~黄蓋と太史慈、策を用いて味方を欺くのこと~
本当なら先週に投稿する予定だったのですが、ミスってデータを消去してしまった……。苦労して出来上がった物がなくなる瞬間、めっちゃ落ち込みますよね。
というわけで、根性で書ききりました。
それでは、どうぞ!
その頃、愛紗は屋敷の庭を散策していた。きちんと手入れされており、中々に美しい情景だ。
周泰の話によれば、未だに江東丸の在処が分からないらしい。呂蒙が夜通しかけて探しても、だ。
収蔵品の目録、古い物は木簡で扱いが面倒な上、字が掠れて判読が困難な部分もある。かなり、骨が折れる事だろう。
「あれは!関羽殿、隠れて!!」
何かを見つけたのか、周泰は押し込む様に、愛紗と共に草むらへと身を隠す。
「どうしたのだ周泰殿?もしや曲者」
やや警戒する愛紗を他所に、周泰は目を反らさない。周泰の目線を辿る愛紗。
視線の先にある岩。その上に、一匹の白猫が寛いでいた。日向ぼっこをしているのか、ゆったりと尻尾を揺らしている。
「お猫様です~♪」
「ね、猫……?」
ガクッ、と肩を下ろす。
「関羽殿、ここは私にお任せを!」
「いや、お任せをって」
「お猫様~ご機嫌いかがですか~♪決して怪しい者ではございません。ただちょっと、御体を“モフモフ”させて頂ければと」
「も、もふもふ?」
頭上に?マークを浮かばせる愛紗。周泰はゆっくりと、猫の元に近づき、顔をこれでもかと言わんばかりに綻ばせる。
「勿論、ただでは申しません。さあ、この様に献上品をお持ち致しました」
「献上品って……」
「きゃ~~可愛い~~♪」
腰に提げた袋から献上品――小魚の干物――取り出し、それを猫に与える。猫はそれに気づき、それにかぶり付く。
「それでは早速失礼させていただきますね」
そっと、猫に触れる。言葉の通り、モフモフとした毛並み、プニプニとした肉球。余す所なく撫でていき、挙げ句の果てには顔を猫の体に埋める始末。
「さあ、関羽殿も!お猫様の気が変わらぬ内に!」
「は、はあ……?」
急かされる様に、愛紗も周泰の元へと向かう。そして、猫を抱っこする。
「ふぁ~~……!」
軍神、破顔する。
可愛さに心を打たれ、戯れる二人の黒髪美少女。
「何やってんの二人とも?」
頭に布を巻きながら、庭にやって来た瑠華。
目の前に繰り広げられている、美少女と猫の戯れを目にし、首を傾げる。
「あっ、月読殿もどうです?お猫様とモフモフ~♪」
「瑠華、もう大丈夫なのか?」
「うん、まあね」
体調を気遣う様に、問い掛ける愛紗。瑠華は苦笑しながら答えた。
◇◆◇◆
それは、昨日の事。
客人である愛紗と瑠華。孫家から、湯の誘いを受けた。愛紗が一緒に入ろうとすると、瑠華がそれを拒否した。キョトンとした表情を浮かべる愛紗。
「何が駄目なんだ?」
「いや、いいから入ってきなよ!僕は後でいいから!」
「どうせなら、一緒に入った方が早くていいだろう?」
「だから……もう!」
「ほら、我が儘言ってないで行くぞ」
「離して~!」
やや強引に、愛紗に連れていかれてしまった瑠華。愛紗はただ純粋に、可愛い弟と背中を流し合おうという、下心など全くない気持ちでいる。
だが、瑠華も年頃の男子。何となしに、興味はなくもない。
そんなこんなで、着替え場まで来てしまった。
「あっ、手拭いを忘れてしまった」
「……そう」
「すまん、ちょっと取ってくる」
そう言って、愛紗はその場を後にする。チャンス!と、瑠華は服を脱ぎ出す。決して、厭らしい意味ではない。
先に体を流して、風呂から上がればいいだけのこと。愛紗には悪いが、勘弁願いたい。何故だか分からないが、“羽毛扇を持った軍師”が怒りに燃えるという、恐ろしい姿を思い浮かべてしまうからだ。
一糸纏わぬ姿となり、浴室に入る瑠華。
「うわぁ……やっぱり広いな」
「そりゃあ、疲れを癒す為の場所ですからね」
「心と体の疲れも吹き飛んじゃいますよ」
「ふぅん、そっか――――えっ?」
幻聴だろうか?両隣から声がする。愛紗にしては幼い様な声音。突然、表情が固まる瑠華。
まずは、右を振り向く。
恥ずかしそうにしながら、上目でこちらを見る大喬こと桜華。
今度は、左を向く。
えへへ、と照れ笑いを浮かべる妹の小喬こと李華。
何故、二人がいるのだろうか?
