露天風呂
陽がちょっと傾くころ、木々の中に作られた宿に、私たちはたどり着いた。
ほとんど山の斜面に作られた宿で、ぽっかりと浮き出るような造りだ。
奥多摩では平地は非常に限られている。
崖から支えでもって突き出すような家や店は珍しくなかった。
「この宿は露天風呂がウリなんだそうだ」
「へぇぇ……温泉は久しぶりです。いいですねっ」
日頃、料理をしているとどうしても肩に来る。
立ちっぱなしなのもあるし、温泉で身体をほぐしたくなるのだ。
荷物をおいてちょっとのんびりした私たちは、早目に露天風呂へと向かった。
まだ夕方前、しかもそれほどは大きくない宿なので、露天風呂は貸し切り状態だった。
釣りをしている時とか、バーベキューで汗を流したのもある。
二人だけでリフレッシュできるのはありがたかった。
服を脱いでタオルで身体を隠すと、いっそう巴姉さんのスタイルの良さが際立つ。
アウトドア精神溢れ、外務官僚として飛び回る巴姉さんだ。
無駄なお肉はついてないし、つま先まで綺麗に整えている。
あと何気に着やせするタイプなので、胸もかなり大きい。
自分のと比べると、ウラヤマシイの一言だ。
「どうした……じろじろ見て。まじまじと見られると、恥かしいぞ」
そう言って、余計にタオルで身体を隠す巴姉さん。
う~ん、年上だけど可愛いなぁ……。
「スタイルいいな、と思って」
「……カナは、少し肉がついてきたかもな」
手が伸びてきて、むにっと不意打ちでお腹をつままれる。
「な、なんてことを……!?」
秘かに気にしていたのにっ!
仮家ではカロリーまでは消費しきれない。
おいしいご飯を作れば食べるわけで、若干、ほんのちょっと体重が増えてしまっていた。
「カナはちょっと痩せてたから、今くらいがちょうどいい」
むにむにと触ってから、巴姉さんは手を放してくれた。
「痩せすぎてる料理人は絵にならないからな。標準くらいは体重があっていい」
「それは……そうですけど」
しかし大学生の私としては、体重増加はやはり死活問題だった。
「ここにはサウナもあるし、汗をかいていく手もある」
「……はい」
気休め程度だけど、意識は大事だ。
それからかなりの時間、巴姉さんがギブアップした後も、サウナに私はこもっていたのだった。
◇
「カナは寒いのも暑いのも、平気なんだったな。まさか三十分近くいるとは……」
サウナタイムが終わり、私たちはのんびりと湯船につかっていた。
気にしたことはなかったけど、巴姉さんは長風呂派らしかった。
サウナから出た後も、一人で身体を温めていたようだ。
私もじんわりと体の外から内側へと温められていく。
確か、この温泉は肩こりや腰痛に効くということだった。
露天風呂からは、奥多摩の山々が一望できた。
この標高までくると天気が良くても、もやがかかる山がある。
山と山の間隔が短いせいか、湿度によって霞がかるのだ。
樹木は青々としており、緑の絨毯が並べられているかのようだ。
秋になると、紅葉が見ごたえあるに違いない。
「……ところでカナは、大学で彼氏の一人でもできたのか?」
「ぶふっ……」
むせた、不意打ち第二弾だった。
「いきなり、何を……」
「大学生活もちょっとは落ち着いただろう? そういう話もあるかと思ってな」
「……ありません」
「ないのか、少しくらい?」
「……ありませんです、はい」
料理第一、化粧もネイルアートも髪型も二の次の私だ。
清潔にはしているし雑誌程度は追いかけてても、センスがいいという自覚はまるでない。
まさに付け焼刃なファッションだ。
「顔は可愛いのにな……」
今度は、巴姉さんがじーっと私を見つめてくる。
顎に手をやり、小首を傾げるのがすごく様になっている。
女武者みたいな雰囲気がどことなくあるのだ。
「顔よりも……性格だと思いますけど」
私の生き方は、すでに大学生として変わっているということだ。
佐々木家としての生き方もあるし、最近ではニナとアリサのこともある。
彼氏を作っても一緒にいられないし、秘密だらけの関係になるだろう。
当然だけれど仮家のことは、今も巴姉さんにしか言っていないのだった。
大人を頼れと言われても、やはり他の人に言うのは躊躇する。
「佐々木家の女は一途だからな。いい相手がいないと、難しいか……」
「そうなんです……?」
「かくいう私も、そうだからな」
えへん、と大きな胸を張る巴姉さんだった。
意識したこともなかったけれど、思い当たる節はある。
それまで男女の話を聞いたこともない親戚でも、女性の場合はぱっと結婚したりする。
それと一度結婚して別れた親戚っていたっけな?
知る限りでは、スゴイことにいないかもしれなかった。
「巡り会うまでが長いが、会えばぴったりになるのがほとんどだな」
「そう、ですね……確かに」
「大学生で、もう大人なんだ。恋するのもいいが、燃え上がり過ぎるなよ」
それは、家族としてある意味当たり前の言い方だったけれど、ある種警告めいていた。
ずきっとなぜだか胸の奥に、トゲが刺さった気がする。
私が自分の胸に視線を落とすと、巴姉さんは湯船から立ち上がった。
「さて、私はもう出るぞ。カナはどうする?」
「……うん、私も出る」
湯船のふちのタオルを取り、私も露天風呂から上がることにする。
ふと前を見ると、巴姉さんの水にぬれた背中と後ろ髪が、妙に綺麗に大人らしく感じられたのだった。




