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幽鬼混線のブラッドコール  作者: nieyu
1-2 ex 人間 (たとえばにんげんのようにとくべつな)
13/14

[6]

 休日の公園、と言っても大型都市でもないこの地域では、敷地内に人は殆どいない。

 犬の散歩がてらに通り過ぎる老人、人目が無いのを良い事に喫煙する大人。子供達の活気とは程遠い閑散とした場所だ。

 所々に作られた休憩スペースも年月を重ねており、木造のベンチやテーブルは渋い色に落ち着いている。苔こそは生えていないが、大きくひび割れた箇所がいくつもあった。

 その一角。屋根のある、東屋造りの場所に寄ることにした。 

 自分の手には、道中で寄ったコンビニのレジ袋が下げられている。中には温かいお茶、惣菜パンが幾つか入っている。

 それをベンチテーブルに置くが、一方の冬木は座る気配は無い。無言のまま、東屋の低い塀に寄り掛かって、立っているようだ。

 学校では座りっぱなしで飽いたのだろうか。自分もベンチには座らず、テーブルの縁にごく浅く下半身を乗せるように寄り掛かることにした。

 レジ袋から一つ、パンを取り出す。チーズとベーコンの入ったものだ。がさがさと包装を破り、パンを半分だけ外に出し、かぶりつく。

 濃い目のしっかりとした味付けは一口でも空腹を埋めてくれる。食事という多幸感がゆっくりと胃から湧き上がってくるようだ。

 つと冬木を見る。彼女もまた、コンビニで買った肉まんを頬張っていた。冬木が買ったのはそれと紙パックのお茶だった。


「……なあ。興味本位の、くだらないだろう質問を一つ」

「……どうぞ?」

「その、吸血鬼でも食事は必要なのかと」


 言葉には組み込め無かったが、人間的な食事という事だ。

 冬木は合間に肉まんを食べ、静かに咀嚼、飲み込んでから口を開く。


「必要ね。単純に肉体を動かすエネルギー源、人間と同じよ。もう一つの……電波は染谷君達にとっては睡眠と同義かしら。実際、睡眠に関しては欲求が希薄なのよね」

「まさか、寝なくても平気なのか?」

「そうね。まあ、普段は少しぐらい寝るわ。ただ、充足すると全く眠気がなかったけど」

「悪いけど吸血鬼準拠の社会じゃなくて良かった。授業時間や労働時間が更に長くなりそうだ」

「おかげでほぼ24時間有意義に使えるわね」

「くっ、そこだけは羨ましいぞ…! 徹夜疲れなく一夜漬け出来るし、一日一冊ペースで読み終える事も…」


 人間だって多少睡眠を取らずとも活動は出来るだろうが、睡眠不足と言うバッドステータスは確実に効率や体調に支障をきたす。それが続けば続くほど振り幅は大きくなる。

 しかし冬木は、彼女の言う通り睡眠を大して取っていない者の顔には見えなかった。血色も良く、目の下にクマなんて微塵も見当たらない。


「因みに今日で4日寝てないわ」

「その台詞だけ聞くと変に気に触るからやめてくれ」


 言っている本人の様子がぴんぴんしていれば尚更だ。

 わざと口にしたのか、冬木はくすりと悪戯っぽく目を細めて笑う。

 彼女のこんな笑顔は初めて見ただろうか。こそばゆくなって、つられて口元が緩む。

 これが他愛のない、日常会話だったらどれ程良かっただろう。

 冬木は残った包装をレジ袋にまとめて、スカートのポケットに収めた。左手には新たに紙パックが握られている。

 自分は未だにパンを頂きながら、視線を外へと向ける。相変わらず静かで、陽光や木々のざわめきが唯一囁き続けている。


「染谷君」


 静寂を裂く声。

 自分の世界では間違えようのない冬木式乃の声だ。


「染谷君はもう、どうしようもなく――こちら側に巻き込まれてしまった」


 口火は重く、一音一音を選ぶように切られていく。


「本当ならあいつらの条件なんか蹴ってやりたい。染谷君の事も…」


 心底嫌っているのだろう。冬木は思い切り眉を寄せ、忌々しそうに続ける。


「でも、私は無為に殺されたり――間違って自我を失う訳にはいかないの。どうしてもやらなきゃいけない事があるから」

「それは……さっき、能星と話していた…?」


 冬木は無言で頷き、肯定の意を示す。その瞳は青い炎のような冷ややかな熱を帯びていた。

 学校の教室で彼女が能星すばるに悪態を撒き散らした原因、その内容のこと指しているのだと察する。


「私は…人を探しているの、とても大切な人……。その人に会うまでは、何かに縛られるのは避けたかった」


 壊れ物でも手にしているかのような、密やかで繊細さを孕んだ物言いだった。冬木の表情をどう表現したものか夕斗には分からなかった。自分に説明していると言うよりは、他の人間に向けられた、沈痛さが滲んでいる。