いつの間に入ってきたのだろうか?
疑問が頭を過るが、今は置いておこう。瑠華は正面を向き、ふぅ……と息を吐く。
「………………………………お先でした~」
「まっ、待ってください瑠華様っ!」
「さりげな~く逃げようとしないでください!」
回れ右をしてその場から立ち去ろうとするも、二人に取り押さえられてしまった。何とか出口に向かおうとするも、頑なに阻まれてしまう。
タオル一枚しか身に付けていない二喬の柔らかい肌が密着し、瑠華は顔を更に紅潮させる。しかも、下半身に巻いている布もずれかかっている為、かなり危うい状況となっていた。
「ふ、二人とも!いいから、離して……!」
「だ、駄目です!瑠華様は、大事な、お客人ですから……!」
「お背中を流す、だけですから……!」
「いや、これは流石に……」
両者共、まったく譲らない。湯気がたちこもる浴室の中、三人の温度は更に上昇していく。
しかし、その均衡は、突然崩れ去った。
「うわっ!?」
「「きゃあっ!!」」
足で踏ん張っていたのだが、急に足を滑らせてしまった。瑠華は仰向けに倒れ、二喬姉妹もそれに巻き込まれてしまう。
ドタンッ!と、力強く倒れてしまった。
「いった……!」
後頭部の痛みに顔を歪ませ、ゆっくりと、瞼を開く。
“ソレ”が、瑠華の眼に焼き付けられた。
さて、状況を説明しよう。
転んだ事により、瑠華は大の字で仰向けに倒れた。その勢いで、二喬姉妹はうつ伏せ、或いは四つん這いの状態となっている。瑠華と二喬姉妹は、それぞれ上下逆向きに体が向き合っていた。
当然、身を隠していた布がはだけてしまい、全てが露となった。今、瑠華の瞳に写っているのは、二喬姉妹の“下の部分”。あろうことか、右手が桜華、左手が李華の、尻を掴んでしまっていた。
「んんっ!」
「ひゃん!」
思わず、揉んでしまった。それと同時に、艶やかな嬌声も上がった。
もっちりとした感触、初めて目の当たりにした、異性の体。
何より、さっきから自分の“ある部分”に視線を感じている。恐る恐る、下を、見た。
「る、瑠華様……」
「す、すごい……」
無防備となった、瑠華の“下半身”。姉妹の瞳に、瑠華の“ソレ”は写り込んでしまった。ゴクッ……と、目を離せずにいる二喬。すると、表情が驚愕から、段々と、恍惚へと化していった。
「あ……ぁぁ……ぁぁぁああぁあぁぁぁああああああぁぁあああ…………!!」
体温が急上昇、限界突破。
視界がぼやけ、思考回路がショート寸前。
不意に、浴室の扉が開かれた。
「すまない、遅れ――――って瑠華あああああああああああああああ!!?」
その悲鳴を耳にしながら、瑠華は意識を手放した。
◇◆◇◆
それからはというと、瑠華はすぐに救出された。下着だけを着用し、火照った体を冷ます。愛紗は膝枕をしながら、団扇で仰いでいた。
二喬は揃って御叱りを受ける羽目となった。二人とも、しょんぼりと俯いている。
ここまで瑠華への好意を暴走させるとは、と愛紗は顔をひきつらせていた。
二人曰く、一目惚れだそうだ。今まで、男性にときめいた事がなかった為、意中の男性は瑠華が初めて。
それに加え、気軽に会えない環境の為、思わず愛しさや寂しさから、やり過ぎてしまったらしい。
「瑠華様、昨日は申し訳ありませんでした……」
「ご迷惑をおかけしました……」
深々と頭を下げ、謝罪する。かなり反省した様だ。
重い空気になってしまい、瑠華は慌て出す。
「二人共、頭を上げてよ。昨日は驚いちゃったけど、歓迎してくれるのは嬉しかった」
「瑠華様……」
ただ、もうちょっと限度というものを知って欲しい。その事を後付けして、瑠華は二人を許し、二人も笑顔になる。すっかり元気になった二喬姉妹。
「ではでは、瑠華様。ちょっとこちらにお掛けください」
