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大公イシュム

 天山の国、ブレイズ六世は椅子に深く腰掛けていた。

 緊張するような場面ではなかったが、慎重さは必要だ――。

 ブレイズ六世はそう、思っていた。


 彼のいる部屋は、薄暗いが大広間のようにかなり広い。

 天井は半球のようにガラス張りだった。


 部屋の中央には水晶と鉄の棒が組合わさった、小さな家くらいの複雑な装置が鎮座している。

 この部屋は、通信魔術用の部屋だった。

 宮殿内でも、めったに使われることはない部屋である。


 ブレイズ六世にとっても、気軽に使える設備ではない。

 このような設備はレムガルドの大国にしかないし、多くの魔術師を必要とする。


 必然、通信を送るのも受けるのも王族だけである。

 それ以外のものが使用を許されることは、まずない。


 装置の回りには、ローブを着た魔術師が何十人も控えていた。

 宮廷魔術師たちがこれほど揃わなければ、動かすことはできない。


「準備、整いましてございます」


 前から声をかけられ、ブレイズ六世は頷いた。


「……起動させてください」


 魔力が鉄の棒を通り、青白い光を発し始める。

 カタカタと、部屋全体が揺れる。

 しばらくそうしていると揺れが止まり、薄く真っ青な少年が装置の上に映し出されていた。


 ブレイズ六世にとっては懐かしい顔であった。

 貝殻の国の大公、イシュムである。


 歳はブレイズ六世とそう変わらないはずであったが、初対面の頃から変わっていない。

 イシュムの家は短命であるものの、見た目にそれほど歳をとらないという話だった。


「久しいな! 天山の王、ブレイズ六世よ」


 少年らしい、高い声が部屋に響く。


「お久しぶりです、イシュム殿」


「まずは料理対決の受諾、感謝する。神祖様も受け入れてくれたか」


「……まぁ、そうですね」


 実際には神祖は、彼方へと丸投げだったが。

 咳払いして、ブレイズ六世はイシュムへと目を向ける。


「本当に彼方様を、辱しめたりはしないのでしょうね?」


「無論だとも。こちらもお抱えの料理人に、えこひいきはしない。それではゲームにすらならないではないか」


「頂いた手紙の内容通りなら、おおむね公平と言えますが……」


「気になることがあるのか?」


 そう、このやり取りは料理勝負の最終確認のためのものだ。


 諸条件は、大体公平であるのは間違いない。

 審査員、題材、開催場所、ブレイズ六世が見る限り穴は見当たらない。


 イシュムは、審査員の他にも多くの国から名士を集めるとのことだった。

 料理対決の皿数は決まっているので、自分でもてなすのだそうだ。


 ブレイズ六世は料理対決を単なる酔狂かと思っていたが、どうやらもっと大がかりなものらしい。


 貝殻の国は王を持たず、大公たちの合議で動く国だ。

 今回は、ほぼ全大公の力を合わせたものではないかと思わせる。


 それほどゲストが豪華なのだ。

 小国の王、大商人、エルフやドワーフ、獣人族と目白押しだった。


 ゲストの一覧を見た時から、ブレイズ六世の心は落ち着かなくなっていた。

 想像よりも遥かに大規模な催しだったからだ。


 彼方が料理で失敗するとは思わないが、身辺警護に不安が出てくる。

 レムガルドでも五年に一度あるかというほどの、国際イベントだ。


 彼方はレムガルドには、連れられてくるだけなのだ。

 魔術の心得はないし、とても自身の身を守るのは無理だろう。


 開催場所は貝殻の国、イシュムの住まう宮だ。

 神祖様が同行したとしても、天山の国のように力を行使することはできない。


「……私も、そちらに参ります。構いませんね?」


 ここ数日、重臣会議で話し合い決めたことだ。

 もちろん反対の意見はあった。


 あまりにも急すぎる、時間が無さすぎる。

 王が向かうのに、かような件では格が下がる、と。


 だが、リガルド六世は意見を押し通した。

 神祖様の料理人の送り迎えなのだ。


 しかもかなりの大人数での祭典めいたものになる。

 送り出して終わりでは、沽券に関わるようにも思えたのだ。


「ほう……こちらの本気の度合いが伝わったらしい」


「ええ……余興にしては大袈裟すぎます。私もついていくのが、良いでしょう」


「願ってもない、歓迎しよう」


 イシュムとは、こういうところが相容れないとリガルド六世は思わずにはいられない。

 遊びのようでいて、政に大きく関わっていく。


 真意が計り知れないとでも言うのだろうか。振り回されるのだ。

 そうしたやり方は、リガルド六世にはないものだった。


 見た目は、着飾った細い少年に過ぎない。

 青い姿の通信魔術を通しては、見透かすことなど出来そうもなかった。


「現地で少し時間は設けられるかな? もう一つ、重要な話がある」


「今では……駄目なのですか?」


「まぁ……やめた方がいいだろう」


 イシュムは視線を下に送るような仕草をした。

 彼らしくない、あからさまな動きだった。


 今、彼の視線の下では魔術師たちが、魔力を送りこんでいた。

 お互い、他の人間に聞かせたらまずい話ということか。


 興味はある。イシュムはつまらない話はしない男だ。

 小さいと思っていたことが大きいことになった、というのはあるが。


「わかりました……都合をつけましょう」


「……ありがとう、天山の王よ」


 胸を撫で下ろしたかのような、安堵の声だった。


 本当に、彼には珍しい。噂にも聞いたことがない。

 全てを手のひらで転がすような男なのだ。


 ブレイズ六世は、逆に少し不安に駆られるのだった。

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