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真・恋姫†無双~北刀伝~  作者: NOマル
第三章~乙女大乱三国志演舞~
75/90

~少年、人の闇を目にするのこと~【永遠の哀しき別れ】

家族との温かい日常が、終わる――――

少年は一人、泣いていた。

身を抱き、嗚咽を溢しながら、涙を流している。

もう、何もかも遅かったんだ。今更、仲良くなんてなれる訳ない。

もっと早く、自分から動けば、何かが変わっていたのだろうか?そんな事、今となっては分からない。

できる事なら、姉には知られたくなかった。心配をかけたくないし、何より、こんな情けない所を見せたくなかった。


いつも思っていた事がある。


自分は、強くならなくていい。確かに、傷つくのは怖い。もちろん、傷つけるのも。

でも、大好きな姉がいる。いつだって、姉が助けてくれる。だったら、弱いままでもいい。これからも、ずっと。


だが、今は違う。


“弱い自分”に、怒りを感じる。


あれだけ言われて、何も言い返せなかった。言った事が合ってるから?だから言わなかった?

否、それは理由にはならない。自分が臆病者だからだ。好き勝手言われて、悔しかった。


“弱い自分”に、後悔する。


そして、もう一つある――――








――――弱イ自分ガ憎イノカ?








“自分の中の何か”が、問いかけた。


「――――泣いているのかい?」


不意に、声をかけられた。

肩を震わせ、恐る恐る、声のした方に顔を向ける。


そこには、一人の青年がいた。

肌の色がやや白いが、その穏やかな笑みで、爽やかな印象を与えられる。


「ごめんね、驚かせてしまった様だ」

「あっ……っ……」


慌てて目元を袖で拭い、涙を拭き取る。青年は徐に近づき、月読の横に座った。


「僕は、旅をしている者でね。休憩がてら立ち寄った場所なんだけど、どこか気に入っちゃってさ。この近くで野宿してるんだよ」

「…………」


優しく語りかける青年。月読はというと、未だに閉口したままだ。まず、初対面の相手と、どう会話したらいいかが分からない。家族以外と話す事など、実に久し振りだ。その為、こういう場合はどうすればいいのかが分からない。


「そういえば、自己紹介が遅れたね。私の名は【葛玄】。君は?」

「ぼ、僕は……えと、その……」

「ああ、ごめんごめん。無理しなくていいよ?知らない人に教えちゃ駄目だもんね」


頭に手を置き、優しく撫でる葛玄。安心感を与える微笑み。月読自身も、どこか安らぎを覚える。


「泣いてたから、びっくりしちゃったよ。何か、嫌な事でもあったかな?」

「…………」


会話が長続きしない。葛玄は困った様に苦笑し、頬をかく。何か別の話題が良いだろう。思考していると、意外にも月読から話しかけてきた。


「……父様と、喧嘩しちゃった」


ほんの少し落ち着いてきたのか、月読は心の内を呟き始めた。


内気な性格故に村の同胞達と馴染めず、家族にも心配ばかりかけている弱い自分。どこか素直になれずに、ついつい父親に反発し、言い争いになってしまう等。


「なるほどねぇ」

「そりゃあ、僕だって、ちゃんとしなきゃいけないっていうのは、分かってる……。分かってるんだけど……父様はいつもいつも村の事ばっかりで、僕の事なんか二の次なんだ」

「君は、お父さんに構ってほしいのかい?」

「構ってほしいっていうか……僕の気持ちも、分かってほしい……かな」

「確か、村長だっけ?地位が高い人は、何かと忙しいみたいだからね。構ってあげたくても、中々できないもんだと思うよ?」

「それは……分かっては、いるけど……」


口を尖らせながら、そっぽを向く月読。言葉では言えるが、心のどこかでは、“もっと構って欲しい”という気持ちがある。自分の我が儘なのは理解しているものの、素直に頷けない。

