~五十猛、徐晃と親交を深めるのこと~
またまたお久しぶりです
目的地である領地に到着。曹操が用意した書状を見せ、そのまま領主である曹洪の元へと案内された。
扉を開くと、一人の少女が書類を相手に筆を走らせていた。少女は一行に気づき、筆を置いた。
「シャンさん、ご苦労様でした」
微笑みながら、金髪の少女は労いの言葉をかける。それに対し、首肯で応えるシャンこと【香風】、またの名を【徐晃 公明】。
「客人の皆様。遠路遥々、ようこそ、おいで下さいました」
椅子から立ち、スカートの裾を摘まみ上げ、淑女らしい挨拶を行う少女。
「曹家が一人、名を【曹供】。字は【子廉】と申します。以後、お見知り置きを」
「は、初めまして。糜竺と言います」
「び、糜芳です!」
曹操程ではないが、その少女の立ち振舞いは彼女と似通った部分を感じ取れる。
それを目の当たりにしたのか、糜竺と糜芳は緊張を露にしながら自己紹介を行う。
二人の初々しい様子を見て、微笑ましく見つめる曹供。
「某は五十猛と申します」
「あっ、そうですか。別に覚えるつもりもありませんが」
「へっ?」
自己紹介を行った所、何故か拒否反応を露にする。
「糜竺さん、糜芳さん。早速なのですが、御二人には私の手伝いをしてもらいたいのです」
「は、はい!曹操様からも、その様なお話だと聞いています」
「ええ。期待しておりますわ」
「が、がんばります。うまくできるか分かんないけど……」
「御心配には及びませんわ。私が“手取り足取り”、教えて差し上げます」
糜芳の頬に軽く触れ、微笑みを浮かべる曹供。何かを“含む”かの様な笑みに、少しの疑問を抱きつつも、糜竺は気にしない事にした。
「さあ!早速仕事に入って下さいな」
「あ、あの、某は?」
「あなたはそこら辺でぼ~っとしてたらいいのでは?」
「いやいや、それでは曹操様との約束に反する」
「ああもう!こっちは只でさえ人手不足だと言うのに、いちいち口出ししないで下さる!?目の前の事で手一杯なんです!」
バン!と机を思い切り叩く曹供。
「なにより男!香風さんや御二人の様な可愛らしい女の子ならばまだしも、よりにもよって男なんて、異物以外の何物でもありません!」
「じゃあ、二人はいいのか」
「ええ、お二人とも可愛らしい女の子ですから」
胸を張って、曹供はそう言い放つ。昴は顔を引きつらせ、糜姉妹は何とも言えない表情を浮かべている。
「あなたの役割は、そうですわね。さしずめ空気といったところかしら」
「はっ?空気?」
「普段は無色透明でいるのかいないのか分からない。誰かが必要とした時にだけ出てきてお役目を果たし、また消えていく」
初対面から随分と辛辣な発言をする曹供。先程から聞いていれば、何やら個人的な私情も含まれているのではないか、と推測する。
「そこまで邪険にする必要が?」
ため息交じりに、そう尋ねる。
「まあ、お姉様からの命令ですからね。でなければ、門前払いしてるところですわ」
「……そうですか」
心中でも更にため息をつく昴。彼女が手にしているぬいぐるみも気にはなるが、これ以上、何も聞かない事にした。
「して、あなたの任務ですが、香風さん――――徐晃さんと同行してもらいます」
ふと横を見ると、初めて邂逅した少女、徐晃がいた――――のだが。
「…………」
「…………」
一人、ぼ~っと立っていた。
初めて邂逅した際に見せた、鬼と対峙した時の姿とはとても思えない。
「まあ、その子はそういう性格ですが、腕は確かです」
「でしょうね」
