浴衣と昔話
露天風呂から上がった私たちは、浴衣を着て部屋に戻りゆっくりとしていた。
お昼のバーベキューがヘビーにお腹にたまっていたこともあり、夜ご飯はそこそこで終わりにしてしまった。
野菜なし縛りなら、こうなるのはわかっていたんだけれども。
というわけで、夜ご飯は本当にほどほどにした。
今は座布団にだら~としながら、テレビを見ている。
仮家ではテレビは映らないので、ある意味新鮮だった。
番組は芸能人が隠れた名店へ、グルメツアーにいくというものだ。
メモを取りながら見てしまうのが、悲しい私の性だった。
奥多摩の夜は当然、明かりは少ない。
宿の周りには民家さえまばらなのだ。
人口は五千数百人ほど、高層ビルもない。
そのため窓から見上げる夜空には、星がよく見渡せる。
気温が都心よりも低いのもあり、夏よりも秋に近いのだ。
強い風が吹くと、一層そう感じるのである。
巴姉さんは今、椅子に腰かけて、徳利で地酒を飲んでいた。
浴衣とセットだと、あまりに似合い過ぎている。
おちょこを人差し指と親指で軽く持つのも絵になっている。
ちょっとカッコイイかもしれない。
お酒と合う女性って、少しだけ憧れる。
「こうして浴衣のような軽い服装で日本酒を飲むのは、やめられないな……」
「ワインとかは確かに、ちょっとかしこまった感じがしますからね」
「そういうイメージはあるな……。こう、何も考えずにただ飲むには向かない」
くいっと、また一口飲む。あれ、でも結構長いこと飲んでいても、おかわりはしていない。
よく見ると、口を一瞬おちょこにつけて舐めるように飲んでいるみたいだ。
もしかして、そんなに強くないんだろうか。
「酔いが回ってきたな……」
「……まだそんなに飲んでないんじゃ?」
「飲むのは好きだが、量は飲めないんだ」
「知らなかった……」
「カナの前で、アルコールを飲んだことがほとんどないからな」
そう言うと、巴姉さんは椅子から立ち上がり、私の横に座った。
近くになると頬がかなり赤くなっているのがわかる。
じぃっと巴姉さんは私を見ると、にんまりと笑った。
何か変わったことを教えてくれたりするときの、巴姉さんの顔だった。
「今日はちょっと面白い話をしよう。佐々木家の昔話だ」
「佐々木家の?」
「そう、本家の爺様から、この前話を聞いたんだ」
「あ、あえたの!? 爺様に!?」
思わず、私は素っ頓狂な声を出してしまった。
本家の爺様は、佐々木家の頭領とも言うべき人だ。
最近体調がすぐれないのもあるが、滅多に話もできない。
私でさえ一回もちゃんと話をしたことがないのだ。
つまりそれだけ雲の上の人なのだ。
同年代でちゃんと会える人は、ほとんどいないはずだった。
すごい、少なくてもオーナーシェフぐらいになれないと、会えないはずなのに。
巴姉さんは腕組みをすると、ちょっと得意げに頷いた。
「曲がりなりにも公僕になれたからな。私もちゃんと話をしたのは、初めてだ。でもなかなか面白い話だったぞ」
深呼吸を一つして、巴姉さんの語りが始まるのだった。
それは本当に、昔話みたいな話し方だった。
◇
この話は多分、室町時代のことだろう。
佐々木家は当時、関東の地侍だったそうだ。
名前はもう伝わっていないが、仮に佐々木衛門としておこう。
彼が佐々木家の当主で、この話の主人公だ。
私たちの、かなり古いご先祖様に当たる人だな。
ある時、元服して間もない佐々木衛門は通りがかりに、行き倒れの美しい母娘を助けた。
金銀宝石は持っていたが、ひどく疲れて飢えていた。
どこかの偉い人の奥方かと思ったらしいが、どうやらそうでもないらしい。
追われている、とのことだった。
佐々木衛門は悩んだが、佐々木家の性分はこの頃から根付いているらしかった。
結局、母娘を助けて匿ったのだ。
娘はすぐに元気になったが、しかし母は一年後に死んでしまった。
母は死の前に「娘を頼む」と遺言し、多くの財産を娘に残した。
その後、娘は美しく成長し佐々木衛門と結ばれることになった。
佐々木衛門は継承した財産をうまく使い、現在の佐々木家の基礎を築いたという。
とまぁ、爺様から聞かされたのは、こういう話だったのだ。
◇
私も、この話は初めて聞いた。
どこにでもあるような昔話みたい、というのが正直な感想だった。
あえて、爺様がするような話とも思えなかったけれども。
「この佐々木衛門の遺品はまだいくつか蔵にあったのでな、それも見せてもらったよ」
「ふ~ん……」
骨董品の類には、私は興味ない。茶器とかなら別だけど。
料理に無関係な品物にはそそられない私だ。
だけれど巴姉さんはいよいよ面白くなるぞ、というような顔つきだ。
「母娘の服、それと装飾品がいくつか。保存状況は悪くなかったが、表に出せるようなものでもなかった」
「……どういう意味?」
「カナ、驚くなよ」
ぐっと巴姉さんは私の肩を抱き、耳元に唇を近づける。
巴姉さんの熱っぽい吐息が、私の耳たぶに当たっていた。
まるで内緒話をするみたいだ。
「遺品は――全部レムガルドのものだったよ、カナ」