その心境を察してか、青年は月読の頭に手を置く。


「まっ、子供は親に甘えたいと思うのが普通だからね。多少のわがままは仕方ない。でもね?きっと、君のお父さんも君と話したがってるんじゃないかな?」

「父様が……?」

「口煩く聞こえるかもしれないけど、それも全部、君の為を思って言ってくれてるんだと思うよ?君に、もっと頑張ってほしいんだって。まあ、あくまで僕の想像だけど」

「…………」

「なんたって、こんなに可愛いらしい息子がいるんだもん。愛さない方がおかしいよ」


笑顔で撫でると、月読は照れ臭くなり、顔を反らす。優しく撫でられており、悪い気はしない。

寧ろ、青年の言葉が、月読の心に残っていく。


「喧嘩する事もある。でも、“喧嘩したまま”は駄目だ。勇気を出して、もう一度、話してみたらどうかな?」

「で、でも……」

「男の子だろう?がんばれがんばれ。お父さんとお母さん、お姉さんに心配ばかりかけたくないでしょ?」


励ましの言葉をかける葛玄。俯きながらも、思考する月読。

暴言を吐いてしまった手前、非常に顔を会わせづらい。姉にも、また迷惑をかけてしまう。

だが、いつまでもこうしている訳にはいかない。もう一度、もう一度だけ、勇気を出してみよう。

決心したかの様に、月読は、顔を上げる。


「僕……父様に謝ってくる」

「そうか。仲直りした方が、いいもんね?」

「うん。僕も、家族とは仲良くしたいから」


よっこらせ、と葛玄は体を伸ばしながら、その場に寝転ぶ。


「だけど、急ぐことはないんじゃない?今は、ゆっくりと休んだら?」

「えっ……」

「そんな疲れた様な顔してちゃ、逆に気を遣わせちゃうと思うよ?」


そんな顔をしているのか。

葛玄に促され、ゆっくりと横になる月読。温かい朝日を浴び、背中に草の柔らかさを感じる。いつも通りの、寝心地だ。

こうして、親切な青年に相談に乗ってもらい、励ましてもらった。思わず、笑みをこぼしてしまう。

段々と、眠気が強くなってきた。瞼が、閉じられていく。


「おやすみ……“月読君”」


耳元で囁かれたのを皮切りに、少年は眠りに落ちた。






――――僕、名前教えたかな……?






あっという間に、寝息を立てている月読。さらさらとした髪を撫で、葛玄は微笑んでいる。


「寝てしまったか」


撫で終え、髪から頬。頬から首へと、指を滑らせていく。

無防備な顔をじっと見つめ、口角を曲げた。


「本当に――――馬鹿な子だねぇ」


その笑みは、慈愛の欠片もない。侮蔑、或いは嘲笑の色が見える。

“優しそうな青年”を演じ終え、漸くその本性を表した。


「お父さんとお母さんに教わらなかったのかなぁ。知らない人を簡単に信じちゃ駄目だって」


静かに笑いながら、葛玄は立ち上がる。そして、後方を振り向いた。

自らの氣を集め、目に集中させて、視力を強化。すると、視界に新な情報が示されていく。地面に、“小さな足跡”がくっきりと表示されていた。

無論、これは普通の人には見えない。葛玄の様に、氣の扱いに長けた熟練者でしか使用できない技術だ。


「流石は神無呂一族。こんな小さな子供でも、そこそこ強い氣を秘めているものだな」


再度、月読の方を向く。

“これから起きる事”を何も知らずに、無垢な表情で眠りについている。

この顔が絶望に満ちる時を早く見たい……!

葛玄は、その表情を狂喜に歪ませる。


「さあ、“絶望”の始まりだよ……月読」


踵を返し、その場を後にした。そして、その足跡を辿っていく。


狂った笑みを浮かべたまま……。



◇◆◇◆



徐に、瞼を開く。辺りは夕暮れ、日は落ち、空は橙色に染まっている。

どうやら、あのまま眠ってしまった様だ。上半身を起こし、体を伸ばす。


「あれ?葛玄さんは……」


その場には、自分一人しかいない。相談に乗ってくれた、あの青年の姿が、どこにもなかった。


「帰っちゃったのかな」


そう思い、土の付いた尻を叩きながら、月読は立ち上がる。

こんな時間では、きっと家族も心配しているだろう。急ぎ足で、家に帰る。


(でも、帰りづらいな)


