表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幽鬼混線のブラッドコール  作者: nieyu
1-1 wanted and sheep
2/14

[2]

 夕斗は冬木式乃と会話したことがない。と言うより思い出せる限りでは他人と会話している所すら見たことがなかった。クラスで孤立しているのは明らかだったが、冬木自身が望んで行動した結果のように思う。

 結局午後の小休憩中には声をかけることが出来なかった。冬木が授業終わりと同時に席を立ち上がる度にびくりとしてしまう。自身を人見知りだとは思わないが遠野の話を聞く限り、手強い相手だと知ると第一声をどうしたものかと尻ごんでしまう。終業のHRの内容が一切入ってこない。

 目の前の席を見る。冬木は髪を編みこんでおり、つるりとした何の装飾もないシンプルなバレッタでまとめていた。バレッタに反射して夕斗の顔が映った――ような気がした。映すものがなくとも今自分がどんな表情をしているか、確認するまでもない。


「今日はこれで終了、球技大会の練習はいいが怪我だけはないように。万一には速やかに教師に連絡すること」


 担任の教師はそう締めくくりHRが終わった。教室は一気に騒がしくなりそれぞれが放課後の活動へと移っていく。

 それは冬木も同様で立ち上がると同時に、既に通学鞄まで手にしていた。この機を逃すと間違いなく帰宅してしまうだろう。夕斗も慌てて自身の鞄を掴み追う体勢を整える。


「冬木さん、あの」


 背中に向けて声をかけた。冬木は動きを止めずに横目に夕斗を一瞥、再び顔を前へと向けてしまった。

 その間にも歩みは一切の容赦なく進み、追従する形で教室まで出る。夕斗は戸惑いつつも背中に向け再び言葉を投げる。距離を詰めなければ「聞こえなかった」という言い分が通ってしまう。


「冬木さん、球技大会の件で伝言があるんだけど」


 先程より少し声を張ってみたが冬木からのアクションはなく、ただ彼女を追いかけているだけだった。この状態がずるずると続いてしまうと昇降口まで逃げられてしまう。乱暴だが腕か肩に手をかけるか、左手を持ち上げた。

 ーーが、腕は冬木に伸びる事はなかった。追いかけるだけで意識を割けなかったが、立ち止まった場所は昇降口ではなくその場所を通り過ぎた先の、放課後は人気のない通路だった。先は行き止まりで赤い非常ベル装置が据えられ、側の教室は行事用の用具が詰められている。

 袋小路のこの場所に来る生徒、教員はそうそういない。この時間帯なら尚更である。

 眼前の人物はようやく夕斗へと体を向け、振り返る。ややつり上がった目がまっすぐに正面を見抜く。


「…なに、伝言って」


 聞く気があるのなら教室の時点で良いのでは。ふつと湧いた不満を押し留め、努めて事務的に用件を伝えることにした。


「遠野が今日の練習、第三体育館だからその前に集まって欲しいってさ」

「そう。なら今日は用事があるから出れないって、伝言して」

「な…」


 冬木とまともに会話したのはこれが初めてとなるが、今までの雰囲気の通りにとっつきにくい、他者との壁の厚みをひしと実感する。返って来た言葉は内容が嘘だとはっきり分かる程に軽く、まさに吐き捨てられたものだった。

 無視をして夕斗を連れ回したのも悪意のある行動かもしれない。


「いや…それなら自発的に遠野に伝えればいいだろ。メールとか拒否してまで、一から避けるようなことしなくても」

「…最初から練習には付き合わないってはっきり言ったわ。でも彼女、運営委員だからそれを許せないだけ。メールは…本当に携帯電話の調子が悪いのよ」

「…遠野の事はそっちの勝手な憶測だろ、そうして避ける程運動が嫌なのか?」

「携帯いじりながらやるような練習とそんなお遊び行事が嫌いなの」


 球技大会の練習は自主的なもので、冬木の言う通り部活動とは違いどこもゆるい雰囲気なのは確かだった。ポジションで役割のある競技はなんとなくそれを確認し、遊び半分で流している。差し入れと言って菓子類を持ち込んでいる生徒も居るぐらいだ。

 しかし冬木には取り付く島がない。嫌だから、とシンプルかつ利己的な理由は他者がどうにか出来る問題ではない。本人の気が変わるか、嫌でもそれを凌駕する動機があるか。ここまで私情を表に実行している人間なら尚更だ。

 用件を伝え終えた夕斗が、必要以上に冬木の問題に首を突っ込む義理はないのだが。彼女の世捨てっぷりに若干の苛立ちを覚えていた。


「自分の嫌なことならずっと逃げ続けていいのかよ」

「……………。そういう自分こそ何に出るか決めてなかったじゃない、何度も催促されていたのに」

「俺は…!」


 違う、と言いかけて飲み込む。理由を述べることが出来ないからだ。

 夕斗はバツが悪そうに冬木から視線を逸らす。その様子に冬木は短く息を吐き、告げられない理由さえ興味ないようだった。


「もう良いでしょ。これ以上は不毛だわ」


 彼女はもう完全に会話に応じる気がないと外方を向き、始終不機嫌そうな目は窓ガラスを睨みつけている。動かない様子から、半閉鎖的な行き止まりの場を夕斗から先に出ろ、と言っているのだろう。

 一応頼まれた事は達成したが、遠野には申し訳ない結果になった。心情はもやもやとしたままだが冬木との対話は本当に泥沼になるだけだ。秋口の夕暮れは思いの外短く、廊下はもう自分の足元さえ見失いそうな暗さが這っていた。

 踵を返すのと一緒に上着のポケットに手を入れる。強制的に教えられてしまった遠野のアドレスに事の顛末を報告するためだ。歩きながらスマートフォンを操作するのは慣れたものだ。

 しかし、夕斗の視界は大きく歪む。

 なぜ、と疑問をもたげる間にもぐにゃぐにゃと歪曲し手にしている画面は捉えられない。スマートフォンを持つ手に負荷がかかっている。物を持っている重さではない、誰かにその端を引かれているような。

 歪む世界に意識を引っ張られ、平衡感覚すら失くす瞬間にディスプレイに映る「圏外」の文字だけが目に焼き付いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