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幽鬼混線のブラッドコール  作者: nieyu
1-1 wanted and sheep
7/14

[7]☆

挿絵(By みてみん)


  

[7]


「逃げろって、言ったのに…!」

「!!」


 苦しげな声を夕斗はしかと聞いた。間違いなく(・・・・・)冬木の声だ。

 そろりと上げていた腕を緩めると、閃光の槍は体を貫くことはなく宙に振りかざしたままだった。

 いや、わざわざ大きく振りかぶったのではない。何かに固定されてそこから動かせないのだ。

 夕斗の身体は死の恐怖から弛緩して崩れ落ちる、膝を床に立てるので精一杯だった。


「冬木式乃……やはり、扱い方すら会得しているのですね」


 能星の口調は変わらず、表情にも驚きなどはない。しかしまた、異様な光景があった。

 閃槍を持つ腕は得物ごと眩い糸に絡め取られていた。現状から少しも腕を動かせる様子はなく、抵抗する力によって微かに震えているだけだった。光糸の先にいるのは、冬木だ。

 糸は冬木の右手に収束しており、それを自分の方へ引いて能星の攻撃を止めたらしい。上体を起こしてはいるが、片膝をついて体を支えている。まだ痛むのだろう、額には脂汗がじっとりと浮かび前髪が乱れていた。


「本当に残念です。貴女が友好的だったならきっと違う結末があったのに」

「悪いけど、私にアンタ達は必要ないの」

「……そうですか。今はもう、どうしようと叶いませんけど」


 拮抗する両者の会話は常に相容れない。先に明確な敵意を持ち出したのは能星なのだが。

 光糸が絡む腕は、袖の衣服が裂けるほどに締め付けられている。お互いの抵抗は一歩も譲らない。

 ふっと、閃槍が彼女の手から消えて当然の如く拘束している光糸がたわむ。冬木が再び締め上げる動作と共に能星はぐるりと向きを変え、光の先に踏み込み更にそれを困難にする。

 冬木も対応を変えて自身の内側に入り込んでくる相手に向けて、位置の低い蹴りを出して牽制をする。能星は軽いバックステップで躱し、一息で再び間合いを詰めてくる。とても常人に出来る動きではない。

 戦闘に対する対応力を冬木はたしかに持っているのだが、相手の能星とは経験の差が違うことが明白だった。幾つもの応酬の中で冬木が有効打を決めることは難しい。


「…っ、ここでやられるなんて…!」


 じわじわと追詰められるのを感じたのか、冬木は積極的に例の能力を繰り出していく。彼女達はそれを自由に出現、消失させた。まさに魔法のよう、と言って過言ではないだろう。

 冬木は五本の光糸を自在に操る。まるで重力を介さずに直線にも曲線にもなる様はその一本一本が生き物のようだ。それは陽動や牽制として機能し、相手の動きを制限する。

 無論、能星も同等の能力で応戦してくる。

 鍛えられた的確な動きを止めてわざと大振りに、大袈裟な動作を1つ2つ交えて攻撃のタイミングをずらす。大きな動きを隙と見て飛び込んでくる冬木は罠に掛かってしまう。

 能星も一撃は食らうものの自分が誘った動き故に、ダメージは少ない。一方の冬木は確実に痛手を負っている。


「……もう終わりにしましょう」

「…!!」


 体勢が保てずにふらついた冬木を、抉るように振り抜かれた閃槍がその細い体を貫く。

 音も無く、悲鳴も無い。声を上げる余裕のない程の疲労、激痛にただ目を見開いている。それ程に力量は違っていたのだ。

 鋭い閃光は腹部から突き上げられ、能星の手元にまで赤黒い血が垂れ落ちてくる。黒を基調とする制服も血に濡れて厭な滑りに光り、みるみるうちに赤い澱みが屋上の床に生まれる。

 

「冬木…っ!! 冬木――!」


 戦闘に介入できない夕斗は身を屈めて悲痛な声を荒げるしか出来なかった。強烈な光景に脚も指先も震えて、言葉の合間に嗚咽が交じる。

 乾いた風が血腥さを伝える度に胃がひっくり返る。それが誰のものかを眼前で認めているから、殊更に。

 完全に力を失った体は全てを能星の思うがままだ。重力に従って折れる膝に閃槍は更に冬木の胸を抉る。それを認めてから能星は能力を収め、生気のない身体はぐしゃりと横倒しになった。

