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5話 お互い食い意地張ってたら誰も気にしない

「お前がやってみろ」

「無理無理!絶対無理!」

「早くやらねーと肉の味落ちるだろうが」

「やった事ないよ!無理…。あんた鬼畜!」


解体用の包丁の柄を私に持たせたケンは横たわっているイノシシの腹に私の手を持っていく。

ブスッと皮を裂く感触と目の前で血が流れる様子にソラの顔は青くなる。ホラー映画等で血が出るのなんて見慣れていると思ってたが、現実ではわけが違う。自分が包丁を刺した瞬間一つの命は確実にあの世に行ってしまい、そしてその肉は私たちの胃に収まる。そんなの弱肉強食のこの世では当たり前の自然界のルールだったのに、私は全然分かっていなかった。いや、知ってはいたけど深く考えはしなかったのだ。


顏を青くして動かない私を放っておいて、イノシシの裂いた腹から内臓を取り出し、水を入れた樽に内臓を次々いれるケンをぼうっと眺めることしかできなかった。

目を開いてこっちを見ているイノシシは私をじっと見ている。怖かった。何が怖いかなんて分からない。今まで牛も豚も鶏も食べてきたけどきれいにパックされて店頭に並んでいる肉しか見てこなかった。殺しちゃったという罪悪感と一つの命をこの手で消したことで大きな存在に咎められるのではないかという不安。


「美味しく食ってやればいんだよ」


青い顔でぼうっとしていた私にケンは初めて気遣う声で言った。


そのイノシシの肉はスープとして朝の食卓に出る。それを前にして、スプーンをすくったものの口に運ぶ勇気がわかない。あの瞳が頭のなかでチラつく。冷めるぞとケンは言うけど、怖いのだ食べるのが。


視線をスプーンから二人の顔に移した。何食わぬ顔でパンとスープと食べている。それを見たソラはゆっくりとスプーンを口に運んだ。


「あったかい。


 おいしい。」


心が温まった気がする。素性のしらない私をここに住まわしてくれて服も貸してくれ何も心配なく寝床につけた。それはこの二人のおかげだ。嫌味で意地悪な男だけど私を助けてくれた。

瞼が熱くなるのを感じるが泣いたりはしない。人前でなくなんて歳はとうに過ぎた。

命をくれたイノシシに感謝し、美味しく残さず食べた。


それから毎日は本当に大変の一言だった。本当に朝日とともに起床し、獣の罠の確認に行く。朝食を取ってから、家の掃除をしてケンから弓を教わった。。日本の弓とは違い、長さは短くその分威力と弓の飛ぶスピードが速い。そして腕力が必要で大抵の女の人はこの弓を引けないという。私も最初はこの弓を引くのは重くて大変だったけど全く引けないわけではなかった。そんな様子を見てケンは「馬鹿力」というお決まりの嫌味を言って笑った。身長が高い分普通の女子より力があるのは当たり前で、女子高だった頃も重い荷物は自然と私が持つ事になっていた。

弓の練習が終わると薪割だ。この薪割も斧の使い方すら知らなかった私は立てた木に斧を振り落して割る事さえできなかった。何度もやるうちにできるようになったときは、思わず「できたーーーー!」と叫んでケンに綺麗に割れた薪を見せて喜んだ。

薪割が終わると洗濯だ。勿論洗濯機なんて存在しない。石鹸でよく汚れを落として洗濯板でゴシゴシこする。近くの川まで行かなければいけないのも面倒だ。


これを午前中に片づけ午後は、基本自由にしていた。その時間私は弓の個人練習をよくやっていた。


この世界も12の月があり、1週間も7日、1週間が4回で一か月となる。時間の数え方も同じだった。以前、ケンが懐中時計を見せながら教えてくれた。


知らないことを知っていくのは楽しかった。特に弓の練習が楽しくて毎日欠かさず自主練をしていた位だ。この世界に来てから、日本の生活を恋しく思ったことは何度もあった。大学2年の頃、イギリスに1年留学した事があるおかげか、新しい土地でも適応力はあったようだ。自然の多いこの生活が楽しかったのもある。


「お~い。街に行ってみるか?」

「え!?本当!?行く!!あっ…でも、髪どうしよう」


忘れていはいけない。ソラがケンの家に住むようになったきっかけは黒髪のせいだ。


「これかぶっとけ」そういってケンがソラの頭に被せてきたのは茶色の鹿撃ち帽のようだった。探偵がかぶっているようなあの帽子である。


「え…くれるの?」

「そのままじゃまた追い掛け回されるからな。お前が捕まって助けんのも面倒だし」


捕まっても助けてくれるんだ。素直じゃない。


「ありがとう。ケン!」

「おまっ・・・近い」


どうしても嬉しくてケンの手を握って礼を言うと目をそらされた。この時には、ソラは男をケンと名前で呼ぶようになっていた。この一か月、大変だったけど感謝している。


鹿撃ち帽に後ろ髪を入れて、手作りした麻布の斜め掛け鞄を背負う。

前髪位は大丈夫だろう、光に当たると茶色に見えなくもないし。ケンの隣にいれば不自然でもない。ケンはくるくるとした髪に茶色の髪をしていた。茶色の髪を持って生まれるのも珍しいとおじいさんは言っていた。


ケンに助けてもらって、この一か月間山に籠って街には一度も行っていない。


山を下りると霧が出ている。この霧は晴れる事はない。だからだろうか、呪われた森だと言われてるのは。


街は王の誕生パレードの時に比べると人はいないが、街に住む人達で賑わっていた。白い壁に、赤、緑、青と様々な屋根で、おとぎ話の街に迷い込んだような感覚を感じさせる。ドレスを着ている女、ネクタイを締め杖を持っている男、軍服を着て銃を背負っている軍人もいた。

貴族階級が存在するようだ。社会主義国家ではないという事は、最初に見た貧しい人たちは餓えで私を連れ去って売ろうとしていたにちがいない。

街に出た私たちは、遅いお昼を取ることになった。入ったお店は、鶏肉を玉ねぎとにんにく、しょうが、で煮込んだスープと細長い米、そして別の皿に煮込んで柔らかくなった鶏肉一匹が出てきた。


「ごはん!!お米だ!!」テンションが上がって目が輝いてるソラ。

この一か月私が食べたのは、硬いパンばかりと山菜と肉というシンプルなものばかりだった。

柔らかい鶏肉はほろっとして美味しかった。


「食え!食えるときに食っとけ!」

「うん!おいしいよケン!凄い美味しい!」


鶏の骨を持ってむさぼる二人はどちらも食い意地が張っていると店内の誰もが思ったことだろう。


「あら!ケンじゃないの!久々じゃない!」





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