次の食材:海王
皆と会場を出て、私たちは次の場所に移動する。
ついに、約束の食材を受け取る時だ。
お泊りで海に来るとは、思わなかったけれども。
イシュム大公は、まだばつが悪そうな顔をしていた。
「何も嫌がらせで、こちらに来いと言ったわけじゃないんだ」
宮殿が遠ざかり、潮風が吹きつけるようになる。
対決会場とは反対に、静かになっていく。
裏庭を抜けて、行くらしい。
足元が芝生で敷き詰められているので、歩きやすい。
今も護衛はついているけど、道々に護衛が警戒していた。
自分の仕事は終わったからだろうか。
今は吹き抜ける風が、気持ちいい。
いまさらだけど、汗をかいていた。
揚げ物というあったか料理を作ってたから、なおさらだった。
大丈夫だよね、匂わないよね。
自分でわかるわけないと思いながら、すんすんと鼻をきかせる。
感じるのは、林のみずみずしさと、海が近いことだけだ。
ヤシの木やアロエが植えられており、周りの風景は南国だ。
かさかさと硬質の葉が、揺られ音を鳴らす。
足元が芝生から、段々と砂利へと固くなっていく。
「食材がかなり大きくてな。こちらで解体しては、まずいんだろう」
「そうですね。仕留めるのは神祖様がしなければ」
「天山の国まで運べれば良かったが、絶対無理なのでな」
「そ、そんなに大きいのですか?」
イシュム大公が腕を思い切り、広げた。
「まるで船だ! ありゃ運べん!」
ウナギは至って普通のサイズだったけど、今回は違うらしい。
そういえばコカトリスもウナギも、手持ちサイズだったなぁ。
木々を抜けると、小さな湾にでた。
透き通る海に、何隻もの蒸気船が湾の出入り口をふさいでいる。
浜辺は物々しい雰囲気だ。
剣や槍、杖を手にした兵士たちが、何百人もいる。
沖の蒸気船も合わせれば、千人以上の兵士たちがいる。
さらに、作業服に身を包んだ漁師風の人も多い。
これだけでも、数十人はいるのだ。
「追い込んだ食材を逃がさぬよう、湾に閉じ込めているんだ」
イシュム大公が解説する。
現代日本では、一つの食材に考えられないことだ。
モンスターならでは、ということか。
目を凝らすと、見知った顔が浜辺にぽつんと立っていた。
こちらに正面を向いている。
「……アリサ!?」
アリサが――人の姿で佇んでいる。
いつも仮家で接するのと変わらない。
でも、尻尾と耳を尖がらせているようだ。
そのまま、アリサは浜辺から海へと歩き出す。
砂浜を行き、足元が濡れるのも構う様子はない。
波打ち際から、ゆっくりと水上へ歩を移す。
海の上を、アリサは変哲もなく歩いていた。
かなりの早足で、海を進んでいく。
波をものともせずにかき分ける。
テレビで見たことある、水上スキーだ。
あっという間にかなりの距離になる。
爪先くらいに小さく見えるアリサの、黄金色の尻尾が海にきれいに映えていた。
「おお……す、すごい」
魔法を見ると、語彙力が怪しくなる私だ。
ありえない光景に目を奪われていると、突然轟音が響き渡る。
海から数十メートルを超える水しぶきがあがり――超巨大なマグロが飛び上がる。
大量の水が巻き上げられ、湾にぶちまけられる。
本当に、船かビルサイズのマグロだ!
黒光りして目を怒らせている。
それが海から姿を現したのだ。
信じられない。あんなマグロがいるなんて!?
体当たりすれば、船も沈んでしまうだろう。
まさに怪物だった。
マグロはアリサにダイヴしようと、空中で身をくねらせる。
息を飲む一瞬、ぴたりとマグロが静止する。
空中にはりつけられたかのように、動かなくなる。
水が降り注ぐ中、マグロだけが落ちてくることがない。
「伝説の海王ですか……さすがの巨大さですね」
「な、なんかその海王が止まったんですけれど」
「アリサ様から、強力な魔法が放たれてます。空中で釘付けにしているようです」
私にはよくわからないけれど、巴姉さんもイシュム大公も、王様も身じろぎしている。
超巨大マグロの質量を考えれば、確かにすごい。
あんな小さな体で、大型船を止めている様なものだ。
息を飲み次に何が起こるか待っていると、マグロがゆっくり旋回しながら、浜辺へと移動してくる。
……シュールだ。
サイズが全然違うけど、釣り上げられたマグロみたいだった。
アリサも、ざぶざぶと波を浴びながら浜辺に戻ってくる。
マグロはそのまま、浜辺に横たえられる。
全く、暴れる様子がない。でも全身が張りつめている。
無理やり動きを止められているのだ。
とはいえ、このマグロにはたかれたら、即死だろう。
兵士たちも、近づかない。
アリサは砂浜に上がり、ぶるぶると体を震わせる。
海水まみれは避けられなかったようで、ずぶ濡れだった。
ひとしきり水切りをした後、アリサはマグロに歩み寄る。
太陽に反射するほどマグロの背は光っている。
マグロの背に手を乗せ、アリサは呟いた。
そう、小声の筈なのに、しっかりと聞こえていた。
「……眠りなさい」
それが、魔法であると私でもわかった。
力ある言葉、絶対の宣告だ。
アリサから冷気が放たれ、瞬きの間に浜辺を駆け抜ける。
死の冷気が、浜辺を通り過ぎた。
マグロから力が抜け、くたっとなる。
直感だけれど、死んだのだ。
たった一言で、マグロは命を刈り取られた。
ごくりと言葉を失っていると、イシュム大公が周りの兵士に指示を飛ばした。
「……よし、解体班いけ。トモエも手伝ってくれるな?」
「もちろん」
「無駄にするなよ。貝殻に国でも、十年に一度の大物だからな」
アリサは、マグロの周りをゆっくりと回っている。
ウナギと同じなら、処理をしているはずだ。
巴姉さんが駆け出す中、私も走り出していた。
落ち着かない気持ちを蹴り出すように。
じっとしていられなかった。
私も続いて、駆け出したのだった。
「私も、お手伝いします!」