 本当に死が――紛れもない生命の死だった。

 流れ出している血が、コンクリート床の目地を辿ってじわじわと夕斗を責め立てる。どれだけ祈って歪んだ視界で冬木を見つめても彼女が以前のように動く気配はない。


「嘘だろ、どうしてこんな……何なんだよ…」


 震えて上手く口が回らず、笑ってるような声色が出てしまう。

 こんな「有り得ない事」が「現実」である事実を誰でも良いから否定してほしい。叶わないのならばきっと――


「心配せずとも次は貴方です。主なき眷属らしく、静かに死になさい」


 その答えを告げる執行者が夕斗に矛先を向けた。靴底に血をたっぷり含んだ足音がカウントを始めて、近づいてくる。最早抵抗も、一部の思考の猶予さえ無い。

 自身も彼女のように死ぬのだと。恐怖はもう他者の死で薄れ、改めて震える程感情は生きていなかった。

 夕斗にはその冷血の、汚れることのない鉄槌を見上げることが精一杯だった。

 能星の槍が、振り抜かれる。


 ――血を。

 ――再見の歓びには必ず、必ず血を。

 

 声が。今この死の間際に、夕斗に呼びかけている。

 能星からではない。息絶えている筈の冬木の方から聞こえていた。

 しかしその声は聴覚で捉えているわけなかった。頭を揺さぶるような、記憶の全てをぐにゃぐにゃと歪ませ更にその深淵、無意識の奥から響いてくる。

 そして這い上がってくる言葉には聞き覚えがあった。間違いなく夕斗に向けられ紡がれたものだと分かるのに、それがいつ、どこでかは明瞭としない。

 冬木の姿と重なる深淵は更に告げる。かつて言われた言葉の記憶を。


 ――赤く濡れた血よ、青ざめた血の渇きを満たせ。


 ズン、と重い脱力感が夕斗を覆った。

 胸元には閃槍が深く突き刺さっている。衝撃で血が気管をせり上がって、一気に口内が鉄臭くなる。

 視界は白っぽく薄らいで明滅し、声は醜い呼気となって血と唾液と共に垂れ落ちるだけだ。傷口の熱は一瞬で冷めて、流血となって夕斗の体から失われていく。

 が、夕斗には「分かっていた」。

 己の血が無為に流れるだけでは無い事を。

 未だ熱を帯びる血流は目地に逆らって、意思を持って流動する。

 それは乾き始めた血の流れを飲み込み、混じり合いながら進んでいく。冬木の血溜りへ、その身体、命へと夕斗の血が流れる。


「……状況終了。72時間の検視へ移行されたし。監視は今すぐ――」


 二人の人間を沈黙させた能星は再び胸元に向かって、何者かに状況を告げる。眼下にはうなだれた夕斗が、突き刺された槍で体勢を保っている状態だ。

 異変に気付いたのはその時だった。その体の下の血溜まりが、夕斗の背後には広がらず、まして真っ平な床に対してある一方向に流れを作っている。

 その先には。


「まさか……!」


 能星は息を呑む。背後を窺うとそこには「影」があった。

 陽が高く昇ろうとしているのに、それを凌駕して昏くおぞましく存在している。

 永く人々に呼ばれている様そのもの―――として、冬木がぞうっと立ち上がっていた。

 流れていた筈の血も、死に至る傷口も見当たらない。赤黒い衣服の少女。人としての理性や自覚を感じられない程、今の冬木の姿は異形に揺らいでいる。

 その眼は青白く、鈍く発光している。そうして薄い唇を歪ませ、微笑む。

 何もかもを奪えるという威圧と絶対的優位を理解している、残虐な笑みだ。

 能星は「同じ存在」として現状の危機を悟り、閃槍の先を冬木に向ける。再び彼女を殺すために。


 

 ――辺りは重い血の匂いで満ち、交刃に叫声が入り交じる。


 何時かの、似た光景を思い出していた。


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