審査結果と転んでもなんとやら
イシュム大公が、審査員席から会場全体に呼びかける。
マイクで拡張したかのような、若干ひび割れた大声だった。
「皆の者、しばし待たせた。審査の結果が出た!」
うまくできたとは思っても、自信は全くない。
肉じゃがの完成度は、非常に高かった。
私が作っても、あそこまで美味しいものは作れないだろう。
勝っても負けても食材は手に入るけど、出来れば勝ちたい。
それが、偽らざる気持ちだった。
「念のため、言っておこう。両者の料理は見事なもので、まさに拮抗する出来映えであった。勝者に名誉があるとしても、劣らぬ栄誉が敗者にもある」
観客も頷いたりして、賛同の意を示した。
イシュム大公は言い添えが終わると、アリサの方を見た。
「結果は、神祖様より発表頂こう」
アリサがぴょん、と席の上に昇った。
犬ではあるけれど胸を張り、輝く毛並みが人目を集める。
どくんと、血が流れる。
祈るように手を合わせてしまう。
「勝者は――彼方!」
どっと、会場が沸く。
審査員も拍手で迎えてくれる。
巴姉さんを見ると、優しい顔で拍手していた。
勝てた……いや、勝たせてもらったのか。
私は会場と巴姉さんと、審査員に礼をする。
嬉しくないわけはないけど、優越感を抱ける相手じゃない。
じゃがいもは、巴姉さんの本領ではないのだ。
たまたま料理のチョイスがうまくいっただけ。
そう思わざるを得なかった。
「勝因については、天山の王ブレイズ六世から話してもらおう」
「はい……まずは、お二方お疲れ様でした。両方の料理は、甲乙つけがたい一品でした。非常に迷いましたが、一点において彼方様の料理を選びました」
そこで王様は言葉を一旦切った。
ちらと意味ありげな視線を、巴姉さんに送った。
「肉じゃがも極めて味わい深い料理です――しかしじゃがいもと同じように、肉とたまねぎも煮込んでいます。つまり、他の具材がありました」
今度は王様は私の顔を見つめるように向き直った。
審査の要点が、私にも理解できた。
「対して、フライドポテトはポテトとソースだけ。同じ出来なら――美味しさの比重として、じゃがいもをより使っているのは彼方様の方だろう。というのが、最終的な結論でした」
「先ほども言ったが、これはあえて勝敗をつけるなら、くらいの差だった。満足いく、素晴らしい料理だったのは間違いない!」
最後はアリサが、締めるみたいだ。
また胸を張り、腕をぴんと出した。
「二人に、拍手……!」
また、会場中が賞賛と拍手をしてくれる。
こんな大勢に見られていたのか……と、感じ入る。
料理の前は、気にしている余裕はなかった。
とりあえず、全身でこなしただけだ。
今、熱い目で数千人から見られると頬が赤くなる。
縮こまりながら、私はみんなから祝福されたのであった。
◇
まだイベントは続くみたいだけれど、私とアリサには時間制限がある。
会場を後にしなければならないのだ。
大勢に名残惜しそうにされるのも、初めてだ。
音楽家がアンコール! で嬉しくなる気持ちがわかる。
とはいえ、予定は予定だ。
軽く野外の台所を整理し、道具を忘れないようにして会場を後にする。
巴姉さんと一緒に、入ってきた通路を戻っていく。
「負けてしまったな……」
腕組みしながら、巴姉さんは感慨深げだった。
落ちこんでいる様子はない。
飄々と、足取り軽く歩いている。
むしろ、私の方が首を縮めて亀のようになっていた。
恐縮の至りなのだ。
「どうしたんだ、カナ。おっかなびっくりして。勝者に似合わないぞ」
「いやぁ……うーん、あんまり勝った気がしなくて」
手を抜いた、とは聞けなかった。
普段は意識しないけど、巴姉さんは私の師匠でもある。
師匠を超えたとは、とても思えなかった。
靴が、通路の芝生にちょっとだけ沈みこむ。
「いや、誇っていいぞ。フライドポテトは私も考えていたが、あそこまでのものにはならない」
「またまた……嘘でしょ」
「本当だとも。彼方のソースは良くできていたが、私の方は洋風ソースは一通りしか作れん。自信がなかったんだよ」
そう言うと、背中をぽんとはたかれた。
にかっと、巴姉さんが歯を見せて笑顔になる。
「和食と海鮮ならまだ負けないが、洋食は超えられたかな?」
うう、からかわれているぅ。
でもこの方が気が楽だ。巴姉さんにも、立場がある。
私のせいで悪くなったりしなければ、いいけれど。
「随分、仲が良くなったものだな」
来た道の終わりには、イシュム大公と王様が待っていた。
どうやら先回りしていたらしい。
「仲が良いも何も、私の従姉じゃないですか」
「はぁ…!?」
イシュム大公は、眉間にきゅっと寄せて巴姉さんを見た。
王様も、目を見開いている。
ちょっと凍りついた大公は、やっとの様子で口を開く。
「聞いてないぞ、トモエ」
あれれ、もしかして知らなかった?
巴姉さん、伝えてないのか。
当の本人は、素知らぬ表情をしている。
喫茶店で会った時のように、外行きの顔だ。
「勝負の邪魔になるかと思い、伝えませんでした」
「そういう重要なことは、先に言え……。これじゃ俺が家族同士で対決させた、鬼畜みたいじゃないか」
「言えば、交代させられると思いましたので」
「当たり前だ……」
大公は、露骨に大きなため息をついた。
だけど、すぐに片眉を吊り上げて感心する。
「それで宣伝に、祖国の料理の肉じゃがを作ったのか? やれやれ、しっかり者め」
巴姉さんは、さも当然であるかのように言い放った。
「それが、仕事ですので」




