ブドウのゼリー
巴姉さんからメールが来て四日後、私宛に冷蔵の宅配便が届いた。
その数、中箱でなんと五箱もあった。
いっぺんに五箱も来るとは思ってはいなかったので、私はちょっと驚いてしまった。
荷物には巴姉さんらしい、達筆な手書きの案内状がついていた。
「カナへ。日本政府が世界中から集めた果物を送る。なんと、レムガルド産の果物もある。うまく活用してくれ」
本当に政府から送られてきた荷物らしい。責任重大だった。
箱の中のリストを見ると、リンゴ、桃、ぶどう、オレンジ、メロンといったお馴染みの果物が詰め込まれていた。
品質的には、どれも高級品だ。
匂いや弾力、もしくは単に一粒あたりの大きさといったものが違う。
ただ、いくつか見たこともない刺々しい果物や、真っ青な果実が入っていた。
「これらはニナ殿やアリサ殿にもよいデザートになるだろう。もちろん、カナにとっても」
ふむふむ、私もどうやらレムガルド産の果物は食べていいらしい。
あまり慣れない果物なので、贈答品に使うかどうかは、微妙だけれど。
あるいは試作品で使い切ってしまうというオチもありえる。
「ただし、レムガルドの果物は微量に魔力が含まれているので、万が一を考えて他の人には食べさせないこと」
……少し気になることが書いてあったけど、要は私とニナ、アリサで食べてしまえばいいわけだ。
幸いにも二人向けの料理を他の人に食べさせたことはなかった。
ありがたく、使わせてもらおう。
でも、こんなにしてくれるとは、正直プレッシャーもいいところだった。
なおさら失敗は許されない、と思わざるを得なかった。
果物の箱をえっちらおっちら仮家に運びこんだ私は、まず仕分けから手を付けた。
これは思ったよりも重労働だった。
なにせ、果物とはいっても全て高級食材だ。
冷蔵庫に雑に入れれば、傷みも早くなる。
食べる順番や保存できる期間も考えないといけない。
もちろん神経を使ったのは、ほとんど触ったことがない果物ばかりだったせいもある。
こんなに使ったことがない食材を冷蔵庫に入れるのは、正直初めてのことだった。
小一時間くらい頭を悩ませながらも仕分けは終わり、私はいよいよ贈答品作りを始めることにした。
ゼリー自体は、なにも難しい料理ではない。むしろ簡単な料理といえる。
スーパーでもどこでも安く売っているデザートなのだ。
問題は、手間をどれだけかけるかということだった。
私はまだデザートについては半人前もいいところだ。
だからこそ、今できる技法で納得できるものを作りたかった。
作るのは、ぶどうゼリー。大人向けのゼリーだ。
まず最高級の山梨県産のブドウをよく水洗いする。
粒にぎゅっと身が詰まっているうえ、大きさは普通のブドウの約二倍にもなる。
土作り、枝と粒の刈り込みと手間暇をかけた、まさに農家の愛と技術の結晶でもある。
ブドウを水洗い終わったら、丁寧に皮をむき、ボールの上で食べやすい形にカットしていく。
切った際に出る果汁は、ボールに貯めておくのだ。
剥いた皮も、無駄にはしない。
ゼリーの風味づけに使うので、空いたお茶パックに詰め込んでいく。
鍋にブドウ、水、白ワイン、砂糖大さじ三杯、レモン果汁とライム果汁を小さじ一杯、最後に皮のパックを入れて、火にかける。
白ワインのアルコールは飛んで、ゼリーに格調高い香りと風味が足されるのだ。
凝ったフランス料理店ともなれば、この白ワインにも高価なものを使うだろう。
煮立ったら香りが飛ばないよう蓋をして、弱火で十分待つ。
最後に火を止めて、冷ましておく。
皮の色が鍋全体に広がり、ブドウ色に染まるのだ。
でもこれだと、ブドウの煮出し汁でしかない。
皮パックを取って、ふたたび火にかける。コツは風味が飛ぶ沸騰直前に粉ゼラチンを入れることだ。
大さじ半分くらいの粉ゼラチンを投入し、良くかき混ぜる。
ブドウの酸味ある香りが充満する中、急速にゼリーとして固まっていく。
カップに移しかえ、粗熱を取ったら冷蔵庫に入れて完成だ。
本来ならゼラチンはこの半分がいいところだけれども、相手がゼリーを食べたことがないとするとあまり柔らかいのはよろしくない。
元々、ゼリーがフランスで生まれた時は今よりも遥かに固かったのだ。
とはいえ、フォークで食べられるほどの固さがあれば、まず大丈夫なはずだ。
「できたのかにゃ?」
ちょうど作業が一段落したとき、リビングからやってきたニナが話しかけてきた。
今回ばかりは相手が相手なので、私の料理が心配だったのかもしれない。
「あとこれで寝かせれば、出来上がりっ」
「どれくらいかかるのにゃん?」
「冷やすだけなので、数時間あれば……」
ニナは頷くと、ふいっとリビングへと頭を向ける。
「王様へ渡す前に、味見はしっかりとしとくにゃん」
もちろん、私もそのつもりだった。
さすがに今回ばかりは――事前に二人の味覚で見てもらいたかったのだ。




