海王の大トロ
遠巻きだった作業者や兵士たちが、巨大マグロを取り囲み始めた。
アリサは巨大マグロに手を付きながら、なおも回っている。
急ぐでもなく、じっくりとした歩みだ。
私たちも、砂浜に駆けつける。
流石に顔は知られているようで、不審そうに見られることはない。
でもマグロのふもとには来たけれど、、どこから手をつければいいのだろう。
勢いだけで、マグロまで近づいてしまったのだ。
数百人がかりでも、数時間どころか数日かかりそうだ。
「おお!! お二方も来られましたか! やはり料理人の血が騒ぎますかな!」
「ベルツさん!?」
砂浜で待機している作業者のなかに、ベルツさんが手を振っていた。
鎧は脱いで、ブラウンの作業服を着込んでいる。
盾の会での出で立ちのように、筋肉みなぎる料理人姿だった。
「王より解体に助力せよと申し付けられましてな。いやはや、これほどの大物とは……!」
確かに、砂浜に来て巨大マグロの大きさが肌でわかる。
感覚が麻痺していたけど、三階建てのビルが横倒しも同然だった。
部位を切り落とす順番とか間違えると、下敷きになるのでは。
「こ、これを捌くんですか……!」
「壮観だな。腕は鳴るが……どうしたものか」
「……え、マグロを解体したことがあるんですか?」
巴姉さんならありうるかも知れない。
腕を組ながら、巴姉さんは過去を振り返っている。
「大学生の時はたまに融通してもらって、マグロ三昧していたぞ。もちろん、小型だがな」
ま、まじですか。私はとてもそこまでは行かない。
水産物の調理経験では、改めて及ばないと思い知る。
「マグロの解体では、最初に頭を落とす。問題は、どうやってやるかだが」
巴姉さんが、ひれの部分を見ながら考えている。
う~ん、見上げるサイズの巨大マグロだ。
日本でもこの巨大さでは、クレーン車や重機でないと無理だ。
レムガルドにそんなのはないので、手作業しかない。
「それならば、お任せあれい!」
ベルツさんがどんと胸を叩いた。
傍らには、巨大な刀剣が砂に刺さっている。
まさか、その剣でどうにかするつもりなのだろうか。
透明感のある、青みがかった剣だ。
兵士や作業者は、それを聞くと口々にはやし立てる。
ベルツさんが引き受けるのを歓迎するみたいだった。
「ベルツ殿なら、安心だ」
「うむ、心配あるまい!」
「どうやって切り落としを……」
アリサが丁度、私たちのいる所に戻ってきた。
心なしか、少しお疲れモードだ。
尻尾が垂れ下がっている。
「……こちらは終わった」
「語るより為すが易し! まずは、我が一閃をご覧あれ!」
ベルツさんは言うや、剣を取って巨大マグロへと走りだした。
ずしずしと進む姿は勇ましいが、やっぱり剣一本で……?
「とおりゃああああ!!」
叫んだベルツさんは、なんと天高く飛び上がった。
人間の限界を、遥かに超えている。
巨大マグロの頭上まで、一瞬で到達したのだ。
とんでもないジャンプ力だ。
「いや、どう見ても魔法だろう……」
ぽかんとした私に、巴姉さんが解説を入れてくれる。
それでも、とんでもない能力だった。
空中でベルツさんが、剣を振りかぶる。
そのまま剣を振り下ろし、光の筋となって勢いよく落下した。
結局、何がどうなったのか私には見えなかった。
ただ、すでにベルツさんは砂浜に手をついて着地している。
おお! という歓声が兵士たちから上がる。
巴姉さんも感嘆の声を上げる。
ばさぁ、と巨大マグロの頭が傾き、胴体と離れたのだ。
一撃、一瞬で、切り落とされたのだ。
信じられない光景だった。
周りの兵士たちは予期していたらしい。
手をかざすと、巨大マグロの頭がちょっとだけ宙に浮く。
砂に横倒しにはならなかった。
「この後はどうすれば良いですかな!?」
ベルツさんが、大声で問いかけてくる。
「腹側から、刃を入れてくれ~!」
巴姉さんも負けじと、大声で返す。
うおお、まさに魔法で解体マグロショーだった。
見とれていると、アリサが私の裾をひっぱる。
私の腕に寄りかかるように、アリサが隣り合う。
「……魔力がある部分は、彼方じゃないと駄目」
「あ、そうだね……」
巨大マグロとベルツさんの剣術に圧倒されてた。
でも私にも、やるべきことがある。
大きなところは、ばっさばっさとベルツさんが剣を振り回し切っていった。
空を切っているようにしか見えないけれど、ちゃんと巨大マグロは解体されているのだ。
透明の大剣で切っているとしか思えなかった。
驚くのは、ベルツさんほどじゃないしにろ、兵士たちも同じように切り進めていることだ。
魔法で解体部分を浮かしてどかして、効率よく進めている。
「魔力があるのは、大トロの部分……」
「わかったっ!」
お腹の作業場所に、急行する。
もうすでに、血も魔法で除きながら作業は進んでいた。
持って帰れる部分は、ほんの一部だけだ。
魔力が凝縮した部分をタッパーにつめられるだけ、つめるのだ。
「匂いは感じないでしょ……消してるからね」
一緒についてきたアリサが言う。
これだけの解体だ、本当にありがたい処置だった。
自分より巨大なサイズの白い切り身に、包丁を入れる。
輝くダイヤのような、大トロだ。
こってりとした油が浮いている。
力を入れなくても、つるっと刃が入るのだ。
熟成されてない切り身だけど、ものすごく柔らかい。
タッパーに移すときに、滑るように落ちていく。
そして包丁に油の跡が、くっきりと残るのだ。
ああ、これもきっと美味しいんだろうな。
海王と呼ばれたマグロの切り身を取りながら、私は思うのだった。