「ここ?何で――――」
「さあさあ、どうぞどうぞ」
用意された椅子に座る様、促される瑠華。怪訝に思いながらも、腰を下ろす。その瞬間、頭に“何か”を付けられた。
「可愛い~♪」
「お似合いです~♪」
急に身悶え、二喬姉妹はうっとりと、顔を綻ばせる。
瑠華は眉を潜め、頭に違和感を覚える。そっと頭に手を置くと、ふわり、とした感触を味わう。
「…………ん?」
丁度、横に大きめの池がある。鏡代わりに、自分の姿を見直す。
そこには、瑠璃色の毛色の猫耳を装着した自分がいた。
はっ?と思うのも束の間。今度は腰に何かを巻き付けられた。見てみると、今度は尻尾が生えていた。いや、猫の尻尾が付属された、腰巻きだった。しかも、腰にしっかりと巻き付けられている。
「いけない、いけない。尻尾を忘れる所でした」
「うん、ばっちりです!」
「…………」
前言撤回。ちっとも反省していなかった。
これには、流石の瑠華も顔を引きつり、同時に羞恥で頬が赤く染まっていく。
「あ、あのね……」
「お猫様~~!!」
「ぶぁっ!?」
横から黒い影が飛び出し、瑠華に目掛けて飛び付いた。瑠華がお猫様に見えているのだろうか?周泰は恍惚とした表情で、すりすりと頬擦りする。
護衛に任命される程の腕前を持つ周泰。その力には敵わず、成されるがままになっている。
「はぅあ~♪モフモフスベスベモチモチプニプニです~♪」
「ちょぶ、とぼ、まっ、やめ、ぶわっ、たす、たしゅけ……!」
「しゅ、周泰殿!瑠華が苦しがっている!」
救いの手が差し伸べられた。愛紗は慌てて後ろに回り込み、周泰を羽交い締めする。周泰は満喫したのか、愛紗にもたれ掛かる様に、ふにゃ~と寛いでいる。
「大丈夫か、瑠華?」
「うん……ありがとう、愛紗ぁ……」
ドクン……と、心が跳ねた。
ペタンとした女の子座り、尻尾と猫耳が垂れ、涙目でこっちを上目遣い。
本人は狙ってやっている訳ではない。無自覚かつ、無意識で行っているのだ。
「はぅあぅあぅあ~~……♪」
「ふにゅ」
軍神、堕つ。脱力し、周泰が地面に落ちる。
目をキラキラと輝かせ、仲間達も見たことがない位に破顔しきっている。すかさず、瑠華の猫耳をモフモフし始める。
これには瑠華の羞恥心が頂点に達し、顔面が真っ赤になり、ふるふると震え出す。
「あ、愛紗の馬鹿ぁあああああ!!」
「――――はっ、しまった!」
「うわぁぁあああああああああ!!」
「待ってくれ瑠華!違うんだぁああああああああああああああ!!」
姉と弟による追いかけっこが始まった。
「あっ、お待ち下さい瑠華様~!」
「関羽殿も~!」
ある意味で諸悪の根元である二喬姉妹も、その後を追いかけ始める。
「お~い、ふったりっとも!」
「あ、太史慈様」
こちらに向けて手を振る太史慈。二喬は表情を引き締め、一礼する。
「どうなされました?」
「うん、ちょ~~っと、手伝って欲しいことがあってさ」
片目を閉じながらそう答える太史慈。二人は顔を合わせ、首を傾げる。
因みに、瑠華と愛紗は二刻もの間、城内を駆け巡っていた。
◇◆◇◆
周瑜は、とてつもない頭痛に苛まれていた。ゴーン!と、鐘を突いた様な鈍い耳鳴りもする。
所謂、二日酔いと呼ばれるものだ。
「流石に昨日は飲みすぎたわね……」
「周瑜様っ!」
扉が開かれ、李華が入室。その物音で更に頭が痛む。
「小喬……大声出さないで……」
「大変です!黄蓋様が……黄蓋様が倒れられました!」
「何だとっ!」
その報告により、驚きが痛みに勝り、周瑜は立ち上がった。
◇◆◇◆
今朝方、急に容態が悪化したとのこと。原因は不明、医師によると、手の施しようがないという。
廊下を駆け、黄蓋の元へと向かう。
「黄蓋殿!」
