空へ
手紙が送られてから、料理対決まであっという間に時間は過ぎていった。
題材はわからなかったけど、出来ることはある。
夏休みの暇な時間、なるべく色々な料理を試したのだ。
特に中華料理は不勉強だったので、いい機会だった。
他にも、ちょっとした食べ歩きを心掛けた。
ささやかだけれども、対決の足しになればと思ったのだ。
もちろん、ニナとアリサへのリサーチも忘れていない。
レムガルドの一般的な料理を知りたかったのだ。
とはいえ、成果はあまりなかった。
もてなしの料理は難しすぎて、作り方は皆目わからないということだった。
旅の間、自分で料理を作ることもほとんどなかったらしい。
「獣人族は、狩猟と放浪に生きるにゃん。凝った料理は、そもそも作らないのにゃん」
巴姉さんにも連絡をとってみたけど、レムガルドに出張中なのか返信はなかった。
アウトドアに近い環境での料理もありうるので、知恵を借りたかったのだ。
出張中は返事を返せないこともあると前に謝られたので、仕方のないところだった。
◇
迎えた出発日、私は小さなバッグに包丁と調味料を詰めこみ、スタンバイしていた。
リビングの床に、私はぺたりと座っている。
アリサは犬の姿になって、膝の上だ。
うまく体重をずらしてくれているので、さほど重くはなかった。
もこもこの身体と体温が、気持ちいい。
つい右手で、アリサの毛を撫でてしまう。
私たちの周りを、ニナがぐるぐると回っている。
歩く道筋には、香炉や手乗りの塔がいくつも置かれていた。
一つ一つが魔法的な意味を持っているのだ。
彼女はやはりお留守番とのことで、かなり心苦しい。
気にしてはいないようだけども、仲間はずれみたいだった。
「こちらからの調整役が、どうしても必要にゃからね~」
ニナの軽口はいつものことだけど、前の映画にしてもニナはアリサを優先させていた。
これで二回目だ。近いうちに埋め合わせを考えないといけない。
「……不安にゃん?」
ニナが足を止め、問いかけてくる。
「いえ……まぁ、それもあるんですけど」
「アリサがいれば、向こうも失礼はしてこないにゃん。できることをやればいいのにゃ」
歩き始めたニナは、さらに数度周りを回った。
あくまでも、仕事優先なのだ。
「さて、これでいいにゃん」
歩きながらの魔法が終わったみたいだった。
滞在時間を延ばすために、色々準備が必要だったらしい。
「……ちゃんと食材を持って帰るから」
「いってきます……!」
ニナが手を振る中、私たちは光に包まれた。
三度目になるレムガルド行きだ。
私はしっかりとアリサを抱きしめたのだった。
◇
眩しい光が消え、ぬらっとした熱気がまとわりついてくる。
どうやら、レムガルドに着いたみたいだった。
私たちが現れたのは、高い壁に囲まれた広場だ。
短く草が刈られて、雑草一つもない。
まばらながらも、方々に作業着をまとった人がいる。
でも、なによりも広場の中央にいるモノに、私は度肝を抜かれた。
「す、すごい……!」
アリサを地面に置き、小走りで駆け寄ってしまう。
目の前には、鷲の上半身とライオンの下半身を持つ生き物――グリフォンがいた。
しかも、かなり巨大だ。五メートルくらいありそうだ。
くちばしで突かれれば無事ではいられないけど、目つきは優しい。
よく飼い慣らされた犬猫と同じ雰囲気だった。
何人もの人が、前脚を触ったり、水晶みたいな石を運んで来てたりしている。
動きやすく汚れてもよさそうな服だし、きっと飼育係だろう。
私がレムガルドに来て、はじめて見る生きているモンスターだった。
しかもファンタジーでは、顔馴染みなグリフォンである。
ゲームやアニメでも、散々見てきたのだ。
静かだけどきらりと鋭い瞳に、蹴るだけで大地を揺らす力溢れる前脚。
焦げ茶の翼は、青い空を影に隠すほどだ。
「うわ~……」
危ない生き物かも、ということは置いておこう。
地球では絶対に見られないのだ。
でもちょっと待てよ、グリフォンで貝殻の国に行くのだろうか!?
とても素人が乗りこなせる生き物じゃない気がする。
「時間通りですね、彼方様」
グリフォンがいる奥の広場から、天山の王様が姿を現した。
レムガルドでは、彼に会わなければ始まらない。
私にとっては、旅の安全を守ってくれる大事な人なのだ。
今日の彼は着飾ってはいたが日中の為か、それなりに軽装だ。
ついて来てくれるとのことなので、到着先を考えてのこともあるだろう。
「……あと、アリサ様が来られるとのことでしたが……」
首を動かし、王様はアリサを見つけようとする。
あ、今のアリサの姿までは知らないのか。
「アリサです、はい!」
私は両手でアリサを抱き上げ、突き出すように強調した。
アリサは何かを諦めたように、だらんとしている。
やっぱり、人前は少し恥ずかしいらしい。
「……な、なるほど」
私のように不用心に触ることは、流石になかった。
王様は後ずさり、得心したように頷く。
「そのお姿で、消耗を抑えるというわけですね」
「そう……でも、なるべく早く行くに越したことはない」
「はい、もちろんです」
王様はそういうと、手を叩いた。
飼育係の方々が、胴体くらいの太い縄を持ってくる。
一人が風切る笛を鳴らすと、グリフォンが背を屈めたのだ。
ちゃんと合図に従うよう、訓練されている。
でも、あの縄が手綱だとすると、あまりにも大きすぎる。
そもそも人間に掴める太さじゃない。
飼育係は、縄を器用にグリフォンにかけていく。
とんがった頭から胴体、中央部分へとうまいものだった。
グリフォンも全く身動きせず、邪魔をしない。
もとより象みたいな大きさなのだ。これだけでも、見ごたえがある。
まじまじと見ていると、壁から馬車が一台グリフォンに近寄ってきた。
これまた、普通の馬車じゃない。十人乗りみたいな大きさだった。
まぁ、普通の馬車もほとんど見たことはないんだけどっ。
馬車はつやと輝き、太陽の光を受けて木彫りの絵が映えている。
その合間には、銀や小さな宝石がはめ込まれていた。
しかも、車輪までも彫刻で飾っている。どう見ても、貴族専用の馬車だった。
御者も、黒く流線型の鎧兜を着こんでいる。
かなり背の高い人なんだろう、馬車の巨大さに負けていない。
あれ? 顔の分からない御者の、背格好に見覚えがある。
黒鎧の人も、近づくにつれて大きく手を振っている。
もしかして、馬車の御者をしているのは……。
「お久しぶりですな、彼方様! 今、グリフォンにこの馬車を取り付けますからな!」
やっぱりだ!
骨太に元気な、ベルツさんの声がしたのだった。




