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もふもふ異世界料理人 しあわせご飯物語  作者: りょうと かえ
輝く夜に、鉄板焼きとカクテルを

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ソードダンサーのソテー

 すでに鉄板には火が入っているようだ。

 ベルツさんがへらで白身魚を鉄板の中央に移すと、油が跳ね熱せられはじめた。


 さらに器用にくるくるとへらを回しながら、野菜を取りだし、鉄板に乗せていく。


 鉄板焼きでは火元をずらして、一枚の鉄板でも多様な加熱ができるようにする。

 火力の強いところ、弱いところを使いこなすことが求められるのだ。


 ベルツさんの手つきは非常に慣れている。

 薄切りにされたたまねぎやにんじん、なすが素早く置かれ、焼かれはじめる。


「すごい手さばきにゃ……」


 ニナが鼻先をひくひくと動かしながら、率直な感想を述べる。


「騎士見習いの頃より、四十年はやっておりますからな」


「そんなにですか……」


「ベルツ殿はモンスター討伐の英雄です。十代の頃より、名だたる怪物をしとめてきました」


 王様がそう持ち上げると、ベルツさんは頭を振った。

 手は一切止まらず、せわしなく具材の置き場所を調整している。


「運が良かったのでしょう。今も神祖様にお会いできたのですから、確かに相当運は良いようですが」


「……運も実力のうち」


「否定できませんな。打ちどころ、切りどころということもありますゆえ」


 ベルツさんの手元では、じんわりと白身魚の切り身に焦げ目がついていく。

 スパイスの焼けた匂いが、いよいよ立ちこめてくる。

 野菜も水気がなくなり、狐色に変わっていく。


 ベルツさんは話している最中も視線はこちらに向けているけども、まばたきの瞬間に鉄板を一瞬確認していた。

 まさに、プロの技だ。


 鉄板焼きは客に<魅せ>ながら行う調理だ。

 会話をしながらでも、料理に対する気を抜かない技が必要なのだ。

 簡単そうに見えて、こんな料理は他ではせいぜい寿司か屋台料理くらいしかない。


 十分に火が通ったことを確認すると、ベルツさんは白身魚を各人の皿へとよそった。

 従者の人たちが、各皿の横に三つの小さなカップを置いていく。


 これはソース、つけダレだろう。


「まず左からレモン果汁とハーブのソースですな。爽やかに、何にでも味を上品にしてくれますぞ」


 半透明の液体には、確かに細かく刻んだ葉と、砕いた種らしきものが浮かんでいた。

 ごくり、白身魚や焼き野菜にはまず合うだろう。


「真ん中は、粗びきのガーリックとたまねぎのソース。コクと辛みがあり、味を引き立ててくれますぞ。最後に、ジャガーノートの肉と脂を用いたグレイビーソース。濃厚な肉の旨みが凝縮されていますな」


「ジャガーノート……?」


 聞きなれない単語に、私は疑問を発した。


「ジャガーノートは赤くて巨大な牛のモンスターにゃん」


「へぇ~……」


「暴れ狂う馬車だにゃ。はねられたら、普通の人間は吹っ飛ぶにゃん」


 そういうモンスターがいるのか。

 バイソンやサイみたいなものかなぁ。


 渡された作られたソースはどれも本格的だ。

 これはどれも試してみたくなる。


 まず、私はレモンソースを試してみることにする。


 熱々の白身魚のソテーに、ちょんと、ソースを垂らす。

 ソードダンサーという名前は聞いたことがないので、これも多分レムガルド特有の食材なんだろう。


 フォークで軽く触った感覚では、ちょうどよい固さのようだ。

 脂は少なそうで、鯛か太刀魚をほうふつとさせる。


 すでに一口サイズに切られていたので、そのまま口に運ぶ。

 一噛みすると、清涼な小川を泳ぐような、鮮烈な味わいが駆け抜ける。


「……おいしいです」


 私も巴姉さんにつれられて、そこそこ魚を食べてきた自信はある。

 親戚の店も含めれば、同世代では断トツだろう。


 それでも、ハーブのソフトな香りと白身魚の軽い脂の味があわさったこれは、特筆ものだった。


 ちょっとの焦げ目が、よいポイントになっている。

 爽やかさだけでなく確かな焼き物としての主張と、魚の味をぎりぎり活かすレモンの痺れる味が素晴らしい。


 川魚特有の泥臭さも、微塵も感じられない。


 ニナとアリサも、舌鼓を打っているようだ。

 私も集中すれば作れるかもしれないが、会話しながらだと難しい。


 本業でない人がここまで技を磨くには、独学でもかなりの時間を費やしたはずだった。

 そういう点では、ベルツさんは食通・料理通の戦国武将かもしれない。


「宜しかったでしょうかな、最初の一品目は」


「相変わらず素晴らしい。ソードダンサーは本来臭みがある魚ですが……まるで別の魚のようですね」


 ガーリックソースをかけていたらしい、王様が尋ねた。


「本来の生息地から人里の川に入ると、臭みが出ますな。深き川、そこまでいって獲ったソードダンサーは臭みを持ちません」


 魚の次は野菜だった。

 一つ一つの野菜スライスの出来栄えを確かめていく。


「まるで貝殻の国の高級魚でしょう。問題は一匹獲るのに、騎士十人がかりの大仕事ということですな」


「うわ……それは大変ですね」


 かつて石器時代の人間も、野生の牛やマンモスを食べるのに苦労したという話を思い出さずにはいられない。

 大広間でみた、重そうな全身鎧でもそれだけの危険があるということなんだろう。


「役割分担をし、陣形を組み、油断しなければ大丈夫ですがな。まあ、コツがあるのです」


 この辺りは、実際に獲物を捕らえる人でないとわからないだろう。

 ベルツさんの筋肉を見ると、よほどのことなんだということがわかる。


 私は見たこともないソードダンサーという魚に思いを馳せる。

 遥かなレムガルドで食べた、未知の食材だ。


 感慨にふけっていると、アリサが私の顔を――いや、瞳を見ていた。


 明確に、私はアリサに見られていると自覚したのだ。

 そうすると、不思議なことが起きた。


 脳裏に突然、一匹の魚の姿が浮かび上がった。


 ぎざぎざの牙と一角のような角をもつ、数メートルはあるかという巨大魚だ。

 水面を人の背丈以上にジャンプしながら、睨みつけてくる。


 アリサが多分、私の頭に送りこんできたソードダンサーのイメージだった。

 大仕事になるのも無理はなさそうな、巨大魚だ。


「クジラよりは、小さい……」


 そう言われれば、そうなのだけれど。

 でも、感服しないわけにはいかない。


 天山の国のおもてなし、その一品目を私は胸に刻みつけたのだった。

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