補足する様に曹供が答え、昴も同意する。
その後、曹供から改めて説明を受けた。
「要するに、さっきの怪物……“鬼”、だったか。近頃そいつがこの辺り一帯をうろついている、と」
「えぇっ、怖っ!?」
「怖いよ~」
あの醜悪で狂暴な怪物が森林中を徘徊していると聞き、糜姉妹は顔を青ざめて身震いする。
「情報によると、洛陽から鬼が出没しているのではないか、とも言われていますわ」
「洛陽……あまり、良い噂は聞かないが……」
「圧政を強いているやら、妖術で鬼を産み出しているやら。まあ、噂には尾ひれはひれつくもの。この眼で確かめない事には、何も言えませんわ」
曹操の領地へと赴く際、行く先々で洛陽に関する悪い噂を耳にした。
曰く、董卓が権力を掌握し、悪政を敷き、暴虐非道の限りを尽くしているとのこと。
「つまり、某は徐晃殿と鬼退治をしろ、という事ですか?」
「まあ、簡単に言えば、そういう事になりますわね」
昴に与えられた任務。それは、この領地付近に生息する鬼の討伐だ。
時期は丁度、魏の幹部達が“遠征に行った数日後”。森林の中に潜み、道行く人々――――領地に入る者は襲わず、魏から出ようとする者を中心に襲いかかるとの事。命からがら生き延びた者から、その噂は広がり、力なき人々を恐怖に陥れた。
鬼が魏の陣地を取り囲んでいるせいか、交易もままならず、風評被害にも遭っている。
しかも、鬼は神出鬼没にして、地の利を得てしまっており、軍師も足りない今、無駄に兵を減らす訳にもいかない。
ある意味、魏の領内に閉じ込められてしまう、という状況。僅かにだが、魏は痛手を負っていた。
(夏候惇殿達が不在の際に出現……何かありそうだな)
一人思考する昴。同時に、この問題の裏側にいる人物も、大体の見当がついた。
「なるほど。では、徐晃殿。暫くの間、よろしく頼みます」
昴はそう言うも、徐晃はある物に視線を向けている。お腰につけた饅頭入りの袋だ。
じっと、吸い込まれる様に見つめている。
「えっと……良ければ、食べます?」
「……いいの?」
「お近づきの印に、どうぞ」
そう言うと、昴は饅頭を徐晃に手渡す。徐晃は両手で受け取り、瞳を輝かせながら、饅頭を頬張る。
「おいひい……」
「それはよかったね」
「うんうん」
ご満悦らしく、表情が綻んでいる。それを見た糜姉妹も、笑みを浮かべていた。
「では改めて、よろしく頼む」
「うん……よろしく」
こくん、と頷く徐晃。そして握手をしようと徐晃が手を出し、それに応えようとこちらも手を出す――――。
「駄目~~っ!!」
二人の間に割り込む曹供。即座に徐晃を抱き締め、壁際まで後退する。
「ああやっぱり男はケダモノですわっ!食べ物で釣って、直ぐ様女の子に触れようとするなんて!」
「いやいや、俺はただ」
「私を狙うならともかく、香風さんを毒牙にかけようものなら、即刻ちょん切ってさしあげますから覚悟なさい!」
鬼気迫る表情でこちらに指を指す曹供。“ちょん切る”という言葉に、何故か股関付近が寒く感じる。
徐晃は未だに抱擁されており、曹供の豊かな胸部に顔が埋もれていた。しかし、未だ無表情。
「いいですか、くれぐれも与えられた命令以外、余計な事はしないでくださいまし」
「いやでも――――」
「チョン切りますわよ……?」
「あ、はい」
一連の光景を、すっかり取り残されてしまった糜姉妹は、ただただ眺めるしか出来なかった。
◇◆◇◆
そんなこんなで、取り敢えずはここで宿泊する事となった昴達一行。それぞれ、宛てがわれた部屋にいる。
