理から、次の料理を連想してもらうのは、料理人のささやかな喜びでもある。


「焼いてもおいしいですよ、今度やりましょう」


「……うん」


 次に、私は梅おかかのおにぎりを手に取った。

 これは具が少し小さいので、ちょっと食べ進めなければならない。


 しかし、具にたどり着くと全く味は変わる。

 はちみつ梅のしょっぱさはほどよく、おかかの醤油とかつお節のうまみが激しく広がっていく。


 でも、濃すぎるその味も、ご飯と一緒になることでちょうどよいところに落ち着くのだ。

 まさに、おにぎりの素晴らしさだった。


 単体では自己主張が強すぎるおかずでも、ごはんと組み合わせることで、マイルドに食べられる。


「……魚っぽい味がする」


 おかかは食べさせたことはなかったけれど、アリサは正確に具材を当ててきていた。


「魚の切り身を乾燥させて、削ったのが入ってます」


「……時折思うけど、日本人の食べ方って変わってる」


「う……ま、まあ昔からの食べ物はそうですね……」


 この前のうなぎといい、ごにょごにょとしか言えない。

 コンロがあるのになぜ炭火と聞かれたら、その方が美味しいからなのだ!としか答えられない。


 でもこれでふぐ料理をだしたら、なんて言われるだろう?


 残った最後のおにぎりは塩むすびだ。

 味つけは塩だけの、まさに簡素の極みの料理だ。


 でも塩の純粋な味わいと、ご飯のストレートさだけでもちゃんと料理をしている。

 ご飯そのままでは確かにない、もう一味がおにぎりを成立させているのだ。


 噛むほどにお米の後に残る甘みとしゃっきりとした塩味が、気持ちいい。


「……ねえ、彼方。私……」


 もうすぐ塩むすびを食べ終わるかというとき、彼女がおずおずと話しかけてきた。

 あらたまって、なんだろうか。


「また誰かと川の側で、のんびり座って食べることができるなんて、思わなかった」


 かすれた声で、アリサが言う。それはアリサにしては珍しい、口調だった。

 いつもほとんど抑揚がなく、感情を表に出さないのに。今の言葉には、確かに寂しさがあった。


 驚いたのは、彼女の言葉がそこで終わらなかったことだった。

 私が知る限り、初めてのことだった。


「ずっと、ずっと、生きてきた。でも、家族も弟子も友達も、私みたいに長く生きられない」


 塩むすびの最後の一口が残る私に、彼女は言葉を放つ。

 まるで、ただ聞いてくれというように。


 私は言葉を挟むことが出来なかった。


「そして今は、みんな私に近づかなくなる。……私の力を知って、畏れ敬い、離れていく」


 そこには、かすかな憤りと諦めの感情があった。

 彼女が何を言おうとしているか、わかるようで、掴み切れなかった。


「彼方は……そうは、ならないでね」


 これでこの話はおしまい、というように彼女は立ち上がった。

 小ぶりのお尻をはたき、視線を私でなくゆっくりと流れる川に向けていた。


「……うん」


 私はおにぎりの最後の一口を飲み込んだ。

 不思議とお米の甘さは消え失せて、塩味が口に色濃く残ったのだった。

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