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幽鬼混線のブラッドコール  作者: nieyu
1-2 ex 人間 (たとえばにんげんのようにとくべつな)
14/14

[7]

 


 空が日没に傾くのに追い立てられ公園を後にする。今日は取り敢えず解散という流れになり、帰路に付くことにした。

 夕斗は先ず電車を利用するのだが、途中まで冬木と道中を共にすることになった。足元には薄闇が敷かれ、既に煌々と光を放つ外灯が均等に遠くまで並んでいる。

 舗装されたアスファルトの歩道は二人分の不規則な足音を反響させる。つい冬木を意識してしまうと歩幅が慣れないものになってしまうが、無視して距離を空けると言うのも変な気がした。

 制服のポケットからスマートフォンを内から半分だけ引き上げて液晶を起動させる。目当ての電車の時刻には十分間に合う事を確認し、手を端末から離した。

 ふと視線を正面に戻す際に冬木がこちらをじっと見ているのに気づく。

 気になって顔を向けるとかち合った目に驚いて薄い肩が小さく跳ねた。


「……っ、その、スマホ…大丈夫?」

「スマホ?」


 言葉の意味が分からず、無遠慮に単語を繰り返してしまうと冬木は気不味そうに唇を結んだ。

 会話が途切れてしまったので情報が得られない代わりに少し思考を巡らせてみる。

 彼女は何を心配していたのか。スマートフォン自体か、その端末を操作する自分か?

 その二択を導き出すと思い当たる出来事が浮かんでくる。自分が冬木の目の前で携帯端末を扱ったのは、今と似たような夕闇の中だった。

 そう言えばあの時の詳細を聞いていなかった。全ての元凶、始まりとなった苦々しい邂逅の自分が知ることの出来なかった空白の時間を。


「平気だけど……もしかして、この前ぶっ倒れたのってスマホのせいなのか?」

「……私が聞いてるのは電波状況なんだけど」

「え」


 深読みし過ぎたらしい。自分でも悲しいぐらい間抜けな声が上がる。猫のように訝しむ瞳からの追求に急き立てられ、再び手をポケットに突っ込んでスマートフォンを取り出した。

 ぱっと液晶画面が明るくなる。――が、通信感度を示すアンテナの画像はきっちり三本以上立っている。


「何も問題無いが、まさか、冬木が側にいると圏外にでも――」


 途中まで口にして強い既視感が襲ってくる。視界が途切れる刹那、その場面を目にしたのではなかったか。

 心事に動きが制限され足を止めると、確かめるよう冬木が夕斗の手元を覗き込んでスマートフォンの画面に目を落とす。 


「そうね、まともに通信は出来なくなる筈なんだけど。……染谷君が側に居るせいなのかしら。それともペアリングで安定している影響…?」

「なあ、冬木が頻繁に教室を出るのってこれが原因か?」

「……………そうよ」


 たっぷりと間を取って、素っ気なく答えた冬木の顔は心中複雑そうに眉が寄った。


「どの位の範囲まで影響が有るかは知らないけれど。休み時間には殆どが自分の端末を覗くじゃない?それが長期間続けば、誰もがおかしい事に気付くわ。だから私は教室には留まれない。……仮に授業中に盗み見るような場合でも、従業中は文句を言えないでしょう。」


 なんとも涙ぐましい、と言って良いものか。現代社会の高校生からはどうやってもスマートフォンは切り離せない。

 そして夕斗は理解した。彼女が遠野里織のメールの全てを目にすることは無理だったのだろう。故に最初から異常な程に遠ざけていたのだ。自身の評価を大きく下げる要因になろうとも。


「……何と言うか。それにしても、あんなに邪険にすることは無いんじゃないか?廊下の時も、屋上での時も」

「だって、仕方ないじゃない。やると決めた以上は変に取り繕うより……一貫性が必要だったのよ。こんな面倒な生き物とした生まれたからには」


 言葉にするのが嫌なのか、顎を引き口の中で濁すように冬木は言う。夕斗を見ようとしない目線が、更に本意ではないと告げているも同然だった。

 しかし、夕斗は冬木式乃と言う存在にとてつもない親近感が湧いてどうしようもなかった。

 好き好んで本心から人を忌避している訳ではない。其処には唯一無二の事情があるのだ。少なからず自分の境遇と重ねてしまう。

 夕斗の感じている冬木への共感は程遠いものではないだろうと、無意識に口元が緩くなってくる。

 この場で表立った理由もなく、にやつくのは明らかにおかしい。不審に思われない為に自然を装って口の前に手を翳した。吐く息が熱く、肌との温度差が顕著で何か落ち着かない心地になる。


「そうか、冬木にも色々あるんだな。吸血鬼とか、人間とか関係なく……なんか、安心した」

「どうして上から目線なの。フォローが下手すぎ」

「いや、そんなつもりは……」

「いいわよ」


 厳しいツッコミの後にふっと吹き出すように短く笑うと、冬木は身体を進行方向へ向け直し夕斗より先に歩き出す。追い越すのは簡単だが、敢えて少しだけ後ろに付くように後を追う。

