帰り道
その後も、ベルツさんは大活躍だった。
どんどんと切り落としを作っていく。
蒸気船からも続々と小型船で作業者がきて、砂浜は人だらけになった。
巨大マグロが見る見るうちに削られていく。
私と巴姉さんは、特設のまな板でブロック切り身を量産していた。
ひーひー言いながら、一抱えの切り身を細かくしていく。
巴姉さんは筋に沿って、私よりも遥かに早く切っていた。
この辺り、経験が出てしまう。
三十分くらいだろうか、巨大マグロはもう原型を留めていなかった。
切り崩され、身が桶に詰め込まれている。
ある程度の目途は、立ったようだった。
私たちのもとに、ベルツさんがやってきて言う。
「大きな所は終わりました、そろそろお手伝いも大丈夫でしょうかな」
「そ、そうですね……」
すでに数十人が私と同じ作業をしていた。
ちょっとした魚市場と化していた。
水もどんどん運びこまれ、血合いやらを流していく。
それでも海が赤く染まることはない。
杖を持った人たちが、血を消し去っているのだ。
アリサが私のそばにいるので、私の周りには人が少ない。
気にしてないのは巴姉さんくらいだった。
「はぁはぁ……お待たせいたしました……」
そう言えば姿が見えなくなっていた王様が、宮殿側から現れた。
息を切らしており、走ってきたみたいだ。
「申し訳ありません、大公との会談が終わりました」
「ということは……」
王様はしっかりと頷いた。
「天山の国に帰りましょう」
アリサのこともある、帰り支度は手早かった。
砂浜のみんなと巴姉さんに別れを告げたのだ。
「私は巨大マグロの解体を終えたら、日本に戻るよ」
巴姉さんが耳元でささやいた。
「これからも頑張れよ」
「うん、わかった……!」
そう言って、私は貝殻の国を後にしたのだった。
◇
帰りもグリフォン馬車を使っての空の旅だった。
正直言って、あまりにも疲れている。
野外だと、調理だけでなく日差しで体力を奪われるのだ。
馬車の中はひんやり涼しく、しかも長椅子は柔らかい。
そのまま体重を後方に預けたくなる。
でもそうすると、確実に眠りへと落ちるだろう。
アリサは犬の姿で静かにしている。
全身を長椅子に任せて、気持ち良さそうに耳をぴくつかせている。
私は王様の前で、眠るのだけは避けたかった。
「彼方様…………お疲れのところ申し訳ありませんが、少し宜しいでしょうか?」
「は、はいっ!」
ちょっと声が裏返って危なかったけど、すぐに返事はできた。
「海王を解体している間に、イシュム大公と会談を行いました」
じっと王様が私を見る。
「貝殻の国でもまだ賛否はあるようですが……地球との交流を活発化させることで、大公と私は合意しました」
「それはいいことだと、思います」
実のところは、国としてどうなるかはわかっていなかった。
でも料理人からすれば、新しい人や食材と交流するのは歓迎すべき話だ。
「正式にはまた地球の政府と交渉しますが彼方様に、間に立っていただきたいのです」
「えっ!? い、いやそれは……」
「彼方様はレムガルドの中で、神祖様により最も信用がある地球人です。イシュム大公も、同意しました」
「わ、わたしはそんな大層な役割ができる人じゃないです……! そう、巴姉さんの方が…………」
「全てを背負うのは無理でしょう。……しかし、表に立ってもらうことは出来ないでしょうか?」
「……私も、そうして欲しい」
アリサが、半分寝ているような口調で言う。
「海王の魔力はかなりのもの……でも、まだ足りない。もっと広く集めないといけない」
「……う、もっと色んな人や国と?」
「そういうことになる……」
「地球との交流に保守的なレムガルド人も、まだまだ数多くいます。我々だけでは、時間がかかるでしょう」
王様はいつかの夜と同じく、真剣な目つきだ。
今回もだけど神祖と付き合うなら、天山の国だけでは済まなさそうだ。
それは……私の仕事にはいるのだろうか。
基準は一つだ。
「外交はやりません。でもそれが料理に関わるなら、やります」
フランスのアントナン・カレームに倣おう。
料理による外交なら、是非もなかった。
フランス料理が花開いたのは外交ゆえだ。
王様は、ふうと息をついた。
「ありがとうございます……。貝殻の国も喜ぶでしょう。道筋をつけることもできます」
「道筋……?」
「私も、地球――いえ、日本に行ってみたくなりましたからね」
天山の国はレムガルドでも大国、その王様の来訪となれば一大事だ。
盛大な歓迎が行われるのかな。あるいは、お忍びかもしれない。
「その時は美味しいものを作ってくださいね、彼方様」
「本気ですか!?」
私は結構な大声を出してしまった。
日本でそんなことをすれば、いよいよ大学生活に支障が出かねない。
「……いまさら、だよ」
表情がわからないけど、アリサの声がする。
王様とアリサは、ふふっと微笑んでいるのだった。
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