彼方のおしゃれ事情と王様再び
ゼリーの試行錯誤を重ね、いよいよ王様へ贈答品を渡す日になった。
ブドウの実はコンポートし、ゼラチンの砂糖はかなり多めに変えた。
他にもアクセントとして金粉とミントの葉を添えてみた。
これらは高級感と清涼感を演出するはずだ。
完成してカップに入れられたゼリーは、二人と一番最初に出会ったときにみた、夜に浮かぶ星空の箱に入れられている。
小さいけれども光の粒子がゆっくりと回るその箱は、確かにプレゼント用の外箱としてぴったりだった。
私も黒と赤のひらひらの服を着て、おしゃれをしていた。
髪もちゃんと切ってセットしてきている。
前のような普段着で王様の御前に出られるほど、私の心臓は強くないのだ。
「んー……にゃ。まー……いいかにゃ?」
ニナは私の周囲をぐるぐる回りながら、ぶつぶつと呟いていた。
「もうちょっと華が欲しいのにゃ……」
うう、料理の邪魔になるので爪も髪もあまり伸ばさず、油が跳ねるといけないからアクセサリーもつけない私には、難しい注文だった。
年頃のおしゃれは難しい。
それは巴姉さんも同じだけど。
「……彼方、これとこれとこれ」
アリサが私の髪にヘアバンドを差し、首にさっとネックレスをかける。
ヘアバンドは差してもらった感触だけだけど、ネックレスは紛れもない淡く白濁した真珠で作られていた。
こんなのをぽんと貸してくれるとは、本当に気前がいい。
でも、ここまでしないとドレスコードに引っかかるのだろうか。
フランス料理では細かく料理店が区分けされ、上位の店は予約も正装も必須だ。
さらに、アリサは私の右手をすっと持ち上げる。うわ、指輪だ!
躊躇なくアリサは、赤々とした宝石のついた指輪を私の右手中指に着けた。
ほんの一瞬だけれども、アリサの指の細さと暖かさが伝わってくる。
他人に指輪をつけてもらうのは初めてだけれど、結構恥ずかしい。
「これで……よし」
アリサは私の右手を両手で包み、首回りや髪も確認した。
「まぁまぁかにゃ~」
ニナは猫だから、全くおしゃれはしてなかった。
裸というか、ふさふさとした白い毛並みだけだ。
そんなニナにダメ出しされるのは、理不尽な気がする。
「……ブラッシングに、たっぷり時間をかけた」
「そうなんです!?」
「このふさもふ加減、普段とは違うのにゃ」
ニナは胸を張り、アリサに抱えられた。
そう言われると、ちょっとだけ毛がふさふさしているような、していないような。
つまり、違いを見分けられない女の私だった。
転移は二度目だけれど、変わったところはあまりなかった。
ただ、指輪がぐっと私の中指を押してきたように感じた。
それが気のせいなのか、指輪のせいなのか、私にはわからないのだった。
◇
転移した先は大広間ではなく、芝生の上だった。
小さい林に、私たちは現れていた。見上げなくても星光りと月明かりが照らす、しっとりとした夜だ。
東京ではまず目にできないほど、くっきりと夜空に星が散りばめられている。
周りには人影はなかったけれども、少し離れたところからがやがやと楽しそうな声がする。
たいまつも掲げらているものの、暗さと調和するように燃え方は控えめだった。
前回は到着するやラッパが吹き鳴らされていたけれど、今回はそんなことはないようだった。
竪琴や笛の音が聞こえてくるけれど、一緒に演奏してはいないようだ。
思い思いに、各人が吹き鳴らしているみたいだった。
「ニナ様、アリサ様、彼方様。よくぞ来られました。歓迎いたします」
木々の間から従者と一緒に姿を見せたのは、天山の国の王様、ブレイズ六世だった。
恭しく一礼するのは変わらない。大広間の時に比べると、王様の服装はかなり簡素だ。
赤や青、紫の色合いが孔雀のような服で、頭には金の髪飾りのようだけれども。
それでも、宝石できらきらとしていた大広間での正装とは比べられない。
「騒がしくない、いいところにゃ」
ニナはアリサの腕から降りて、周りをぐるりと見渡した。
前は隙間もないほど人波に囲まれていたけれど、今回は逆に人気が遠く感じるくらいだ。
「御三方が来られるのを知っているのは、極少人数だけですので」
「……良かった」
アリサの性格からしたら、腫物を触るような人達に囲まれるのが好きなはずはなかった。
もとい、どんな感情を抱いているかアリサには筒抜けなのだ。
「先日の歓待に、何か不手際がありましたでしょうか」
「そういうわけじゃないにゃ。ただ、ああいう人たちに慣れないだけにゃ」
ニナの言葉に、王様は目を若干丸くした。
驚きだ、と言いたげだ。
「五十万の兵を率いた、お二方の言葉とは思えません」
「……それは、昔の話」
アリサが、小声だけれども言い切った。
「あまり長居はできないにゃ。さっそく案内して欲しいにゃ」
ニナが、王様の足元に近寄って見上げながら言った。
一瞬後ずさりするかと思った王様は、なんとか踏みとどまったようだ。
そのまま王様は手を、林の闇に差し向けた。
ここからだと、何も見えない。
「では、こちらにどうぞ。準備は整っております」
そういうと王様は、私たちを暗がりへと誘ったのだった。




