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幽鬼混線のブラッドコール  作者: nieyu
1-2 ex 人間 (たとえばにんげんのようにとくべつな)
12/14

[5]

 


「お。時間ぴったりだ。じゃー、後はよろしく頼むよ」


 出入り口に釘付けになっている夕斗らをほうって、西巻は席を立ち上がって教室の外へ出ていってしまう。

 無論、入れ違いに能星が中へ入り、そのまま西巻が座っていたパイプ椅子へと腰を落とす。

 立ち上がっていた冬木も困惑に言葉を見つけられず、また椅子へと座る。

 西巻の話を聞いていた時とはまた違う、厭な空気がぬるりと漂う。浅からず冬木とは因縁の有る能星、それは今や自分も入っている。

 しかも生殺与奪という、普通なら当事者が二度と顔を合わせることのない関係で、だ。


「……西巻は貴方達とは波長が合わないので、狭い場所で長時間付き合えません、ご容赦を」


 能星の口調は初めて会ったものとほぼ変わらない響きだった。違うのは彼女の私服らしいモノトーン調の落ち着いた服装と、あの重そうな瞼持つ感情の薄い目には眼鏡がかかっていることだ。

 その言葉の通りなら最初から能星でいいのでは、と思ったが向こうの気遣いなのだろうか。

 確かにドアを引いて目にする人物が自分に危害を加えた人間だったら――人選に疑問を抱かざるを得ない。

 多少なりとも友好的か、穏便な姿勢を向けられていたという事なのかもしれない。


「先に聞いた通りに、貴方達は血の繋がりを得てペアリングの関係にあります。今日までは体内に血が残っていたから良いですが、これからは96時間以上、500m範囲外で離れるのは推奨出来ません」

「その悪影響は私にだけでしょう?彼には何も無いのよね?」

「……それは分かりません」

「分からない?」


 先の応酬から未だ不機嫌な語気の冬木は更にその顔を歪める。今に舌打ちでもしそうなぐらいだ。

 対面で迎える能星は何一つ揺らがない。無機質な薄いレンズが、薄氷の冷ややかさを湛えている。


「確実に支障があるのは冬木式乃、貴女です。これは間違いありません。ですが今回に関しては私達も未知数なのです」

「さっき言っていた、俺が特異な人間だから…何が起こるかわからないって事か」

「そうです。はっきり言って、前例がありません。……いくら貴方が特別で、現状では人間という尊厳を留めていても冬木式乃から離れるのは良いとは言えません」


 人間、と能星は口にしたが次第に自分が本当に「それ」なのか不安になってくる。

 本当に尊厳は保っているのだろうか、そもそも、物心付いたときから一つ足りなかったというのに。

 しかしこれまでの話では選択権はないように感じる。もし自分が何らかの要因で正気を失えば、吸血鬼沙汰として彼の組織に処理をされてしまうのだろう。

 説明されても尚、理解の及ばない超力に首を絞められぞっとする。ゆっくり音を立てずに腕を擦り、怖気立つ寒気を紛らわせる。


「……私達に協力するなら排除ではなく、助命を優先したバックアップをすると約束します。情報の共有もその一環です。不測の事態に、知識と相応の設備は必要だと思いませんか」


