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 それは28年前の現国王が王太子の時、婚約披露の舞踏会にて起こった。

 突然、西の火の魔女が王太子の前に現れこう言ったのだ。


『私と結婚し、私を将来の王妃としろ。さもなくば呪いをかける』


 国として魔女を王妃にすることも、個人として愛する婚約者以外を娶ることも出来ない王太子は否と答えた。

 魔女はその美しい顔を醜悪に歪ませた。


『この国の王太子は呪われる。18歳になるまで生きられないだろう』


 魔女は不吉な言葉を残し、高笑いを響かせ、去っていった。


 すでに18歳を迎えていた王太子は無事に愛する婚約者と結婚し、二人の王子をもうけた。

 だが、上の子は7歳の時に原因不明の病でなくなり、次いで2番目の子は5歳の時に不慮の事故で亡くなった。皆、魔女の呪いだと囁いた。


 王太子妃は立て続けに息子を亡くし、悲嘆に暮れた。王太子もなんとか呪いを解こうとしたがどうにもならなかった。


 そんな時、王の妹の娘で王太子とは従兄妹にあたるバークリー侯爵夫人が訪ねてきた。

 彼女は王太子妃とは幼い頃から仲良くしており、現在の状況を深く憂いていた。


 侯爵夫人が言うには、夢に白蛇の姫が現れたという。姫は、


『妾の力をそなたの腹にいる子に授ける。その子を王太子として立てよ。さすれば、王太子妃の子に呪いはかからないであろう』


 そう告げる侯爵夫人の顔は苦渋に歪んでいた。誰が我が子を生け贄のように差し出したいだろう。

 しかし、話し合いの末、侯爵夫人は王太子の愛人のふりをし、翌年産まれた子は王太子の子として王家に引き取られた。



「と、言うのが僕が聞いている話だよ。

なにせ白蛇の姫様、君の身の安全は保証してくれたけど、僕の事には触れなかったからね。陛下や王妃様、うちの家族達は多いに心配してほぼ、軟禁状態。

僕は別に病弱じゃないんだよ。ただ僕が目に留まる所にいないと、特に王妃様が心配するからね。

 でもそれも、僕が13歳の時に、僕の夢に白蛇の姫様が出て来て、呪い返しの力があるから出歩いても平気っていうお墨付きを頂いてから少しは緩くなったかな。静養という名目で遊びに行ったりしてたし」