不安な気持ちがあるが、それでも進まなければならない。葛玄の言葉で、背中を押されたのか。まずは、一言謝ろう。そう決意し、月読は足を早める。


その道中、ある異変に気づく。


「何だろう、焦げ臭い様な……」


木に火をつけた様な、鼻につく匂い。怪訝に思っていたものの、“その匂い”は、村に近づいていく程、強くなっていく。


「まさか……」


嫌な予感を感じ取り、駆け足で進んでいった。茂った森の中、葉や枝が衣服に引っ掛かるも、気にせずに前進。

漸く、森を抜けた。


「――――っ!?」


視界に飛び込んだのは、“地獄”だった。


「村が……燃えてる……!」


長閑(のどか)で平和そのものだった、故郷の村。それが、いとも簡単に壊された。家々が炎に包まれ、燃やされていく。

それだけではない。村の至る所々で、悲鳴と断末魔が響き渡る。


「ぎゃああっ!」

「この、があっ!」

「や、やめろっ!」

「助けてぇ!」


ビクッ!と肩を揺らし、咄嗟に建物の陰へと身を潜める。

村人達が、賊達の手によって、次々と惨殺されていく。逃げ惑う村人、中には武器を手に立ち向かう者もいたが、多勢に無勢。数人がかりでは太刀打ち出来なかった。女、更には子供も問答無用で切られていく。殆どが、見知った顔の者達だ。


「ぎゃははは!」

「ほうら、逃げろ逃げろ」


対して賊達は、下卑た笑みを浮かべながら、得物を手にしながら、“楽しそう”に殺していく。人間とは思えない、狂った思想を持った悪魔の様だ。


男達は、戦いに破れ、何度も切り刻まれた後、殺される。


女達は捕まり、性欲の捌け口にされ、死んでいく。


月読は恐怖に怯え、おぞましい光景を目の当たりにした。


「と、父様……母様、姉様……!」


家族の事を思いだし、月読はその場から逃げ去る。腰を抜かしつつ、何度も転びかけるも、足に力を入れて家に向かった。


「はぁ……はぁ……!」


息を切らしながら、何とか家に辿り着いた。だが、我が家にも火の手が上がり始めている。

月読は焦燥感に駆られ、躊躇いなく玄関を開いた。


「――――えっ」


父の命が、目の前で奪われた。


「やあ、来たんだね」


変わり果てた父の姿。衣服はボロボロで、全身も血塗れになっていた。

なにより、驚愕したのが、父の目の前にいる青年。先程まで、自分に対して、優しく接してくれた人物。その青年が手にしている得物――紫色に光る刃の剣――が、父の胴体を貫いていた。

ズブリ……と剣を抜くと、ゆっくり地面に落ちていくイザナギ。もたれている壁に、血の線が描かれる。


「いや~、ごめんごめん。君のお父さん……僕が殺しちゃった」


にやり……と、表情を歪ませ、狂気に満ちた笑みを浮かべる葛玄。自分に向けていた、あの微笑みは、微塵も残されていない。


「と、父様……そんな、嫌だよ……父様ぁっ!!」


父の元に駆け寄り、衣服を掴んで揺すぶる。


「父様っ!ねぇ父様!父様ったら!ねぇ!起きてよぉっ!父様ぁっ!!」


悲痛な面持ちで、必死に呼び掛ける月読。何度も何度も、大声で呼んでいる。

だが、その呼び声に答える事は、二度と出来ない。瞼は閉じられ、呼吸は止まっている。


「父、様ぁ……!」


一言でも、謝りたかった……!

