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幽鬼混線のブラッドコール  作者: nieyu
1-1 wanted and sheep
6/14

[6]

 

 処罰、という日常ではおよそ用いないだろう単語。しかし対象である冬木式乃は微動だにしなかった。

 黒髪の少女は粛々と言葉を続けた。


「貴女のレベルをA+に改定します。残念です、私と良い関係になれると思っていたのに」


 哀れんだ声色だが明確な侮蔑を冬木に向けている。内容は理解することは出来ないが、やはりこの二人の少女には何らかの因縁があるらしい。

 完全に蚊帳の外だと思われていたが、黒髪の少女の視線がつと夕斗に向く。


「まさか眷属を作ってしまうとは。もう貴女を野放しには出来ません。話す余地もない」

「眷属?何を言っているの。私はそんなこと、していない」

「貴女は私達に嘘を吐いていたのでしょう。恐らく昔から能力が使えた――今更信じろというのは無理です」

「………」

「…8時47分。能星すばる、状況開始」


 黒髪の少女―能星すばる―は胸元の服を口に近づけ、云った。どこかに報告をしているのか。

 それは同時に開戦の合図と化した。

 先に動いたのは能星だ。

 ぐっと体を前傾させ勢い良く冬木に向かって飛び出すと同時に、右腕は思い切り引かれ容赦のない拳を繰り出す。冬木はその拳を逆の腕でいなすように受け止め、能星に対し斜めに体勢を構えそのままぐるりと半回転し背後を取る。

 冬木は攻撃ではなく、能星の首元に腕を回し喉を反らせるよう拘束する。拘束から逃れようともがくが、身長差のせいかそれは困難だった。


「なにしてんの…っ。はやく、逃げて…!」


 未だに尻を着いている夕斗はその声にようやく理性を取り戻す。しかし、腰を浮かせただけでその場からはほとんど動けなかった。脅威に芯から震えてはいない、ただ夕斗に逃げろと言う少女を置いていくことを躊躇った。

 能星と名乗った人物は処罰すると言って、暴力的な力を振るったのだ。穏やかな事には到底ならないと確信したからこそ、警告に従えなかった。


「そんな、お前、冬木は……」

「いいから!」


 張り上げた声に弾かれたのは夕斗でなく――冬木だった。

 一瞬の力の弛緩を見逃さず、能星は首に回る腕を両手でがっちりと掴み顎を埋めるよう前方にぶれる。大きく開いた拘束の距離は体の自由を許し、両手に掴んだ腕を軸にして冬木を振り飛ばした。その体は塔屋にぶつかり、壁を背にする。退路が無い。


「……ぐ、っ…!」


 腕を構えようとするが間髪入れずに能星の鋭い蹴りが冬木の腹部を抉る。脚は下ろされること無く彼のぎりぎりと体を圧迫する。壁に縫い付けられたまま短い悲鳴をあげ表情は苦悶に歪むが、双眸は能星を睨みつけていた。


「冬木式乃。抵抗しなければ楽に済ませます。その意思があるなら目を閉じなさい」


 脚に掛けられた力はそのままに言い放つ声に温度はなく、無慈悲に冬木の鳩尾辺りを圧で締め上げる。

 冬木の顔には汗が浮かび、息も絶え絶えに激痛を堪えている。言葉すら発することが出来ない状態にも関わらず、ぎらぎらと能星を睨む視線は止む気配はない。


「……いい眼ですね」


 能星は短く嘆息し、ぐぐっと脚に体重を掛ける。ほぼ同時に冬木の掠れた叫声が耳を裂く。

 ―同じくして、夕斗も動いていた。

 ほんの少しの逡巡すらない、ただ目の前の状況を少しでも打開したいという想いだけで。

 冬木式乃を助けなければ。

 咄嗟に屋上に転がっていた錆びたバケツを掴みあげ、能星目掛けて投げつける。夕斗自身も少女目掛けて駆け出していた。どちらが陽動などという高度な思考はなく、愚直な突進だ。

 その2つの気配を感じ取ったのか能星の顔がはっと冬木から外れる。もうすぐまで迫っている。

 刹那。夕斗の視界は突然の閃光で消えた。

 何かにぶつかったのか、それともぶつけられたのか、体には確かな衝撃があったが本来の手応えとは明らかに違う。

 視界が徐々に戻る。目の前には能星がこちらを向いていた。そしてなぜか真っ二つになったバケツが落ちて、硬い落下音が虚しく響く。


「…っ、どうなってんだよ…」


 不可解な事象の連続に心の底から毒づいたが回答を与える声はない。

 傷が付いたのはバケツだけではなかった。夕斗の肩口の衣服は爪痕のように裂かれ、赤い傷口が露出している。それを自覚してしまうと痛みは強くなり、じくじくと熱を持つ。幸い、傷は浅く出血も少ない。

 夕斗は僅かに後退していたがなんとかその場に踏み留まり、立っていた。


「出来損ないの、隷属が…」


 能星の声は低く震え瞳は深く屈辱に沈んでいる。怒りを隠し切れない様子だった。

 それよりも恐ろしい物が夕斗の目には写っている。

 黒髪の少女の右手。あの閃光が彼女の手に携えられていた。

 それは能星の背丈より長く、直槍に近い形をしているが実際に存在している、質量のある物体には到底見えない。

 ホログラムとでも言うのか、基本は槍のかたちなのだが輪郭は微かに揺れ動いている。

 その不確かな物体でも、コンクリートやバケツを抉ったのは――に違いない。

 自身の憶測が当たっていたとして対抗する術は無いに等しい。


「己を忘れたまま、惨めに死にゆけ」


 当然の如く、鋭い閃光の先はぐるりと夕斗を向いて突き出される。反射的に腕を眼前に構えて防ごうとするが恐らく意味は無いだろう。

 腕の狭間から冬木の姿を探す。塔屋の壁際に蹲って居るのが見えた。

 情けない。

 逃げろと体を張った彼女をろくに助ける事もできず、更に無駄にしてしまうのだ。

 ―冬木には、昨日から助けられてばかりだ。

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