 髪も揺れない程の風が鼻や耳にはしっかりと冷気を与えてくる。夜の冷え込みはもう冬に近い。


「あの時」

「……ん?」

「染谷君が私の前で倒れた時のこと。気になってるんでしょ」


 当然よね、と後ろ姿の冬木は言う。

 此方が一度失ったきっかけを取り戻してくれた事に感謝をしつつ、夕斗はその先を黙って待った。


「正直、期待に沿えるか分からないけど。――さっき言ってた事、強ち間違いじゃないと思うの。何て言ったら良いか……染谷君がスマホを手にした時に、その、変な感じがして」


 自身にも経験がある――と言うより全く同じだ。端末を手にした途端に起こった変調。

 その記憶は余りにも短いが、唐突すぎる出来事には今でも拭えない違和感があった。


「気持ち悪くて、ちゃんと振り返った時にはもう意識がなくて倒れそうな所だった。既の所で引き寄せて床に激突は避けたけれど」


 冬木は片手、確か能力を顕現していた右手をひらひらと振った。恐らく自分の体を支えたのは彼女の光糸だという意味だろう。それならば不自然なぐらい無傷だったのにも納得がいく。


「でも変な感じがしたのはその時だけ。……推測だけど、あの遮蔽物の少ない空間で、私の影響を直に受けたスマホが何かしらを仲介したのかも知れない」

「そして、俺が普通の人間じゃなかったのも要素の一つかも、ってわけか。それが組織とやらに勘違いされたって考えて良さそうだが」

「そうかもね。…私が変に感じたのも、自分の意志とは反して能力が引き出されたものと仮定すれば、話が繋がるわ」


 現状の情報を持ち寄って出された結論は思いの外、腑に落ちるものだった。しかし、もっと根源的な、その条件を満たした要因は謎のままだ。

 底が見えず湧き出る疑点に考え込み、無意識に視線が低くなる。お陰で差し掛かった架橋の緩やかな斜面につま先が引っ掛かって、あわや転びそうなった。

 慌ただしい足音を立てる夕斗に冬木は歩みを止め、ゆるりとこちらを窺ってくる。橋の下には広々と線路が通り、今まさに車両の出入りが多い時刻だった。高速で過ぎる強い光が互いの姿を捉えにくくして目が自然と険しくなる。


「じゃあ、私はここで。今日はお疲れ様」

「ああ。帰り、気をつけて。………うわ!?」


 立ち止まる冬木に片手を上げて別れを告げる。彼女の前を通り越して橋の先へと足を向け――ていたが、不意に腕を引かれてまた転びそうになる。

 手を掛けた犯人は慌てて夕斗の腕を離し、想定したより強い力だった事にあわあわと狼狽えていた。申し訳無さそうな表情が俯いて更に暗く映る。


「あっ、えっと…ごめんなさい!」

「いや、良いけど……何?」

「もう一度、ちゃんと……お礼を言おうと思って」

「―…あのな、冬木」 


 夕斗の顔が強張る。それは若干の苛立ちをも孕んでいた。

 多少なりと理解していたつもりだったが、冬木も中々に強情と言うか。染み付いてしまっただろう責任とか罪悪感を律儀に返されるのは、もう嫌なのだ。断言する。公園ではその意も含まれていたのだし――。

 夕斗のただらぬ雰囲気を察したのか、冬木は目を丸くし半歩後退した。

 勿論それを硬い笑顔で追い掛ける。おまけに、此方は大きく踏み出してやる。


「協力関係は対等な立場で出来るもんだろ?一方的に支援されてるのは協力じゃあない、OK?」

「え、ええ…」

「よし。本当は礼なんて俺の方が頭擦り付けてしなきゃいけないんだ。何度も助けてもらったし」

「でもそれは、私の」

「"それ"は無し。……だから、謝るのも礼を言うのも一回でいい。二回目以上は何に対して言われてるか、全くわからないな」

「……あの、ごめ」

「待った」


 恐らく夕斗の心情を汲み取って、思わず謝罪の単語を漏らすその口を強く制す。冬木は、はっとして肩を跳ね上げ唇を真っ直ぐに引いた。その様子からはとてもじゃないが孤高を演じきるのは難しいように思う。事実、綻びは見受けられていたが。


「そんなに俺に遠慮しなくて良いから。そうだ。屋上の時みたいに、少し失礼な感じでも……」

「や、やめてよ!好きでしてたんじゃないって言ったでしょ!」


 場を解すために振る舞いの違った姿をからかってみると、羞恥にあがる甲高い声――の後に腹部を小突かれた。結構な角度と鋭さを持った冬木の拳に、ぐっと腰が曲がってしまう。

 その隙に彼女は夕斗に背を向けて足早に離れていく。どうやらこの話題は触れない方が良さそうだ、と夕斗は身をもって実感する。腹部を押さえながら。


「ぐ、遠慮しなくて良いとは言ったが、まさかこんな無礼講とは……」

「染谷君」


 体勢を上げると橋からは大分離れた場所に冬木が居た。外灯を避けるように、灯りの帯の途切れる境界に薄ぼんやりと姿が見える。

 それでも夕斗には彼女の口元が笑っているのがはっきりと分かった。


「また、学校で」

「――ああ。また学校で」


 側で電車の通過する騒々しさの中、冬木の声は掻き消されること無く夕斗の中に心地良く落ちて行った。



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