対決の前に
レムガルドでの素敵な夜から一週間がたった頃、料理対決の詳細がニナとアリサのもとに届いてきた。
それは簡素な小さな手紙だった。
和紙のような、金銀の刷り込みがされている。
獅子の紋章の真っ赤なロウが、重要書類の証だった。
「レムガルドからの届け物は、小さくないと困るにゃん」
「……封をしなくても良かったのに」
「ま、まぁ……中には何て書いてあるんです?」
「今、読むにゃん……」
ニナは封をびりびりっと破って開けた。
合理主義なのもここまでいくと、すごいものだ。
「にゃににゃに……」
少しの間、ニナは手紙に目を通していた。
私はレムガルドの字は読めないので、待つだけだった。
「修辞が多いにゃけど……要約すると、こんな感じにゃ」
開催場所は貝殻の国、イシュム大公の宮殿。
時間は現地時間で、半月後の昼から。
審査員は天山の国と貝殻の国で合意のうえ、五人とする。
題材は当日開始時間まで秘密。
料理に使う包丁、調味料等は公平なように用意があるが、持ち込みは自由である。
勝敗に関わりなく食材を神祖へと譲渡する。
あれ、おかしなところがあるぞ。
直接の勝負内容ではないけれども……。
調味料までいいとは予想外だ。
「……取りに行くのにゃから、仕方ないにゃ」
ニナはあっけらかんと言う。
転移で行くんだし、どこでも問題ないと言えば問題ないけれど。
「貝殻の国へは、転移できない。遠すぎるから……」
「えっ!? じゃ、じゃ……」
「天山の国から何かで行くのにゃ。えっちら、おっちらにゃ」
私は雷に打たれたような衝撃が走った。
てっきり、仮家からばしゅーんと行けるのかと思っていた。
王様はペガサスとかなんとか言っていたけれども。
あれ、でもそうするとニナとアリサはどうなるんだろうか。
あまりレムガルドにはいられないって話だったけど。
ものすごく嫌な直感が、背筋を走った。
「ま、まさか……本当に私一人だけで行けとか……」
「……それは本当の鬼畜にゃん。いくら私が猫でも、それはないにゃん」
「安心して……考えてあるから」
「た、たとえばどんな考えなんです……?」
私は大きな不安がのしかかってくる。
レムガルドへ行ったのはたった二回、それも超VIPの二人に付いていくだけだった。
いくら海外旅行の経験があっても、レムガルドでは何にもならない。
「魔力の消耗を抑えれば、多分大丈夫にゃん」
「例えば……こういう風に」
言い終わるや、アリサの身体からもくもくと金色の煙が立ち上る。
どことなく、アリサの尻尾のような色だ。
ええっ!? と驚く間もなく、煙はすぐに霧散した。
煙の後には……三十センチくらいの犬がいた。
ぴかぴかの白と茶の毛、愛嬌のある顔立ち、そしてもふもふの身体。
胸のあたりにたっぷりの白毛が印象的だ。
「……この姿は、久しぶり」
アリサの声が、犬から聞こえてくる。
「ま、まえに言ってた動物形態ってこと……!?」
「うん……」
ふりふりと、アリサは自分の身体を確かめていた。
自分でも慣れていないのだろう。
私からは、シェットランド・シープドッグにしか見えなかった。
忠実で人に慣れる品種で、世界中で人気がある。
まさか、こんなところでアリサの犬姿を見ることになるとは……。
ちょっとした不意打ちで唖然としてしまった。
でも今のアリサには、見とれてしまう。
しっかりと整えられた美しい毛並みと、健康的な体つきをしている。
品評会に出てもおかしくなかった。
人の姿でも立派すぎる美少女だったけれど、犬でも魅力は損なわれていないのだ。
「久しぶりに見るにゃ。問題はなさそうにゃん?」
二ナはアリサに近寄って背中やお腹、顔を触りだした。
猫と犬が、あんなに仲良くしてるっ。
普通ではお目にかけることができない光景だった。
「ない……多分」
「彼方も触ってみるにゃん」
「いいんですか……?」
「手をにぎにぎしてたのにゃん……」
こくこくと、アリサも首を振っていた。
あまりにバレバレだったらしい。だって、可愛いんだもの。
しかも私の大好きなたっぷり毛のふもふもなんだもの。
「じゃあ、ちょっと失礼して……」
私はアリサの側にかがんで、右手で彼女の頭を撫でた。
温かい肌と、ふさぁとした毛が指に絡みつく。
正直言って、かなり気持ちがいい。
次に、左手でお腹を触っていく。
白くさらさら、ふわわっとした毛が手の平全体を覆う。
羽毛布団のような、触り心地だ。
アリサの使っている、バラのシャンプーの香りがあたりに漂う。
至福の時間だった。
逃げもせず、噛まれる心配もない。
両手で、もふり放題なのだ。
もふもふ、さわさわ、もふもふもふ……。
「……地球人は、みんなこうなの?」
アリサが、わずかに呆れたような声を出した。
やばっ、触り過ぎた!?
あまりに無遠慮だったかもしれない。
「別に……ちょっと、気になっただけ」
どうやら、本音がこぼれただけらしい。
う~ん、嫌われたいわけじゃ断じてない。
もふるのにも、節度が必要なのは当然だ。
名残惜しいけど、私はアリサから手を放した。
「アリサがついていくから、問題はなかろうにゃん。むしろ、気になるのは……料理対決にゃん」
「……う……はい」
「不利な勝負なのは、わかってるにゃけど……全力は尽くすにゃん」
ニナの言う通りだった。
基本的に、相手の土俵で戦うのだ。
題材が秘密でも、レムガルドの特産物がでれば不利になる。
しかも、審査員はレムガルド人だ。
あるだろう味覚の違いは、想像で補うしかない。
でも、少しだけあがくことはできる。
先の条件を聞いて、やれることができたのだ。
「……やれるだけは、やります。あっさり負けたくはありませんし」
私はしっかりと、二人に宣言したのだった。




