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 昔々、あるところに白蛇を神と崇める国がありました。

 その国の王家は神の血を引き、稀に雪の様に白い髪の子供が産まれます。

 18年前、王の愛人に白い髪の子供が産まれました。

 その子は王家に引き取られ、世継ぎの王子になりました。

 その子は白い髪に緑の目の美しい容貌の子で、多くの人を魅了しましたが、西の魔女の呪いにより18歳まで生きられないと言われ、王宮からほとんど出ることもできませんでした。

 代わりに同い年の、妃の息子である弟が、王宮以外の公務に出かけました。

 ひと月年下の弟は、文武両道、命を狙われる事なく伸び伸び育ったお陰で人当たりもよく、人心を理解する立派な人物になりました。

 長身のしなやかで逞しい体躯に、癖のある焦げ茶色の髪、薄い青の瞳の精悍な顔つきの青年は老若男女全ての人を魅了します。

 その頃には、王太子と弟王子が揃って現れる一般参賀の日には大勢の人が詰めかけ、一目でも二人を見ようと大騒ぎになっていました。


 そんな中、貴族の中で弟王子こそ次の王に相応しいのではないかという意見が出始めました。


 その声は小さいものでしたが、人々の心に棘のように刺さり、抜けることはありませんでした。

 王宮から出ず、国民の声を知らない王太子より実績をあげている弟王子、ジークムントのほうが、と。

  その声は、両王子が18歳を無事に迎え、魔女の呪いが消えたことにより、更に大きくなります。

 特に最近の王太子は表舞台から遠ざかり滅多に人前に姿を現さない事も声を大きくする要因でした。


 そんなある日の夜のこと、弟王子は城を歩いていました。

 眠れなかった彼はこの城で一番高く、街を見下ろせる回廊へと向かっていました。

 月の明かりが射し込むそこは幻想的な雰囲気で、人の世界ではないようでした。そこに佇む人も神の化身のようでーー




「兄上・・・」


  回廊の曲がり角で立ち止まった彼ーージークムントは、視線の先にいた人物を見て、ほうけたように呟いた。

  回廊の手すりにもたれ掛かり街を見下ろしている兄は長い白い髪、白い服、その白い肌にも月明かりが当たり、幻想的で神々しく、声を掛けるのも躊躇われる。

  もともと誰かがいるとは思っていなかったその場所で、この世のものとも思えぬその人の存在は、ジークムントに時を忘れさせるには充分だった。


  兄とジークムントは、同い年であるのに、いやひと月という近すぎる同い年だからこそか、別々に育った。

  兄は王宮の奥深くで大事にされ、ジークムントは外で転げ回って育った。会うことも少なく、会っても会話などほとんどしない兄弟だった。

  たまに会う兄は、いつも前を向いていて、横にいても自分を見ることがない。それが悔しくて、自分はここにいるんだということを言いたくて、武や学問をがむしゃらにしてきた。

  そのかいあってか、ジークムントは遊び相手を従えた生意気なガキ大将から、人々から尊敬を受けるに足る王子へと成長した。

  けれど、兄は未だにジークムントへと関心を向けることはなかった。


  ふと、兄は顔を上げると、こちらを見た。

  ジークムントが居ることに気づいていなかったのか、美しい緑の目が驚きに見開く。

  兄はしばらく固まっていたが、複雑そうな表情を浮かべた後、軽く微笑んで、また顔を戻し、街を見下ろした。


「・・・・」


  今、自分が見たものが信じられなかった。

  兄が自分に微笑みかけるなど、今までなかったことだ。

  ジークムントは恐る恐る回廊に歩を進めた。兄の横まで来ると同じように街を見下ろす。月明かりで街はキラキラと輝いていた。


「何を、されているのですか?」


  ジークムントは兄を見下ろし、尋ねた。ジークムントが兄の背を抜かして、久しい。兄は背が低く、華奢であると知ってはいたが、改めてすぐ横に立ち見下ろすと、あまりに儚げで、今にも消えてしまうのではないかと不安になる。