 視線は自分を向いているのに身体を貫通し、何故か空虚な心地にさせられる。

 ただの人探し、ではない理由があるのだろう。


「だから一人、遠い高校に入ってあいつらの言葉も無視してきた。けれどこれは――そもそも、私という存在が悪いのかしら…」  


 冬木は自嘲を込めた笑みと共に呟いた。

 彼女の存在、引いては吸血鬼。その非難は別の生き物、としての業か。


「染谷君に、あいつらの条件を飲んでほしいの。多分それが一番……いいえ、私の為だわ。代わりにはならないかも知れないけれど、何かあろうものなら貴方のことは私が守ってみせる」

「女子に其処まで言われると、非常に心苦しいな」


 男なら一度は口にしてみたい台詞を、まさか言われる側に回ろうとは夢にも思わなかった。寧ろ実生活で耳にする事自体、まるで夢想なのだが。


「冬木は、あいつらが持ってる情報が欲しいんだろ?」

「――そうね」


 自分の為、と言った理由は容易に理解出来た。能星達が冬木の執心をどこからか知り、あの場で持ち出してきたのだ。

 現状彼らから、もたらされる情報には嘘偽りの判断は下せないが、ほぼほぼ信じている。

 否。そうする他、道がないのだ。他の誰が、こんな非日常の委細を説いてくれると言うのか。

 向こうが優位に立っている状態での取引だったのは間違いない。それでも。

 それに縋るしか無いのだ。冬木も――――。

 大きく肩を上下させて、これでもかと言うぐらいに深呼吸をする。肺を満たす空気は冷たく、吐き出す息は熱を持って出て行った。


「俺も条件を受けようと思う。普通の人間と違うと言われて、気にならないと言えば嘘になる。……それとは別に、一番の理由がある」


 肚を決めた声は自分でも驚くぐらい明瞭に、力強く口から出てくる。

 冬木の顔を見る。彼女の双眸には先の言葉から、自分を責めて欲しいと言わんばかりの憂いがあった。

 きっとその方が、冬木にとってはどんな慰みよりも楽なのだろう。

 けれど、自分にはそんな優しさは持ち合わせていない。だから言ってやるのだ。ずっと口にしていなかった、自分の意思を。 


「俺は、冬木の為にあいつらを利用してやろうと思う。もし冬木が不当な扱いを受けるなら、ストライキでも断食でも……どうにかこの身体を交渉材料にして守ってやるから」


 自分では精一杯、不慣れな悪どい笑い顔を作ってみたのだが、不自然な表情筋のせいか語尾が少し上擦ってしまった。胃の腑から湧き上がる恥ずかしさは押し殺したが、耳の先が熱い気がする。

 冬木は自分の言を真似した台詞に気付いてか、ややつり上がった目を見開いて絶句している。

 出来れば、恥ずかしさが二乗されないうちに反応が欲しい。なるべく早急に。


「よ、余計な肉付けをっ…――っ、違うわ。わかってる、ちょっと待って!」

「は、はい……」


 冬木は徐々に頬を紅潮させ、傍からも分かりやすい程、焦って視線を彷徨わせる。口元を震わせながら制止をかけ、冷たい片手でぺたぺたと自分の顔を触って冷ます。

 充分に落ち着くのに時間は掛からなかったが、彼女の目元は未だに薄っすらと赤い。


「……ありがとう。本当に、感謝してる……」

「はは、まだ礼を言われる事はしてないだろ。じゃあこれから、協力関係ってことで」


 自分と彼女は、人種としても、単純な戦力としても対等ではないだろう。勿論、夕斗が遅れを取っている。

 しかし、その事実に甘んじたくはない。それは少しでも、冬木に暗い表情をさせずに済むだろうか。

 夕斗は頬の緊張を解して微笑んだ。大袈裟かと思うが、片手を冬木に差し出して見せる。

 その手を認めると、柔らかく低い温度の握手が交された。


 

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