糜竺、糜芳の二人はやや豪華な一室。
昴も、用意された部屋にいるのだが――――。
「…………」
「…………」
互いに向き合っている二人、昴と徐晃。饅頭を黙々と食べている。一口、また一口と。
昴は思った。何故、こうなってしまったのか、と……。
◇◆◇◆
時は、少し遡る。
宿泊部屋について、話している時だった。
「あなたは其処らの草むらにでも横になってなさい」
「はぁっ!?」
「残念ながら、空いている部屋が」
またも辛辣な言葉を言われ、流石の昴も声を荒くする。否、もう丁寧口調は止めた。
抗議をしようと、曹供に物申そうとした時だった。服の裾を、少し引っ張られる。
振り返ると、徐晃がこちらを見つめていた。
「……シャンの部屋、来る?」
ピタリ、と動きが……いや、時が止まったかの様に感じた。
「シャシャシャシャ、シャッ、シャンさぁん!?ななななな、何をおっしゃってるんですのぉ!?」
「っ?一緒に戦うんだから、もう仲間でしょ?」
「いやいやいやいやいやいやっ!これはあくまでも仮の協力関係であって――――」
「あの饅頭……もっと食べたい」
「シャンさん!?」
曹供を無視し、徐晃はおねだりする。対する昴は、横目で糜姉妹の方を見る。
「まあ、材料は有り余ってるし、いつでも作れるよ」
「気に入ってくれて何よりだよ~」
「……との事らしい」
糜姉妹の許可を得て、昴も承諾。
「じゃあ、一緒に食べよ?」
「へっ?い、一緒にって……徐晃殿の部屋で、か?」
恐る恐る聞くと、徐晃は頷く。それだけではない。
「泊まるんなら、シャンの部屋に泊まればいい」
「いや、それは流石に……」
「ダメダメダメダメダメですわっ!?シャンさん、お気を確かに!」
「何で?シャンは気にしない」
「駄目なものは駄目なんですっ!!」
断固として、反対する曹供。時折、こちらを睨みつけ、昴はため息をつく。
「……栄華さまのいじわる」
拗ねてしまったのか、顔を反らし、頬を膨らませる。
「はうあうぁ~……シャンさんったら……なんて、なんて愛らしいお顔……」
顔を赤らめ、恍惚とした表情で徐晃を見つめる曹供。蕩け切っており、何やら興奮している様にも見える。
昴達三人は思わず、二、三歩程後退る。
(大丈夫かよ、これ?)
一抹の不安を抱かずにはいられなかった。
◇◆◇◆
という経緯で、昴の部屋にお邪魔している徐晃。
饅頭を余程気に入ったのか、黙々と食べ続けて頬を膨らませている。
「うまいか?」
「うん」
机の上にある、皿のどっさりと乗った大量の饅頭。予備も兼ねて、糜姉妹が作ってくれだ。材料も有り余っている上、更に改良を重ねるらしく、味見役としても貢献する事になった。
「ん?おい、口元」
「っ?」
「ちょっと待ってろ」
昴は手拭きを手に取り、徐晃の口元にある饅頭の餡を拭き取る。
「よし、取れた」
「ありがとう」
お礼を言い、徐晃はまたも食べ進める。
昴も饅頭を咀嚼し、改めて美味しいと感じる。
「これは売れるな」
そう呟き、饅頭をまた一つ摘まもうと手を伸ばした。しかし、その手は掴まる。横から伸びた、小さな手によって。
「徐晃殿?」
「……」
こちらの手を握ったまま、微動だにしない徐晃。じっと手を見つめている。
どうかしたのか?と、昴は怪訝そうに見ていた。
「…………あむ」
口を開き、徐に昴の指を咥えた。
「じょぉっ!?じょ、徐晃殿!?」
甘噛みしながら、口内で舌を這わせる徐晃。指先から伝わる得体の知れない感覚に、昴は思わず身を震え上がらせる。
(い、いきなり何なんだっ!?)
