6話 喧嘩して地固まる典型的パターン
近づいてきた女の人は、街の人達と違って肩や胸元が見える服装をした若い女性だった。
よ~アンナとケンが言うとアンナという女はケンの隣に座って体を寄せてケンの腕に自分の腕をからませた。
「ね~どうして最近きてくれなかったのよ!私寂しかったんだからね~」
「わりぃ。忙しかったんだよ」
「え~忙しいって、この子と一緒にいたから?」
そういって、鶏肉を口いっぱいに突っ込んで口の周りがテカテカ光っているソラを見た。普段はこんなに行儀悪く食べるわけじゃない。久しぶりの美味しい料理に夢中になって自分がどんな風に食べているかまで気が回らなかったのだ。
「やだ~可愛い何この子!」
そういってアンナはソラの隣に移って顔を覗き込んできたのでソラは顏を後ろに引いた。
「・・・。あのなんですか?」
「ふふふ。あなた、ケンの彼女?・・・てわけでもなさそうね。全然色気ないもの!」
初対面でこれって失礼すぎだと思うんだけど。
「う~ん。なるほどね!」と一人納得したアンナはソラの耳元に自分の口を寄せた。
「あなた、西の国の島からきたでしょ」
ソラにだけ聞こえる声でアンナは呟いた。西の国から来たわけではないが、出ると思わなかった言葉に驚いてしまった。
「あたりね!ふふふ。ね~お友達になりましょう!私、アンナよ。あなたは?」
「えっ・・・。あ、えっと。ソラ。蒼井空」
「青い空?いや~ん素敵!家名があるのね!ソラちゃんて呼ぶわ!」
この世界に来て初めて自分のフルネームを口にした気がする。この少し図々しいもとい人懐っこいアンナは私の世界の子達と同じ反応をした。「蒼井空」と自己紹介すると必ず皆笑って「青い空」を思い出すのだ。
私のフルネームを聞いたケンの反応だけ違った。なんだか、納得したような顔をしている。
「アンナさん指名でーす」
個室をノックして入ってきたのは、ウェイターの男だった。
「分かったわ~今いく」とアンナはウェイターに伝えた。
「ね~ソラちゃん!また遊びに来てよ!ご飯で物足りなかったら、楽しい一夜を共にすることもできるわ!この店たまに女の子もくるのよ。ソラちゃんなら安くするわ!あ、それと~ケン!今夜どう?」
「しばらく無理だ」
「そう。分かったわ~。また遊びにいらっしゃ二人とも」
じゃ~ねと言ってアンナは去って行った。
しかし、気になることがある。べた付く手と口を拭いてソラは尋ねた。
「あのさ、ここご飯屋さんだよね?なんか、一夜とか今夜とかそっち系の話しが出てて良く理解できないんだけど」
「お前本当どんだけあほなんだ。飯、酒、女!これが揃ってる店は王都でもここくらいだ」
「は?キャバクラって事?あんた、そんな店に私を連れてきたわけ?!信じられない!」
「また、わけわかんねー言葉使うな!お前が、うまい飯食いたいって言ったんだろうが!」
「だからって、キャバクラはないでしょ!?」
この、『イエローロウズ』という店は娼館だ。ごはんとお酒を楽しみながら女の人と戯れる。気に入れば、その女と一夜を共にする。しかし、看板娘であればだが、男を気にいらなければ拒否もできるようだった。
最初から気づくべきだった。個室に入る前に通った広間の客についていた女の人達は全員アンナのように露出の多い格好をしていたし、筒抜けの天井を見上げると上まで階があり、部屋数が多いのもおかしいと違和感を感じていた。
「言っておくが俺も男だからな。そういう事もあるってこった」
「あ~はいはい。もう、何も聞かないわ」
異性事情とかどうでもいい。確かに男は我慢するとつらいとかなんとか言っていたし、ケンが誰と何をやろうと関係ない。痴漢より正当性ある処理方法だ。えぇ、理解しますとも。
「私は心が広いから」
ソラは立ち上がって個室のドアを開けた。
「街案内してくれるんでしょ」とケンを促した。
ケンの裏事情を知った事以外は、悪くなかった。ごはん凄い美味しかったし、この世界でアンナという新しい友達ができた。一つ残念なのは、私とそう変わらない彼女が好きでもない男に体を売っているという事だけだ。不憫でならない。アンナがここで働いている事に同情するつもりはないけど、どこの世界も身を売る女はいると思うと世界の摂理なんて汚くて面倒だと思ってしまったのだ。
イエローロウズを出てからは、街を見て回った。小物屋さんに入れば、木でできな置物や、可愛い人形、ガラス細工のランプ。綺麗なものが沢山売っていた。野菜を売っている店、大声をあげ客寄せをする魚屋、季節の花だろうか店頭にならんでお客さんに花の説明をする花屋。どれも真新しくて楽しい。
最後に服に寄ってソラの服と下着を数着買った。
「あっ!装飾屋さんだ!ケンあそこ見ていい?」
「おー」
ケンに許可を貰って一目散に駆けていく。
そこには、髪飾りや首飾り、耳飾りがなどアクセサリーがたくさん売っていた。
「綺麗…」
「いらっしゃい」
優しそうなおじさんが声をかけた。
「これ綺麗ですね」
ソラがそっと持ったのは緑の花と白い花のガラス細工が綺麗な簪だった。
「うちのものは全部一品もんだよ。これは、ハルズっていう鉱石を埋め込んだガラス細工で花びらを作ったものだよ。どうだい?髪に差してみるかい?」
「えっ・・・。いえ、大丈夫です・・・。」
帽子を取る事はできない。そして、こんな高い物買えない。正直言うと暮らしは豊かな方ではない。毎日硬いパンだし。狩りだって毎日罠にかかるわけでもない。午後に出かけるケンが何をしているかは分からないが、稼ぎは多い方ではないのは知っている。
簪を元の位置に戻した。
「行こうケン」
横に立っていたケンにそういって促した。
後ろ髪引かれる思いでその店から離れ、家路に向かう。
途中大通りに出るとケンは用事があると言って、一人で帰れと言ってきた。帰り道は分かる、散々狩りをしながら山の隅々を行ったし、どこを行ってもあの呪われた山は見えるから、何となくでも行けるだろう。
そこから、ケンと別れた私は一人で帰ることになった。だんだんと雲行きが怪しくなっている。もくもくと雨雲が迫ってきていた。雨は好きだが濡れるのは嫌なので自然と早歩きになっていた。