ブドウゼリーが中世にあったなら
ゼリーに限らずデザート類は、生地を休ませたり漬け込んだりするので、意外と時間がかかる。
けれど仮家の時間はゆっくりと流れており、その点において私はとても恵まれていた。
後片付けをして、ついでに大学の課題も終わらせる。
時にニナのおなかをもふもふしながら、映画を見たりするのだ。
ニナとアリサは地球の文化について知りたいらしく、私は解説役としてあれこれ説明するのだった。
そうやっている間に、ゼリーは固まったようだ。
冷蔵庫からゼリーを入れたカップを三つ取り出し、リビングへと持っている。
濃い目の紫のゼラチンと、ぷりっとしたブドウの実がまず、目を引く。
紫はまさに、ブドウの皮からにじんだ色だ。
スプーンでつついても、余り揺れないくらいには固い。
わずかに香るワインが、普通とは違う大人向けの雰囲気を出していた。
「なるほどにゃ、だからブドウなんにゃね」
「はい、これならレムガルドの王様や偉い人も口にしやすいのでは、と」
「ワインは、レムガルドでもよく飲まれてる……」
ブドウのゼリーの風味付けにワインを使うのは、知っている匂いをつけるという利点がある。
レムガルドと地球のワインに違いはあるだろうけど、マイナスにはならないはずだ。
初めて口にするものでも知っている匂いであれば、抵抗感はかなり薄れる。
見た目でもゼリーなら中の果物を見せやすい。
まず、嗅覚と視覚で警戒を解かせるのだ。
スプーンに力を入れて、ぐっとゼリーをすくいとる。
市販のものでは、珍しいくらいだ。そのまま、スプーンの上のゼリーを眺める。
天井の明かりが、ゼリーのつやを輝かせていた。
色つやについては、まだ手はある。たとえば、金粉は高級感を出す手段としては一般的だ。
上に載せてもいいし、ゼリーに閉じ込めてもいい。
口に含むと、まずひんやりとした酸味が舌をつつく。
レモンの酸っぱさと、ライムの爽快さが混じった刺激だ。
ブドウの味はかなり薄れているが、代わりに果物そのもののさわやかさが美味しい。
次に、ブドウの実だけをすくって食べる。
ころころと舌で転がせるほど、実が詰まっているのだ。
歯で噛むと、まるで砂糖をかけたような濃密な甘さと、それに両立する繊細な酸っぱさがある。
まさに、ブドウの醍醐味そのままだった。
ゼリーとブドウの実を一緒に食べると、その相乗効果はさらに増す。
まさに、酸味の中にある甘さを味わうデザートだ。
問題はこれが王様のお気に召すかということだった。
アリサは相変わらず無表情だが、尻尾は暴れていなかった。
ニナも、珍しくちょっと静かになっている。
「王様に出すには結構、味がキツいにゃーね……」
割とストレートなニナの駄目出しだった。あう、ちょっとレモンとライムを入れ過ぎたかなぁ。
もしくはゼリーの砂糖が足りなかったか。
「……このブドウに合わせて味を組み立てると、レムガルド人には強烈かも」
「あー……忘れていました」
入れたブドウの実は、品種改良の末の果物だ。
ワインまだいいとしても、高級ブドウが強すぎるのだ。
レムガルド人にとって、この味は奇天烈すぎるかもしれない。
結構な調整が必要だろう。
「全体的に食べやすくしてみます」
「多分、もっともっと甘くてもいいにゃ~」
「そうなんです……?」
大人の王様に向けて作るのだから、しっかりと酸味を効かせてみたのだけれど。
「天山の国だと、まだ砂糖は……貴重品」
「……なるほど」
やっぱり中世の料理知識まではカバーしきれていなかった。
でも、これもいい経験だろう。
「それと、ちょっと前に連絡が来たんにゃけど、肉料理に合う味だとなお良いにゃ」
「どういう意味です?」
「肉と一緒に贈答品を食べることになりそう、なのにゃ」
ニナは尻尾をふりふり、ぽふぽふとクッションを叩きながら答えた。
こういう時は、大抵私にちょっと隠し事をしている時だ。
とはいえ、悪気があるというよりも、サプライズといった方がいいだろう。
何か、私を驚かせようとしているのだ。
贈答品を渡してその場で開封、一緒に食べるくらいまでは覚悟している。
それ以上のことは起こらないだろう。
それよりも、目の前のゼリーの完成度を高めるのが先決だった。
「ブドウの実をコンポートして、味をまろやかにしてみます」
「んにゃ、それはいいかもにゃ」
味としてはエッジが効かなくなるかもと思うけど、仕方ない。
大人向けよりかは、幾分か子ども向けになるだろう。
それでも、王様の好みに合うのが最優先だ。
「さて、まだこのゼリーは残りがあるんですけど……」
とりあえず、作った分はまだ数人前残っていた。
「じゃあそれは私が食べるにゃ!」
「……私も食べる」
あれ、二人はもっと食べるの!?
どうやら王様の贈答品としてはまだまだだけれど、彼女たちの舌には満足なようだった。