“大嫌い”と言ってしまった事を、深く、深く後悔した。仲直り出来ないまま、永遠の別れをする事になった。


「呼んでも無駄だ。もう死んでるからね」


淡々と述べる葛玄。人を殺めたというのに、平常な状態で、こちらを見下ろしていた。


「どうして、こんな事を……何でだよっ!!」


葛玄と向き合い、怒りをぶつける。

それに対し、葛玄は、


「さあ……何でだろうなぁ?」


真顔で、そう答えた。

訳が分からない。一瞬、思考が停止する月読。沸々と、心の内から、何かが込み上げてくる。歯を食い縛り、拳を握り締め、目の前の相手を睨み付ける。


「うわぁあああ!!」


怒りに身を任せ、突進する月読。

だが、葛玄にとって、それは無駄な足掻きだった。直ぐ顔面に蹴りを入れ、横向きに吹き飛ばす。


「ぐっ……ぅぅ……!」

「お~お~、怖い怖い。弱い癖によく吠えるねぇ」

「がはっ!」


蹴られた頬が、ズキズキと痛む。すると、今度は脇腹に痛みが生じた。

葛玄は横向きに倒れている月読を足蹴にし、侮蔑の視線を向ける。


「知ってる?そういうの、“無駄な抵抗”って言うんだよ?」

「あぐっ!がっ!ああっ……!」

「分かったかい?坊っちゃん」

「ぐふっ!があっ!!」


数回、重みの増した蹴りを受け、呻き声を漏らす月読。最後、強めの蹴りを受け、地面を転がる。


痛みに耐え、立ち上がろうとするも、力なく横たわる。

葛玄はゆっくりと近づき、“刃のない柄”を取り出した。そして、闇の氣で刃を形成し、徐に振り上げる。


「安心しなよ。君のお父さんよりは、楽に殺してあげる」

「ぐっ……!」

「結構、抵抗したけど、呆気なく終わった。弱いね、君のお父さん」

「父様を……馬鹿に、するな……!」


頭を踏まれ、地面に横たわる月読。必死の抵抗と言わんばかりに、葛玄を睨み付ける。

対して、葛玄は臆する事なく、尚も見下ろしていた。


「とは言ってもね、こうして僕に敗れたんだ。力の差は歴然だろう」

「ち、がう……父様は、いつだって、村の事を、考えてた……村の皆を、守る、為に……!」

「…………」

「僕は、そんな父様が……心の強い父様が、好きだった……!」


表情には出さなかったが、月読は父親の背中を見て育ち、憧れを抱いていた。自分も、いつかは父の様に、強く、勇気のある者になりたいと、願っていた。


「強さは……戦いに勝つ、だけじゃ、ないんだっ……!」

「ふぅん……良いこと言うねぇ、君。そう、その通りだよ」


呆気に取られた表情で、こちらの言葉を肯定した葛玄。月読は戸惑いを隠せず、目を見開く。


「確かに、力が全てとは限らない。精神的にも、忍耐強くいなければねぇ。それに、状況を瞬時に把握し、作戦を練る頭脳も。それは認めるよ」


すると、葛玄は腰を屈め、膝をつき、月読と目を合わせる。


「でも、それは“弱者”が述べた所で何の意味もない。ただの、負け犬の遠吠えだ」

「っ……!」

「君のお父さんは、“まあまあ強かった”。だが君はどうだ?こうして僕に踏みにじられ、地面にひれ伏している。実に無様だ」


嘲笑も込められた言葉の数々。

月読は何も言い返せず、ただ言われるだけだった。何も出来ない悔しさが、心の内で募っていく。


「いいかい?何の力もない癖に、そういう説教は易々と口にしていいもんじゃないんだよ。自分でも分かってるんだろう?」


耳元で、呟いた。



――――君は、弱い。



「ぁぁぁあああああああああああああああああああああああ!!!」


感情が爆発。月読は力を振り絞り、その場から起き上がる。自暴自棄になったのか、ひたすら相手に向けて拳を振るった。


葛玄は飛び退き、平然としている。どれも、当たるどころか、掠りもしない。心底呆れたと言わんばかりに、溜め息をつく。


「もういいや――――死ね」


冷酷な表情に変わり、葛玄は刃を振るう。

身の危険を察し、月読は気づいたが、もう遅い。刃は、そのまま振り下ろされた。


「――――っ!!」


紫の刃は、“息子を庇う母親”の体を、容易に切り裂いた。ほぅ……と、葛玄は感嘆の声を漏らす。


「驚いたな。てっきり瓦礫で潰されたと思ったのに」


月読を抱き締め、刃で身を切られたイザナミ。そのまま地面に倒れる。

一瞬、何が起こったか理解できずにいた月読。しかし、傷ついた母の姿を目にし、一気に表情が青ざめる。


「か、母様……」

「月読……大、丈夫……?」


小刻みに震える月読。命に別状は無さそうだ。

イザナミは微笑み、愛する息子の頬を撫でる。


「良かった……」


安堵したのも束の間。急に咳き込み、吐血する。手で覆うも、少量の血が月読の頬にかかる。

頭から血が流れており、彼女の美貌に苦悶の色を加えている。何より、背中に刻まれた刀傷。肩甲骨から腰部分にまで到達しており、傷口から血がどくどくと流れ出ている。

妙な感触に気づき、恐る恐る、自分の右手を見る月読。母の背中に触れていた為、掌は真っ赤に染まっていた。


「なるほど、“母は強し”か」

「ぐっ……ぁぁっ……!」


ゆっくりと近寄り、背中の傷を踏みつける葛玄。想像を絶する激痛が、イザナミを襲う。歯を食い縛り、必死に耐える母。


「あのさぁ、どいてくれないかな?」

「この子に、手を、出さないで……!」

「苛立つなぁ……本当ならさ、この村は僕一人で壊滅させる筈だったんだよ。なのに、付近の賊がそれに乗じて勝手な事をやってるし、腹が立って仕方ないんだよねぇ」

「ぐっ!」

「薄汚い賊共が……僕だけが、遂行する、筈だったのに……僕だけの、狩りだったのに……僕、だけの……!」


自分だけのお楽しみを奪われ、憤っている葛玄。表情も瞳も歪みきっており、狂っているとしか言いようがなかった。

何度も何度も、八つ当たりと言わんばかりに踏みつける。しかし、イザナミはどかない。何度踏みつけられようとも、何度傷つけられようとも、愛する子を守る。その思いで、抱き締めていた。