 ジークムントとアレクシスは再びソファに腰掛け、話していた。

 アレクシスはこれまでの経緯を淡々と語る。

それは語ってしまえば短いが、彼の人生18年がジークムントの為に使われたということだった。

ジークムントの代わりに命を脅かされ、閉じ込められた。

 父や母、兄弟たちと離され、王宮の奥深くで育てられる。

アレクシスがこの話をいつ知ったのかは知らないが、それを知った時のアレクシスの憤怒は嘆きは如何許いかばかりだっただろう。

 それなのに、彼は別れる前の夜、ジークムントに笑顔を向けてくれた。兄弟になれてよかったと言ってくれた。

そのアレクシスの笑顔に、言葉に、この一週間どれだけ救われたか分からない。いや、そのずっと前からこの身もこの心もアレクシスに救われていたのだ。


 アレクシスを見つめていると、アレクシスは困ったような顔をして、小首を傾げた。


「そんな顔をしないでよ。だから話したくなかったんだ。ジークは優しいから気に病むと思って」

「あに・・・」


 何時ものように兄上と言いそうになって、兄ではないのだと口を閉じる。それに気付いたのかアレクシスはクスッと笑った。


「僕の事はアレクと呼んで。親しい人は皆そう呼ぶ」

「アレク・・・」


 口の中で転がすように名を呼ぶ。胸の奥が暖かくなったような気がした。


「僕の話はこれでおしまいだよ。

君の兄として過ごした18年、僕は楽しかった。

王子なんてなかなか出来ない事をさせてもらったし、皆にも優しくしてもらって、とても感謝している。

何より君が健やかに育ったのがとても嬉しい。ちゃんと役目を果たしたのだって自信を持って言えるからね」


 茶目っ気たっぷりに言うアレクシス。ジークムントは胸がいっぱいで何も言えなかった。


「これから僕達が行く道は別れてしまうけれど、君の人生が幸多きものであることを祈っているよ」

「・・・え?」


 ジークムントは急に冷水を浴びせられたかのように頭も体も冷えた。アレクシスはジークムントの様子が変わったことに気づかないようで続ける。


「陛下も王妃様も、殿下方も。皆の幸せを祈ってるよ。もう、皆にも会えないのは寂しいけれど」

「・・・アレク」


 眉根を下げて溜息をつくアレクシスに呼びかけるジークムントの声はかなり低かった。


「うん?」

「私はここに来た目的を変えてはいません」

「え?」

「私はあなたに王太子として戻っていただくために来ました」

「え? まだそれ言うの?」


 アレクシスは驚いたように目を瞬かせた。


「僕は陛下の子じゃないって言ったよね」

「そんな事は関係ありません。

あなたは先先代王のひ孫。王家の血筋です。それにその白い髪は王家の血を色濃く引いている証拠。誰も異論はありません」

「だけど僕はもう死んだんだって。さっき君が言ったように居もしない双子の弟のフリをするのもごめんだよ」

「ならば、真実を明かしましょう。

先程の話を国民に知らせれば、あなたは慈悲深く尊い方と熱狂的な支持を得るでしょう」

「死んだと言って国民を騙したのに?」

「それについては王命であったとして陛下に責任をとってもらいましょう。そうですね、退位していただくぐらいでいいでしょう」


 さらりと言ったジークムントの言葉にアレクシスは眉根を寄せる。


「ジーク、冗談でも不敬すぎるよ。それに息子にそんな事を言われたら陛下の立場がないだろう?」

「人のことを猪呼ばわりする父親を持ったつもりはありません」

「・・・・根に持ってたんだね」


 アレクシスは呆れたような顔でジークムントを見つめた。深く息を吐き、姿勢を正す。


「とにかく、僕は王宮に戻るつもりも王位を継ぐ気もない。

ジークがいくら僕が生きていると言っても僕が姿を現さなければどうしようもないだろう? だから馬鹿な事は考えず、ちゃんと自分の責務を自覚してくれ。

陛下も王妃様もそれを望んでるのだから」


 アレクシスは力強い目でジークムントを見据える。

ジークムントはアレクシスの目に吸い込まれるような錯覚に陥りながらその目を見返した。


「どうしても戻ってはいただけないと?」

「どうしてもだ」


 二人は強い力で見つめ合う。

ジークムントの青い目とアレクシスの緑の目。先に目を逸らしたのはジークムントだった。

 目線を伏せ、嘆息する。


「仕方ありませんね」

「分かってくれた?」


 ジークムントが再びアレクシスを見ると嬉しそうに微笑んでいた。

 ジークムントは無言で立ち上がる。

テーブルを迂回してアレクシスの前に立つと、握手するように手を差し出した。

アレクシスは意味が分からないようだ。しかし首を傾げながらもその手を握った。

 その瞬間、ジークムントは上体を屈ませながらアレクシスの手を強く引いた。


「んにゃぁぁあああああああああ」


 アレクシスの奇怪な叫びが部屋に響く。

ジークムントはアレクシスを肩に担ぎ、その悲鳴を背中で聞いていた。


「なっ、なっ、なっ・・」


 アレクシスは声にならないようで、背中でどもっている。

逃れようと足をバタつかせるがジークムントががっしり押さえ込んでいるためそれはままならない。


「アレク、危ないですから暴れないでください」

「冷静に言うなぁぁ!! 何これ! 何でこんなに事になってんの!?」


 アレクシスは足が動かないのを悟ってか、ジークムントの背に手を付き、上体を僅かに起き上がらせた。


「ちょっと、離してよ! なんで僕、ジークムントに担がれてるのさ!」

「アレクが強情なので、取り敢えず王宮に戻ってから説得しようかと」

「なっ! 王宮には戻らないって言ってるだろ! 横暴だぞ、ジーク!」

「なんとでも。アレクに戻っていただくためならなんでもします。

私は王となったあなたを守り、側に仕えたいのです。それが今まで私を守ってくれたあなたへの恩返しでもあります」

「恩を仇で返すなぁぁぁ!」


 アレクシスは暴れ、叫ぶ。

「落ち着け、冷静になれ、話せばわかる!」と、なんとか諭そうしてくるが、それは聞き流し扉へと向かう。

 扉まであと三歩というところで、その扉が勢いよく開いた。


「なんだ! さっきの叫び声は!?」


 声とともに勢いよく部屋に入ってきたのは、エルマーだった。

エルマーはジークムントと肩に担がれたアレクシスを見ると、目を丸くした。


「なっ、なんでそうなった?」

「エルマー! 助けてくれ! ジーク殿下がご乱心だ!」

「それは分かるが、何がどうして・・・」


 扉の前で戸惑うエルマーにジークムントは舌打ちし、エルマーに顎で退けと命じる。

エルマーは顔を引き攣らせた。


「いや、あの、落ち着いてくれよ。せめてアレクを降ろして・・」

「エルマー、さっさと退け。この方には王宮に戻っていただく。王太子・・・、いや、王として」


 睨みつけながら言うと、エルマーはひくっと口を痙攣させた。

担がれたアレクシスの方に顔を向け、


「アレク、あの話してないのか?」

「僕は陛下の子じゃないっていうのは、言った。結果が、これだ」


 アレクシスは担がれているのが苦しいのか途切れ途切れに言った。

ずり落ちそうになっていたので抱え直すと、腹を圧迫されたのか「うげっ」と言った。


「もう一つの話は?」

「馬鹿っ! しぃ!」


 エルマーの問いかけにアレクシスの叱責が飛ぶ。

エルマーはそれを聞いて、なんとも言えない顔で頬を掻いた。


「もう一つの話?」


 ジークムントは眉根を寄せ、呟いた。


「もう一つの話とはなんですか? まだ私に隠していることがあると?」

「・・・・・」


 ジークムントの問いかけにアレクシスは沈黙を返す。


「アレク」


 言いながら体を揺すると腹を圧迫されたアレクシスが「うぐっ」と呻く。が、口を割る気はないらしい。

 どうしてくれようかと、ジークムントが思考の海に入りかけたところで、エルマーが間に入った。


「アレク、ここまできたら全部言ってしまえよ。

その方がスッキリするし、あとあと面倒がないって。流石にあの話を聞けばジーク様も諦めるからさ。

で、ジーク様は早くアレクを降ろしてくれ。後で身悶えることになるから」

「なんだそれは」


 ジークムントはエルマーの言いように眉を顰めるが、それよりもとアレクシスに話しかけた。


「アレク、私はどんな話を聞こうとも諦めるつもりはありません。

しかし、その隠していることを聞きたいのも事実です。教えてくれませんか」

「嫌だ」

「アレク、言えって。ジーク様は本気だよ。言わなければそのまま連れて行かれる。この方思い込んだら一直線だから」

「・・・おまえも俺を猪扱いか?」

「は?」


 エルマーを半眼で睨みつけるとエルマーは首を傾げた。

 アレクシスは重いため息をつき、


「わかった。降ろしてくれたら話す」


 渋々といった様子で声を絞り出した。








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