部屋に入ると、シャオが寝台の横で看病しており、悲しげに首を横に振る
「そんな……」
真剣な面持ちで、状況を説明する太史慈。寝台の上で、黄蓋は横たわっていた。顔色は悪く、見るからに弱り果てていた。昨日とは真逆の状態に、周瑜は驚きと動揺を隠せない。
「周瑜……か………」
「黄蓋殿!お気を、お気を確かに」
「どうやら、儂はもういかん……。お亡くなりになられた先代様の元へ参る時が来た様じゃ……」
手をとる周瑜に、弱々しく語りかける黄蓋。掠れる様な声音で、言葉を紡いでいく。
二人きりにさせようと、シャオとはその場を後にする。扉の手前である廊下で、二喬と合流。周瑜の見えない所で、シャオは親指を立てた。
「先代様の頃より、数多の死地を乗り越え、今の孫家を築いた黄蓋殿ではありませんか。病ごときに負ける筈が――――」
「そうは言うても……寄る年波には勝てんよ……」
「た、確かに……」
「何ぃ!?」
反論すべく、その身を起き上がらせる黄蓋。自分から言ったというのに。
茫然とする周瑜の後方で、シャオが慌て出す。
我に帰り、寝台に倒れ込む黄蓋。無理矢理な形だが、何とか誤魔化せた。
「周瑜よ……儂の命の灯火は、今正に消えんとしている様じゃ……最後に今際の際に、“アレ”を一口……」
「分かりました!アレですね?」
黄蓋の最後の願い。それを聞き入れ、周瑜は急いでその場を後にする。
周瑜が去った後、シャオと黄蓋は、互いに親指を立てる。
◇◆◇◆
いつにもなく、焦りを露にする周瑜が向かったのは、城内に多数ある蔵の一つ。
中に入り、“アレ”がある場所へと向かう。しかし、先客がいた。
「雪蓮!あなた、どうして……」
「どうしてって、祭が今際の際に“アレ”を一口飲みたいって言うから」
「雪蓮、もしかしてあなたも?」
孫策が手にしているのは、一瓶の酒壷。
“アレ”とは、孫策が生まれた記念に仕込んでおいた、秘蔵の壺酒の事だったのだ。
「けど、黄蓋殿は先にあなたが来ていた事など一言も――――」
バタンッ!と、扉が急に閉じられた。
周瑜は慌てて門へと向かい、ドアノブに手をかける。だが、びくともしない。
「しまった、閂が!」
「やあやあ、お二人さ~ん♪」
場違いである呑気な声で、孫策と周瑜を呼ぶ。二人は、音源の方へと顔を向ける。
蔵の壁にある、小さな窓穴。そこから、親友である太史慈が覗いていた。
「り、梨晏!?」
「一体どういうつもりなの!?」
「ごめんね、これも二人の為なんだよ」
戸惑う二人に相反し、太史慈はお気楽な調子で言葉を返す。
二人が黄蓋が欲している物が分かっている事を確認し、更に笑みを深める。
「さっすがだね二人とも。先生の事をよく分かってらっしゃる~。これぞ家臣冥利に尽きるって言うのかな?」
「それより、何が目的でこんな――――」
「まあまあ、とりあえずは、そこで頭を冷やしときなって。ちゃんと仲直り出来たら、開けてやるからさ」
「な、仲直りって……」
「そんなの……」
「因みに、先生の事は大丈夫だよ?病気ってのは嘘だから」
「「えっ!?」」
「じゃね~~♪」
驚く二人を他所に、太史慈は踏み台から飛び降りる。後頭部で手を組み、鼻歌混じりで、去っていった。
――――しばらく経ち、辺りはもう夕暮れ。丁度、瑠華が愛紗に捕まった頃だ。
孫策と周瑜の二人は、同時にため息をつく。
「祭と梨晏ってば、一体いつまで私達を閉じ込めておく気なのかしら」
「さあ……そう簡単には出してくれない様ですね」
壁にもたれ座り、再度ため息をつく。
「こうやっていると、なんか子供の頃を思い出すわね。昔はよく、悪戯をしたお仕置きに、二人で蔵に閉じ込められたっけ」
「なに呑気な事を言ってるんですか。今日はただでさえ、二日酔いで仕事が捗らなかったのに……」