 ちらと隣の冬木を窺う。

 相変わらず近寄りがたい、棘付いた雰囲気で能星を睨みつけている。

 此方が返事に窮していると視線が合い、また表情を暗くする。冬木が自分を見る目は居た堪れない、出来ればもう先に目を外したかった。


「詳しく話していいわ、……その後で染谷君と二人きりで話をさせて」


 冬木が重々しく返答を告げる。声からは怒気が無く、心許ない弱いものだった。


「貴方達を組織の一員として迎え入れます――と言っても、私生活の自由を大きく侵害しません。必要な時に協力して頂くだけで結構です」

「その内容は?」

「染谷夕斗には定期的に身体検査を行います、投薬や身体を傷付けるような事はありません」

「……」


 能星の言を一つ一つ、噛みしめるようにごくりと生唾と共に飲み込む。

 もしこの言葉を受け入れるのなら、いよいよ普段の生活と別離してしまうのだ。拒めばその先は未曾有の暗闇だ。

 能星の単調な調子は返って緊迫感を与えてくる。


「冬木式乃には、私と組んで任務についてもらいます」

「それは能力を使うような仕事のこと?随分と良い様に使うつもりなのね」

「……悪いようにはしません。相応の待遇を用意しています」

「別に、俗物的な物をそっちに求めてないけれど」


 対照的に冬木は投げやりな、諦観の混じった笑みを彼女に向けている。

 内容に関しては予見していたのか、然程大きな反応は見せずに揶揄を返すが、能星には手応えがまるでない。

 会話は続くが室内はしんと冷え切っている。日が沈むにはまだまだ時間が早いはずなのに、窓から射す斜陽の色が更に冷えを増長させた。


「そうですか?冬木式乃、貴女にはどうしても欲しい物がある筈では」


 張り詰めた空気が一気に沸点へ向かうのを肌で感じる。それはじわじわと熱を帯びて夕斗の髪に飛び火するんじゃないかと、緊張に身体が強張る。

 ――能星の言葉に対して冬木が放つ、明確な殺意。


「そう……わかった上で、言っているのね。反吐が出そうだわ」

「…………全てではありません。しかし、貴女が組織に加わるならば、近しくて、新しい情報が確実に手に入ります。一人では絶対に得る事の無い物です」

「最悪、最悪よ」


 繰り返される悪態は悲憤めいており、震えていた。

 話の先が夕斗には想像出来ないが冬木にとって触れられたくない事を、能星――ひいてはそのバックの組織――に掴まれているらしい。

 そうして一大事に引き合いに出されているのだ。良い気がしないどころでは無いだろう。

 一方で、自分も答えを出さなければならないのだ。

 勿論自分の命は惜しいに決まっている。しかし分かっていて他人の命を犠牲にし、生き延びるのは気持ちが悪い。似たような経験を、学校の屋上で味わったからこそ断言できる。

 助ける、と言うのはその本人も生きていなければいけない。

 だから自分の思案する「助かる」方法は――。


 長い間、沈黙が空間を埋めていた。

 とうに昼食の休みは終わっていたのか、また部活動の活気が響いている。

 学校という場所なのに、その快活な遠響は自分のいる教室とはとても不釣り合いだった。


「条件はお話しました。返事は近いうちに伺います」


 徐に能星が席から立ち上がる。此方からの反応が何も出ないと、時間をかけて待っていたのだろう。

 その動きを冬木は引き留めようとはしない。自分も今の所で、更に深く追求しようと言う気にはなれなかった。

 その前にやるべき大きな問題がある。


「この後、今日だけは貴方がたの監視を解きます。以降はその限りではありませんから」


 二人で話したいと言った件への配慮だろうか。能星は恐ろしく事務的に告げて一礼し、出入り口へと向かう。

 立て付けの悪いスライドドアの音、遠ざかる足音が聞こえても未だに生きた心地がしない。

 崖っぷちに立たされたままで、突き落とされるのを先延ばしにされているだけなのだ。


「……染谷君、帰りは?」

「え」

「私は歩いて帰るわ」


 唐突の問い掛けに、暫く発していなかった声が上擦って出てきてしまう。

 冬木は少しうなだれて、横目にこちらを見てくる。傾いて顔に掛かる髪が影を落とし、眼光が鈍く感情を宿している。


「俺はバスに電車だけど…」

「そう、じゃあそれに付き合うわ。少し時間を取りながら話しましょう」


 背を傾けたまま冬木はゆっくりと立ち上がる。片腕を持ち上げて背筋を伸ばし、脱力とともに大きな息を吐き出す。

 冬木に倣って席を離れる。ずっと同じ姿勢だったせいで筋肉が固くなっており、同じように伸びをしなければ居心地が悪かった。

 腰に手を当ててぐっと上体を反らす。強張った筋が緩んで楽になった気がする。精神的にも気休めになった。

 二人連れ立って教室を出る。中で話を続けても良かったのだろうが、どうしても外に出たい気分だった。きっと冬木も同じだろう。

 それに動いている方が良かった。身体を動かしているときは思考の入る余地が少ないからだ。


「なんか、大変なことになったな」


 ぽつりと何気なしに零す。人気の少ない廊下にはその音を完全に隠す喧騒は無く、彼女の耳には確かに届く筈だ。

 しかし冬木からの返答は無い。視線すら此方に向いておらず、夕斗は口から漏れた言葉を後悔する。

 そのまま昇降口に降りる。周囲は来た時よりも暗く、時間よりも速い陽の傾きにつられて酷い空腹と疲労巻が急にやって来る。

 買い食いの類を冬木は許してくれるだろうか。彼女の雰囲気から、そういうイメージが湧いてこない。

 自分の靴箱との睨み合いを止めて、恐る恐る尋ねようと振り返るがそれは驚愕によって掻き消されてしまう。

 すぐ背後に、もう靴を履き替えた冬木が立っていたからだ。冬木の唇は薄く開いているが、声は無く視線を何度か外して不安そうに見える。


「巻き込んで、本当にごめんなさい。染谷君に恨んで欲しいとさえ、私は思ってる」


 そうして漸く出た声は深く沈んでいた。

 冬木は感情をあまり隠そうとはしない、若しくは出来ない性質だと思う。悪く言えば本心でない事は直ぐに第三者に分かってしまうだろう。だから以前の――屋上でのやり取りで違和感を覚えたのだが。

 彼女が自分に対して抱いている責任は充分すぎるぐらい、これまでも感じてきた。

 しかし、もういいよ、と笑って軽く返せる問題でないのが本当に厄介だった。なんと繕っても冬木には嘘っぽく感じられてしまうだろう。

 返すべき良い台詞が見つからず、へらっとした得も言われぬ笑みを見せるのが限界だった。


「好きに思ってくれて構わない、染谷君にはその権利がある……。それを承知で、聞いて欲しい話があるの」


 ああ、まただ。

 顎を引いて俯き加減の冬木が紡ぐ声も姿も痛々しくて、真正面から受け止めるには辛すぎる。

 当然だ。自分からは未だ何の意思も示していない。だから冬木はずっと自分に哀しい目を向けるのだ。

 決断しなければいけない時間はそう長くない。理解はしている、しているが先ずは。


「分かった。――ところで、冬木は腹減ってないか?」


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