突然、自らの手を咥え始めた徐晃。困惑しながら、早く終わらないものかと、昴は切に願った。
やがて、口からの拘束が解かれ、昴は椅子にぐったりともたれる。
「ど、どうしたってんだ……!?」
「…………ひっく」
しゃっくりが聞こえた。音源からして、目の前の徐晃しかあり得ない。
ふと、その顔を見てみれば、うっすらと赤みを帯びている事に気づく。瞳も焦点を定めておらず、茫然とどこかを見つめていた。
「……ひっく」
「もしや……酔ってる?」
「よっ……てぇる……?」
首を傾げ、しゃっくりを上げる徐晃。そのまま机に乗り上げ、四つん這いになる。
「おいおいおい、机の上に乗るのは、その、礼儀が良くない!ていうか、本当にどうしたんだ!?」
「どう……したん…だぁ……?」
「後、あんまり近寄るのは――――うおっ!?」
足が縺れ、昴は椅子を巻き込んで後ろ向きに倒れてしまう。咄嗟に受け身を取り、大事には至らなかった――――のも束の間。
「とうっ」
「おふっ!?」
無防備となった昴の胸目掛け、徐晃が猫の如く飛び掛かった。そのまま覆い被さる様な状態になってしまう。
「ん~………………すやすや」
「って、寝た!?」
自分の体の上で寝てしまった。抱き枕にされ、何とか引き剥がそうとするも、微動だにしない。両腕も巻き込まれており、打つ手なし。
「マジかよ……」
諦めて、天井を見るしかなかった。
「こんな所、誰かに見られたりしたら……はぁ」
特に、あの曹供に見つかれば、宣言通り、“切られて”しまうだろう。途端に股関が恐怖で震えてしまう。
決して、少女に抱きつかれているからではない。
決して、少女に抱きつかれているからではない。
そして、昴は誰も来ない様、天に祈る。
「頼む、誰か来ませんように――――」
「入るよ~!」
その頼みを、天は聞き入れなかった。
「ごめんごめん!間違えて“大人用”の饅頭を出、し……て…………」
「なになに?どうした、の…………わぁ」
何か用事があったのだろう。糜竺、そして糜芳の姉妹が入室。そして、昴の現状を見るや否や、表情を一変。二人とも、気まずそうに目を泳がせている。
「あ、いや、これは」
「えっとぉ、猛もさ?男の子だし、その……“そういう事”したくなるのは、分かるんだけどぉ……出会ってすぐの子にちょっかい出すのは」
「待て待て待て待て!違うっ!これには訳が」
「猛君、こんなに小さい子がいいんだ~。大好きな妹ちゃんに似てるから?ふぅん、ふ~~~ん?」
「違う違う違う違う!断じて違う!妹が大好きなのは天に誓ってはっきりと大声で言えるが、俺に幼女趣味はないっ!」
「この状況じゃ説得力皆無だよ」
「妹好き(シスコン)極まれりだね」
そう言うと、姉妹は顔を揃えて頷く。
ここは空気を読んで、邪魔者は退散するとしよう。
「まあ、安心して?曹供様には言わないでおくからさ」
「知ったら発狂するだろうしね」
「ちょ、待って!おいっ、話を聞いて」
「因みに聞くけど、合意なんだよね?見た感じ、懐かれてるっぽいし」
「きっと大丈夫だよ。あっ、でも静かにね?その部屋の外まで聞こえちゃうと……ね?」
「だから、違うんだって……」
「そうだそうだ……後で感想教えてね?」
「電々も~」
「はぁああああああああ!?」
悪戯っ子の様な笑みを浮かべ、手を小さく振りながら、二人は扉を徐に閉めていく。
「「では、ごゆっくり~~」」
「ま、待って――――」
バタン、と、扉は閉められた。
◇◆◇◆
その頃、曹操の城の牢屋にて。
「…………」
突如、窓の鉄格子に手をかけ、夜空を見つめる胡花。ただ、その背中は、どこか怖い。
同室である香里は、恐る恐る、尋ねてみた。
「あの、胡花さん?どうか、されましたか?」
「いえ……ちょっと、自分の立ち位置が“危うい”かなって……」
「あ、危うい?立ち位置?」
何が?と、問いかけようと思ったが、胡花が掴んでいる格子が“握り潰されかけている”のを目にし、香里は黙った。
それから数時間、その牢屋は緊迫に満ちる事となった。
ギリギリ、何とか今年最後の投稿出来ました。
来年も、どうぞよろしくお願い致します




