あの頃のあの日から
あの頃、僕は西村さんに2回も告白をされて、そしてそのどちらも、彼女を振ったのだ。
美術館に行ったあとで、僕たちは、いつもの乗換駅に戻り、カラオケに行った。
西村さんが卒業ソングを歌った。片想いの恋のうたも歌った。彼女の心だとわかっていた。何も気付かないふりをして聴いた。
それから、近くのレストランで夕食にした。
そこで僕は、ホワイトデーのプレゼントを渡した。
「ちょっと早いけど、ホワイトデーには会えないから。この間のお返し」
「あ、ありがとう」
その日、西村さんはずっと恥ずかしそうにしていたけれど、このときはよりもじもじして、しばらく、何か言いたげな様子を見せながら話さず、まるでいつもの彼女らしくなかった。
どれくらい沈黙があったか、わからない。ゆっくり、彼女が話し始める。
「あの……最後だし、言うけど、わたし……まだ、好きなんだよね」
そう言われると知っていた。
「うん、ありがとう」
「前川くんはH大学に行くんだよね」
「そうだよ」
「離れちゃうね」
「うん」
「……遠距離でもいいの。付き合ってくれませんか」
あの頃の西村さんの、精一杯の勇気だったと知っている。
まっすぐに僕を見ていた。
きっとこの日、もう一度告白されるだろうと思っていたし、断ると決めていた。
「僕は、西村さんのこと、第一級の友人だって思ってるよ」
━━なんだ、第一級の友人って。
「でも、やっぱり、付き合うのは……ごめん」
━━いつでも努力できる西村さんの隣にいたくないだけのくせに。
「……振られるって、わかってた」
そう言いながら、彼女は少し泣いた。
「じゃあ、なんで泣くの?」
雰囲気に耐えられなくなった僕は、笑ってしまう。
「悲しいから」
西村さんは、きっぱり言った。
「振られるってわかってても、何か、どこかで、ちょっとだけ期待してたんだと思う。一回振ったあとでも、ずーっと前川くんが優しかったから」
「何か………ごめん」
「前川くんは少しも悪くないよ。今までありがとう」
「もう会えなくなるってわけじゃないんだから」
僕はそう言って、彼女を慰めたつもりになっていた。
「夏休みとか、会ってくれる?」
「もちろん」
そのやりとりで、僕たちの恋の話は終わった。
その日もいつもの電車に並んで座って帰り、僕が先に降りた。
僕も彼女も三月中に引っ越し、新しい生活を始めた。
メールを時々した。休みの予定が合えばどこかで会うこともあった。言い出すのはいつも西村さんだった。
そうやって時々会っていて、僕は、あの頃、遠距離恋愛でも良かったかと思い始めていた。
社会人二年目の梅雨の頃、高校の部活の連中と会った。
松本が、
「この間大阪出張で、お前の彼女に会ったよ」
と僕に言ったのだ。
「彼女?」
「西村だよ。あいつ、京都だろ。連絡してみたんだよね。飲もうぜって」
「彼女じゃないけど……。西村さん、来た?」
「来たよ。全然変わってなかったな。写真あるぞ」
松本がスマホの画面をいじって、「あ、あった」と言って見せてくれた。
「変わってないだろ」
昔から変わらない、大人びた彼女がそこに写っていた。
「お前最近会ってないの?」
「就職してからは、そうだな……。僕の話をした?」
「まあ共通の話題は思い出話しかないから……。『好きだった』って言ってたぜ」
松本が茶化すように言う。
「そんなことは知ってるよ」
僕は笑う。
「付き合ってるんじゃなかったのな、お前ら」
「そう見えた?」
「そりゃそうだろ。毎日一緒にいたしな」
「そっか。まあそりゃあそうだよな。久しぶりに連絡してみようかな……」
そして2017年7月7日を迎えたのだ。




