彼女の事情
他人の空似のはずがなかった。
確かに、巴姉さんなのだ。
考えられる理由は一つしかない。
政府のルートで、大公の料理人になっているということだ。
イシュム大公は、頭を下げた巴姉さんを見やる。
「彼女はトモエという。海産料理に造詣が深くてな、若いが腕は確かだ」
うう、どうしよう。
一言だけでもいい。巴姉さんと話がしたい。
でもどういう結果を招くか、わからない。
迂闊なことを言うと、貝殻の国と政府の関係にマイナスになる。
「……彼女は地球人ね」
はっと私は、アリサを見た。
そうだ、アリサは巴姉さんと面識があった。
しかも巴姉さんの立場と私の関係も知っているのだ。
「そうなのですか、大公?」
「……ふむ。神祖様は何でも見抜かれるな。その通りだ」
いたずらがばれた時の子どものように、大公は答えた。
王様は、はっきりと肩をすくめた。
「てっきり、貝殻の国の料理人が相手なのかと思いましたが……」
「同じ地球人同士なら、公平だろう? 出身世界を問う項目はなかったはずだ」
「……ではこの対決には、どういう意図があるんでしょうか?」
私の言葉に、イシュム大公は面白そうな視線を向ける。
「地球とレムガルドの料理を、競うものだと思っていました。同じ地球人同士の料理を、ここで披露させる意味はあるんでしょうか?」
「あるとも――大いにある」
イシュム大公は、しっかりと繰り返した。
「題材の食材を見れば、二人ならわかるであろうな」
「今答える気はない、と?」
「調えた舞台を壊すことにもなりかねん。できれば、遠慮したいものだが」
イシュム大公は、アリサに委ねるように言った。
アリサはもふりと、尻尾を揺らす。
「構わない……条件に違反はない。相手が誰であろうと、対決は行われる」
私と王様へのきっぱりとした判断だった。
王様も腑に落ちないようだったが、アリサが是とすれば従うしかない。
「まさか……こんな展開が待っているとは」
王様は謝らんばかりだった。
戸惑いはあるけれど、ここまで来たらやるしかない。
たとえ、相手がだれであろうとも。
◇
控室に案内された私は巴姉さんとは、はなればなれだった。
地球人同士、口裏合わせをさせないためかも知れない。
座っていることもできず、落ち着きなく歩き回ってしまう。
イシュム大公からはアリサや審査員を会場に紹介したら、すぐ始めると聞いていた。
審査員は五人、王様やアリサをあわせても、いくらも時間はかからない。
すぐに係員から名前を呼ばれ、私は会場へ歩き出した。
青々とした芝生を踏みしめながら、私は狭い通路を歩いていく。
ボクサーやプロレスラーがリングに行くような道だった。
「よっ、カナ」
通路の横から、巴姉さんが姿を現す。
びくう、と身体を震わせてしまう。
だけど、すぐ近くには係員がいるのだ。
ひそひそ声で話しはじめる。
「巴姉さんッ! ど、どういうことなの!?」
「まあ……詳しくは外交機密なのだが、えらく気に入られてしまったのだ。気がついたら、そこそこの料理人として扱われる始末だった」
「それで、対決に駆り出されたの?」
じと目で私は息を吐き出す。
「相手がカナと知ったのは最近だぞ。お偉いさんの料理人と対決するとしか、聞いてなかった。政府も付き合ってやれ、としか言わんし……」
巴姉さんも、難しい立場だったみたいだ。
というより、多分私と同じような考えで参加したんだろうな。
根本的に似たもの同士なのだ。
「活け締めをうっかり、やったのがまずかった……」
「……特にすごいことだっけ?」
活け締めは、魚の血や神経を抜く作業だ。
しっかりやるのは知識がいるけれど、そこそこの釣り人ならできるものだ。
「活け締めは日本発祥の技術で、レムガルドにはなかったんだ。それを忘れて、釣った魚をおいしく締めてしまったのが、運のツキだ」
遠い目で、巴姉さんは述懐する。
かなりの苦労がしのばれる目つきだった。
出口が近づくにつれ、会場からここまで歓声が聞こえてくる。
興奮状態で、待ち構えているようだった。
あの船の数では、不思議じゃない。
港町も活気に満ちていたのだ。
「……ということで、政府からはちゃんとやれと言われてる」
巴姉さんは、拳を差し出しながら私に言った。
「恨みっこなしだね、巴姉さん」
私も拳を出し、こつんとぶつけた。
たったそれだけだけど、伝わるものがあった。
血よりも濃い、時間の絆だ。
お互いにやれることをやるだけ。それを確かめたのだ。
陽光の下に、私たちは出た。
明るさに、目をつぶるけど――すぐに慣れる。
人、人、人の波がすさまじい。
島国だからか色合いが鮮烈で、声掛けも情熱的だ。
手を振り上げ、すでに盛り上がっているようだ。
そして、出口の横にはそれぞれの野外キッチンがセットしてあった。
会場のせり出した部分には、イシュム大公が高揚した顔で待ち構えていた。
対決がもうすぐ始まるのだった。