「もう……もう、やめてよ……やめて……母様が、死んじゃうよぉ……!」


何の力もない、何も出来ない。月読は、ただ泣き叫ぶ事しか出来なかった。

最後、強く踏みにじり、葛玄は足を離す。

イザナミは、今も月読を抱き締めていた。息は絶え絶えで、呼吸も酷くなっている。大量出血で、顔色も悪い。


「あ~あ、気分が萎えたから、もういいや」

「母様……ごめんよぉ……!」

「本当イラつくなぁ、君って奴は。まあいい。そんなに死にたいんなら、二人仲良く死なせてあげるよ」


またも笑みを浮かべた葛玄は、目線を上に向けた。そして、屋根めがけて斬撃を放つ。それを皮切りに、家が崩壊し始めた。瓦礫が、親子を襲う。


「さようなら、神無呂一族」


一言呟き、渦巻く様に、その場から姿を消した。



◇◆◇◆



天照は、必死に探していた。大切な弟を。


「月読!どこなの!?月読ぃ!!」


逃げ惑う村人達の間を掻い潜り、捜索を続けている。しかし、弟の姿が一向に見つからない。

弟の苦しみを漸く理解し、走り去った所を探していた。しかし、昔から足が早かった月読。容易に振り切られてしまった。息が上がりながらも、探し続けていたが、その矢先に、賊達が攻めてきた。

何の前触れもなく、唐突に。

しかも、その数が圧倒的に多かった。徒党を組んでいるのかも知れない。

あっという間に、村は戦地と化した。


「月読……どこにいるの……」


途方に暮れる天照。建物の壁にもたれ、息を整える。

突如、建物が崩れ落ちる音が聞こえた。驚き、その方向に視線を向ける。

父と、母と、弟と。家族と共に過ごしてきた家が、崩壊した。


「あ、そんな……!」


天照は、直ぐに家へと向かう。走る道中、最悪の結果が脳裏を過るが、それらを振り切り、駆けていった。



その後ろ姿を、数人の男達に見られた。



◇◆◇◆



空は暗雲に覆われ、大雨が降りだす。


我が家は崩壊し、瓦礫の山と化していた。雨の影響か、火の勢いは然程ない。

跡地となった我が家に、天照は辿り着き、絶句する。


「嘘……こんな、こんな事……」


顔面蒼白となり、膝から崩れ落ちた。家には、父と母が待っている筈。村では、姿を見かけなかった。

となると、二人は……。


俯いていると、瓦礫が微かに動いた。


思わず、その場を見る天照。瓦礫に埋もれながらも、力を振り絞って、身を乗り出す女性がいた。


「お母様っ!!」


血相を変え、天照は急いで母の傍に駆け寄る。歯を食い縛り、積み重ねられた大きな石片等をどける。女性の力では厳しい重さだが、天照は関係なしに、一つずつ持ち上げる。

何とか上半身部分を埋め尽くしていた破片を退ける事が出来た。


「お母様!しっかりして!」

「天、照……」

「お母様っ!」


呼び掛けに応じる、イザナミ。だが、声音は弱々しく、背中の傷が彼女の命を奪っているという事が目に見えて分かる。


「酷い……」


光沢が失った瞳で、娘を見つめるイザナミ。そして、命懸けで守った小さな命を、彼女に託す。

天照は、気絶した弟を、ぎゅっと抱き締める。


「月読っ!ぁぁ、こんなに傷ついて……」

「月読を……よろしく、ね……」


微笑みながら、愛娘の頬を撫でる母。


「お、お母様……」

「おね、がい……私達の、分まで……生きて……」


娘の頬を撫でる、血だらけの白い美しい手。それが、ゆっくりと、地面に落ちた。瞳は固く閉ざされ、呼吸もない。

目の前で、母が死んだ。その事実に、悲しみを隠しきれない天照。塞き止めていた感情が崩壊。瞳から流れ出る、溢れんばかりの涙が頬を濡らしていく。口からは、嗚咽が漏れていた。