「それにしても、武人の二人にこうまでしてやられるなんてね~」
「味方の我らを欺くとは、なんたる卑劣な策……そんなものに引っ掛かってしまうとは――――この周公瑾、一生の不覚!」
周瑜は悔しさを露にし、壁に拳をぶつける。その姿を見て、孫策はニヤリと意地悪な笑みを浮かべる。
「ねえねえ冥琳、一杯食わされた仕返しに、祭の壺酒飲んじゃおっか?」
「駄目よ雪蓮。元はと言えば、それはあなたが生まれた時に黄蓋殿が、いつか自分にも子が出来たら、その祝いとして飲むつもりで仕込んだ大事な壺酒なのよ?それを勝手に飲んだりしたら、後でどんな目に遭わせられるか……」
「でも正直な所、祭はその辺はもう望み薄な訳じゃない?だったら――――」
「それ、黄蓋殿の耳に入ったら、このまま蔵に火をつけられるわよ?」
あの人なら、やりかねない。そう言いたそうに、周瑜は孫策に述べる。
「それにしても、この状況でそんな事を思い付くなんて……本当お酒に関して人一倍意地汚いんだから」
「むぅ……」
「まあ、人に届いた荷物を勝手に開けて、中のお酒を飲んじゃうあなただから、そうだった事は分かってたけど」
「しつこいわね冥琳!あのお酒の事なら、もうちゃんと謝っ――――てなかったわね」
思い出したかの様に、孫策は空を仰ぐ。
「ごめんなさい……流石にあれは私が悪かったわ」
「雪蓮……」
「けど冥琳も、たかがお酒一瓶の事で、いつまでもグチグチ言って、ちょっとしつこいんじゃない?」
まさかの反論に、周瑜は押し黙る。それから、孫策の言葉責めは続く。
「そりゃあ確かに、あなた宛に届いたお酒を勝手に開けて飲んじゃったのは私が悪いけど、だからってあんなに怒らなくても――――」
「あれは……あのお酒は特別だったのよ!」
赤面し、孫策から顔を反らす周瑜。
「特別って……美味しい事は美味しかったけど、そんなに貴重な物だったの?」
「そうじゃなくて……今年で、丁度、十年目だから……その日になったら、記念に二人で飲もうと思って……それでわざわざ評判の名酒を取り寄せて――――」
「十年目の記念?それって何の?」
「何のって、それは、その……」
モジモジと、壁に指を滑らせる周瑜。まるで年相応の、恋する乙女の様な恥じらい。
そして、孫策は思い出した。
「あ、そっか!私と冥琳が初めて――――」
“ヤ”、と言いかけた瞬間、周瑜が口を塞いだ。
「契りを結んだとか、愛を結んだとか、もっと他に言い方があるでしょう!?」
「そっか……それで拗ねちゃってたんだ?成る程ね」
「わ、悪い?そりゃあ、あなたにとってはどうでもいい事だったかもしれないけど、私にとっては……私にとっては、とても、大切な――――」
段々と小声になっていき、涙ぐむ周瑜。それを見た孫策はからかうのを止め、一呼吸置く。
「もちろん、私にとっても、大切な思い出よ」
「えっ……?」
「冥琳、あなたの気持ちに気づいてあげられなくて、ごめんなさいね」
「いや、その……」
「私、あなたがいつも側に居てくれる事に、甘えちゃってたのかな」
孫策側には、いつも周瑜がいてくれた。
周瑜の側には、自分がいた。
そして、太史慈こと、梨晏も。
長年、互いに支え合ってきた三人。ずっと前からも、そしてこれからも、ずっと変わらない。どちらが欠ける事など考えられない程の、強い交わり。
それ故に、油断してしまっていたのかもしれない。
「雪蓮!私、私……」
「冥琳……」
二人は、強く抱き締め合う。深い愛を、確かめながら。
寄り添い合う様にして、壁に腰かける二人。喧嘩していた時の重い空気は、微塵も残されていなかった。それからしばらく、談笑し合っている。
「そういえば、“あの小虎”どうしてるかな?」
