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発表会

4月、ピアノの発表会のメールをもらってからは、毎日ピアノの話をしていた。

「どれくらいやってるの、ピアノ」

「幼稚園のときから、ずっと」

「すごいな。よく続くね」

「けっこう根気はあるよ。それが取り柄だから」

西村さんはそう言って笑っていた。

聞けば、毎週土曜日は部活がないので、そこでレッスンに通っているらしい。

「部活でも伴奏とかけっこうしてるんだけど。ああ、文化祭とかは発表あるよ」

それから彼女は、部活の話もよくしてくれるようになった。


5月20日、昼過ぎ、僕は自転車でMホールに出かけていった。

自転車で走って20分くらいはかかるところだったが、走りやすい穏やかな日だった。

西村さんが3日前にチケットをくれた。

母親に話すと、

「あら、発表会なら、花束か何か持っていくのがいいんじゃないの?」

と言って、その日の午前中に買って持たせた。

受付につくと、母親の予想通りプレゼント受付があって、僕はそこで小さなブーケを出した。

「こちらの用紙、ご記入ください」

受付のおばさんから、出演者氏名と差出人氏名、それからメッセージを書けとの要求だった。ここに来て初めて、わざわざ準備をしてくれた母親を少し恨んだ。

発表会は、幼稚園児から始まり、西村さんはプログラムでも最後から2番目だった。その教室では古株で、僕でもわかるくらい有名な曲を弾いていた。

正直、西村さんが出てくるまでは眠くて、うとうとしていた。

でも、西村さんが出てきたとき、それまでの眠気はどこかに消え失せた。

オレンジのドレス。大人びたメイク。西村さんが、いつもと全然違う人に見えた。

格好良いとかかわいいとか、きれいだとかではなくて、僕は西村さんと一緒にいるのにふさわしくない気がした。10年以上も一つのことを続けている彼女に比して、自分が突然情けなくなってきたのだ。

終演後、ロビーで彼女に会って、ピアノの知識など何も無い僕は、とにかく「すごかった」とだけ伝えて帰ろうとした。でも、教室の先生に捕まって、帰れなかったのだ。

「あら!遥ちゃん、彼氏さん?」

「違うよ!同級生、近くに住んでるから、来てもらっただけで」

西村さんは慌てていた。

「そうなのねえ。どうもありがとう」

丸山先生という黒いドレスを着たその人は、僕に頭を下げた。

「あ、せっかく遥ちゃんもドレスなんだし、彼氏さんと写真撮ってあげる!」

そういうと先生は少し離れたところで写真を撮っていた別のおばさんを呼びつけた。

「遥ちゃんママー!」

「ちょ!先生!お母さん呼んだらだめ!」

遥ちゃんママと呼ばれたその人は、振り返ってこっちにやって来る。

そこで僕は気付いた。花束を出したときの受付のおばさんである。

「ああ、前川くんね!遥からいろいろ聞いてます。お世話になってます」

西村さんのお母さんも、僕に頭を下げてくれた。

「いや、そんな、こちらこそ……」

そのあと、彼女のお母さんが僕たちの写真を撮ってくれた。ドレスアップした彼女の横で、パーカーにジーンズという自分が恥ずかしかった。

カメラで撮った写真を現像して、あとで西村さんがくれた。それは憶えているのに、その写真をどこにしまったかはもうわからない。

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