悲哀が漂う天照――――彼女の肩に、一本の矢が突き刺さる。


「あああああああっ!!!」


ドスッ!と深く刺さり、唐突に襲いかかる激痛に、天照は悲鳴を上げる。刺さった箇所を押さえながら、必死に食い縛る。


「よしっ!当たったぜ」

「ふん、止まってた的に当てるのなんて、誰にでも出来るだろうが」


後方には、弓矢を放ったと思われる男。その他にも数人いた。全員、賊だ。


「なっ、やっぱり見た通りだろ」

「確かに、これ程の上玉は見た事ねぇ」

「いいじゃねぇか。楽しませてもらおうぜ」


厭らしい目で天照を見る賊共。肉に餓えた獣そのものだった。村の光景を目の当たりにし、奴等が何をするかなんて事は、一目瞭然。ゆっくりと、こちらにやって来る。


「っ!!」


月読を抱き抱え、天照はその場から逃走する。


「おい!逃げたぞ!」

「追え追えぇっ!!」


当然、追いかけてくる賊達。得物を手に、下卑た笑みを浮かべている。


後ろを振り返る間もなく、天照は必死に逃げていた。大雨の中、泥だらけの道に足をとられながらも、無我夢中で走っている。


(逃げなきゃ……この子を、守らないと……!)


胸の中で、今も眠っている月読。自分には、もうこの子しかいない。離すまいと、しっかり抱き締める。


地の利はこちらにある。このまま撒ければ。一縷の望みに懸け、天照は足を動かす。


ようやく、森を抜けた。


だが、天は味方しなかった。


「そん、な……」


断崖絶壁。急ブレーキをかけ、すんでの所で停止する。その際、石ころが崖の下へと落下。遥か下では、激しい濁流の波が荒れていた。


戸惑っている内に、追い付かれてしまった。


「はぁ……はぁ……残念だったなぁ」

「もう逃げられないぜ」

「ん?もう一人いるな」

「娘、それか妹か?」

「何でもいい。一緒に可愛がってやろうぜ」


自分達の思い通りになる。そう確信し、更に下卑た笑いを上げる賊。

焦燥感に駆られ、心臓の鼓動が早くなる。


(どうすれば、どうしたら……)


良案が思い付かない。このままでは、二人共、賊の手に落ちてしまう。

自分はどうなっても構わない。しかし、この子だけは……。


――――最後まで守ってみせる。


「………………」


決心した。

助かる見込みは、殆どない。しかし、賊の魔の手に落ちる位なら、やるしかない。全ては、愛する者を守る為に。

天照は、賊達に背を向ける。怪訝な表情を浮かべる賊。

それを他所に、天照は崖の端へと歩み寄る。


「――――っ……」

「起きたかな、お寝坊さん?」


瞼を開け、視界に入ったのは、愛する姉の姿。いつもと同じ様な。否、今は違った。

憂いを帯びた、今にも泣きそうな笑顔。


「姉様……」

「大丈夫よ、月読……大丈夫」


もう一度、抱き締める天照。月読は、温かい胸に包まれる。呆然とするも、月読も抱き締め返した。小刻みに震え、涙を堪える。

言わなくても分かる。両親がどうなったのか。


大丈夫、と頭を撫で、優しく声をかける姉。


「絶対に、守るから」


崖から、その身を投げた。




◇◆◇◆




雲一つない、正に快晴と言ってもいい青空。温かい日光を浴びながら、その人物は川原を歩いていた。

何て事はない。ただの散歩だ。この辺りは、いつも歩いている。今日も今日とて、普段通りの日。


そう、なる筈だった。


「…………っ?」


川岸に、“一人の子供”がいた。目を見張り、ゆっくりと歩み寄る。

うつ伏せになり、気を失っている子供。腰を下ろし、前屈みになり、顔にかかっている濡れた髪を退ける。子供にしては、綺麗な顔立ちをしていた。女、いや、男か?性別の判明に戸惑う程の容姿。

しかし、頬などに切り傷があり、服も汚れている。“何か”あったのだろう、と予想できた。


すると、子供の口元が、微かに動いた。


「――――た、す……け……て……」


人物は、助けを求める声に応じる。


一夜にして、全てを失った月読。悲しみに明け暮れるも、助けてくれた人物。そして自分を受け入れてくれる人達に囲まれ、心の安らぎを与えられていく。


しかし、幸せな時間は長く続かなかった。


――――次回、少年は絶望する

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