「兄上?」


  返事がないので再度尋ねると、兄は、信じられないことにクスリと笑い、ジークムントを見上げてきた。


「何と言われても、見ての通りだよ。街を見てる」

「・・・・こんな夜中に護衛もつけずにですか?」

「君だってひとりだろう?」


  兄はジークムントの向こうをチラリと見てから、またジークムントに視線を合わせる。その目は何時ものような無機質なものではなく、感情が見えるようで。だが、その感情がなんなのかわからなくて、ジークムントは知らず、拳をぎゅっと握りしめた。


「確かにそうですが、兄上は私とは立場が違います。何かあったらどうなさるのですか」


  兄は困ったように眉尻を下げた。


「立場が違う、ねぇ。確かに王太子が供も連れず、夜中に彷徨いちゃまずいね」

「はい」


  即答すると、兄は思案するように腕を組んだ。


「君はどうしてここへ?」

「私は・・・なんだか眠れなくて。ここはいつも息抜きのために来るので、自然と足が向いたのです」

「へえ、そうなのか。よく来るの?」

「はい」

「そうか。そういえば君の侍従が、たまに君がいなくて探しているよね。あまりにも見つからなくて頭を掻きむしっているのを見たことがあるけど。

  今度そんな場面に出くわしたら、ここだって教えてやろう」


  言って、兄はクスクス笑う。その様子が幼子のように微笑ましくて、ジークムントも自然と笑みを浮かべた。


「兄上、それはご容赦頂きたく・・」

「そう? うーん、そうだねぇ。息抜きは大切だからね。じゃあ侍従を泣かせないようにほどほどにしときなよ」

「はい」


  二人は微笑み合うとどちらともなくまた街を見下ろした。

  二人で黙って街を見下ろす。

  兄といてこんなに心が穏やかなことは初めてだった。いつもは正体のしれない焦燥が胸を渦巻き、声をかけることも出来なかったのだから。


「ジーク」


  しばらくして兄がジークムントの名を呼んだ。一瞬固まってしまった。ジークと呼ばれるのも初めてだ。いや、それ以前に名を呼ばれることもあまりなかった。

  街を見下ろしたままの兄の横顔を見る。


「はい、兄上」

「あのたくさんの屋根の下には、大勢の人が生活している。それぞれに生活があって、泣いて笑って一生懸命生きている。ここから見える大地にも大勢の人がいて、みんな一生懸命生きているのだよね」

「!」


  ジークムントは驚いた。ほとんど王宮にこもり、出かけるのは離宮に静養に行くぐらいの兄がどうやってその事に気付いたのだろう。

  兄は続ける。


「上に立つ者が行う発展や平和のためのまつりごとは民の生活と笑顔を守るためのものだよ」


  兄は真剣な顔でジークムントを見上げ、ジークムントの心に訴える。

  ジークムントはキュッと口を引きしめ、手を胸に当てた。


「はい、兄上。しかと心得ます」


  その答えに満足したのか、兄は嬉しそうに笑い、手を差し出してきた。唐突なその行動に意味が分からず、戸惑いつつその手を握る。手袋をしていない兄の手は柔らかく、暖かい。

  兄はジークムントの手をギュッと握ると、ブンブンと上下に振った。何がしたいのか分からなくて首を傾げると、兄はクスクスと笑う。


「ジークと兄弟になれてよかったよ」

「はあ」


  兄の言葉に違和感を覚えるが、嬉しそうに笑う兄を見ていると、今兄が笑っていることが重要で他のことはどうでも良くなってくる。


「じゃあジーク、僕はそろそろ部屋に戻るから。君もあまり遅くならないうちに帰りなよ」

「はい、分かりました。おやすみなさい」

「うん、おやすみ」


  兄は回廊を去って行く。なんだか夢でも見ている心地でぼーっと兄の後ろ姿を見ていると、兄は振り返った。口を開いたが何も発せず口を閉じ、言葉を探すように視線を少し彷徨わせたあと、


「ーーありがとう」


  慈愛とも言うべき優しい笑顔で言われた。兄は踵を返し、去っていく。


「兄上・・・?」


  ジークムントは言い知れぬ不安を覚え、自分の胸元を押さえた。



  ーーー兄が亡くなったと聞いたのはその2日後の事だった。

 

 




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