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生きてる間に真面目に中二なお話を書きたいと思いました。よろしくお願いします。
ここには自分の知る人間など一人もいない筈なのに、雑踏の中では聞き覚えのある声に呼ばれている気がした。
慣れという線引きはどこにあるのだろうか。朝の満員電車に押し込まれながら染谷夕斗は考える。初体験という付加価値による緊張や不安が解けた頃か、あるいはその状況に飽々するようになる事か。
夕斗に前者のような危うさはないが、後者にも当てはまらない。ただ漠然と未だこの街、生活に慣れていないと感じている。
もう覚えてしまった改札口、通学路。気持ちは落ち着いて、何も考えずに歩を進めることが出来るのに何故か気味が悪かった。
それを慣れていない、と型付ける他にいい理由が見つからない。高校を卒業するまでには「慣れ」るだろうか。
高校生活一年目、秋。学校に新入生という浮ついた雰囲気はもう存在しない。
「正直はずれだよなー、俺らって」
昼食のコロッケパンを片手に、菅原は愚痴をこぼす。一つの机を共有し対面でメロンパンを頬張っている夕斗に相槌はない。以前にも聞いたことがあるからだ。それでも彼の友人は話を続ける。
「フツー文化祭は毎年やるもんだろ、それが二年に一回。おまけに文化祭のない年は球技大会ときたもんだ。まさか二回当たる年に入学だもんなー、くそっ」
「球技大会のほうが活躍出来るんじゃないのか?サッカーボールが泣くぞ」
「いつもやってる事で注目されても刺激が足りないだろ」
力強い不満を表すよう菅原は大口でパンにかぶりつく。危うく残った方のコロッケが飛び出そうになる程に。
この高校―――双星高等学校は菅原の言うとおり文化祭が二年に一度しか執り行われない。つまりどこかのタイミングでは文化祭を二回体験出来るのだ。
「あとから調べたんだけどさ、去年のココの志望倍率、例年より低い方だったらしい。やっぱ皆分かってたんだろうなあ」
「まさか。俺は少子化説を推すね」
「いーや、絶対そうだって。高校生は文化祭が好きなもんなの」
菅原の不満の通り、今年入学した一年生は球技大会が二回巡る年だった。最近は運営委員を選出したり、出場競技を決めた。大人数のチーム競技の面々は自主的に集まって練習しているらしい。
「そういえば染谷は何に出るんだよ?種目の希望出すのに結構悩んでたよな」
「バドミントンになった」
「ダブルスだけだったか。相手は?」
「……まだ、知らない」
菅原はパックジュースのストローを噛みながらええ?と非難めいた声を上げる。そもそも夕斗はバドミントンを希望していたわけではない。最終的に人数が足りないところに入れられたのだ。理由は希望する競技を挙げなかったせいだ。
球技と言えば大体はチームプレイを要求される種目が多い。決めあぐねてしまったのはそのせいだ、人が入り乱れ多数の声が飛び交う競技には参加したくなかった。足を引っ張ってしまうのが目に見えたから―――。
「まあ、あんまりクラスから浮いてくれるなよ? 俺は心配だ。ただでさえ、お前は地元組じゃないのに」
「ご忠告痛みいるよ」
笑って流そうとするが菅原は割りと本意気の様子で暫く夕斗を見つめてくるので、神妙に目を伏せて頷いておく。双星高校はごく平凡な公立高で受験する生徒の9割が近郊に住んでいる。なので夕斗のように地方を越えて受験する生徒は相当に珍しい。
新学期初頭の、理不尽に恐ろしい自己紹介タイムでは大いに好奇の目を向けられた。
「そういや、冬木もだよな。あいつは女子とうまくやって―」
「冬木さんがどうしたって?」
急に割って入ってきた声に顔を向けると運営委員に選ばれた、遠野里織が机の側で立ち止まった。本当は通り過ぎるつもりだったのが、冬木の名前に反応したらしい。菅原と夕斗の両方に視線を向けてくる。
「いや、なんでも。遠野はまだ冬木を追っかけてんの?」
「い、い、か、た! 向こうが協力的じゃないだけなの!」
菅原が茶化すと遠野はそれを窘め、八つ当たりも混じってか語気を強める。遠野の「カミナリ」を恐れてわざとらしく両腕で頭を覆うのを笑うと、ぎろりと矛先が夕斗に変わった。
「染谷くんもね、分かってるなら協力してくれてもいいのに。前の席に冬木さんがいるんだから、声をかけるチャンスがいっぱいあるじゃない」
「いや、そんな。女子の問題に立ち入っていいものかと」
「いいです。運営委員が認めるから体の良い言い訳は受け付けません」
そう言って夕斗の背後の席を指す。今は菅原の席に体を向けている為に後方になっているが、通常なら件の――冬木式乃の後ろ姿を見て教台を臨む形になる。その席は昼休み現在、綺麗に空席だが。主の居ない空間に遠野の興奮は一気に冷めたらしく大きく口を開いてため息と肩を落とす。
冬木式乃は授業時間外は教室を出て行ってしまう。15分程度の間であっても必ず席を立つ。クラスの誰と連れ立って行くわけでもなく、戻ってくる時も何か息を抜いたという雰囲気ではなかった。
遠野は冬木と同じ競技に出るらしく、その練習も仕切っている。なので彼女が連絡を発しているのだが冬木の出席率は芳しくないとのことだった。
「せめてメールとか繋がればいいのに全部返ってきちゃうし、練習の連絡したいのに…冬木さんは別に行かなくてもいいみたいな態度でほんと困ってるの」
「そこまでなら気にしなくても良いんじゃないか? 精神衛生的に? お互いに損するだけだろ」
「他の女子が納得しないでしょ。サボって良いんだなんて運営委員が認めてもいいと思う?」
確かに、と菅原と一緒に肩を竦める。遠野はその夕斗の肩を軽く叩いて、先とは違う笑みを浮かべていた。あまり良い予感がしない、思わず手近の紙パックジュースを握りしめたが状況は何も変わるはずがなかった。
「と言う事で、染谷くん。今日の放課後は第3体育館前に集まるよって冬木さんに伝えてね」
言葉を返そうと口を開いたつもりだったが昼休み終了の、予鈴の音はけたたましく、菅原も遠野も気づかないようだった。一方はその場を離れ、もう一方の友人はがんばれよと言って無責任に笑う。
例の冬木式乃は始業の3分前で教室へと戻り、席に着いた。