「さあ……もう十年も経ちますからね」
孫策は、過去の記憶に想いを馳せる。王として、武人として、その覇を唱えた母の姿。そして、母が連れ帰り、自分の姉の様に遊んでくれていた“一匹の虎”の事。
「どこで何してるんだろうね」
「きっと、優しい家族に恵まれている事でしょう」
「そっか……また会いたいなぁ……」
周瑜の言葉も、間違ってはいない。現に“彼女”は、頼もしい姉と家臣達と共に、幸せに生きている。
孫策の願いも、既に叶っている。無論、それに気づくことは、永遠にないが……。
二人はそのまま、夜を過ごした。
熱い夜を――――
◇◆◇◆
一方、此度の作戦を実行した黄蓋達はというと、屋外でお茶をしていた。
「二人とも、そろそろ仲直りをした頃合いじゃな」
「それじゃあ、もう蔵から出してあげてもいいんじゃない?」
「いやいや、これで良いんだよシャオちゃん♪」
よいしょ、とシャオを膝の上に乗せる太史慈。分からずに、シャオは首を傾げる。
桜色の髪を撫でながら、穏やかな笑みを溢す。
「仲直りしたからこそ、もう少し二人だけにしてあげるのよ。ねっ?」
「ふっ、言うではないか梨晏」
片目を閉じる太史慈。そんな弟子の言葉を聞き、黄蓋も微笑んだ。
◇◆◇◆
あれから、城内を舞台にした鬼ごっこを繰り広げた愛紗と瑠華。むすっと不機嫌になる瑠華に、何とか謝り続けた愛紗。二喬姉妹も混じっての謝罪。
長時間に渡り、瑠華は呆れながらも、許す事にした。
「お待たせして、申し訳ない」
昨夜遅く、呂蒙がこの蔵に江東丸がある事を突き止めた。よって、孫権と呂蒙の案内により、その蔵の中に入る。
「確か、こっちの一番奥の棚にしまってあると――――」
棚の角を曲がり、一同は、“それ”を目撃した。
否、見てしまった。
衣類を身に付けず、生まれたままの姿。魅力的で、情欲的な光景。孫策と周瑜が、裸体となって、抱き合いながら眠っていた。
一同は顔を赤くし、言葉が出ない。
すると、周瑜が目を覚ました。
「もう、何よ……朝からうるさ――――」
眼鏡をかけ、状況を把握する。
とても、かなり、気まず~~~~~~い空気が、その場を支配した。
するとそこへ、一人の少年がやって来た。
「ごめん、愛紗。遅れちゃった」
「「「「っ!?」」」」
丁度その時、厠から瑠華が帰ってきた。何も知らない瑠華は、何の疑いも迷いもなく、蔵に入る。
この光景を見せる訳にはいかない。
まだ、大人の階段を登らせる訳にはいかない――これは愛紗の考え――。
まだまだ、純粋無垢なままでいてほしい――これも愛紗の考え――。
可愛い弟のままでいてほしい――以下省略――。
四人の少女達の思考はリンクし、行動に移った。
そして瑠華は、棚の角を曲がった――――
「っ?」
瞬間、前方にバリケードが設けられていた。
瑠華から見て、右から呂蒙、孫権、愛紗、周泰。全員が壁となり、後方にある光景を必死に隠蔽しようとしている。
「愛紗?それに孫策さんも、どうしたの?」
「い、いや、その……」
「なんと、言いますか……」
「な、何ともないのよ?後ろには、な~んにも、ないのよ!?」
苦笑する呂蒙と周泰。孫権も顔をひきつらせながら、隠し通す。といっても、動揺を隠しきれてはいないが。
「っ?後ろに何かあるの――――」
「高い高~い!」
「うわぁっ!?」
背伸びして覗こうとすると、急に愛紗が瑠華をだっこし、高く上げた。そのまま回りながら、出口の方へと、向かっていく。
「ほぉ~ら瑠華、高い高~い!高い高~い!高ぁい高ぁ~~~~いっ!!」
「ちょっと、愛紗、どうしたの?」
「さっ、我らは外で待っていようか?なっ?うん、そうしよう?なっ?」
「っ?」
あはははは!と大袈裟に笑いながら、愛紗は瑠華を抱き抱えながら、外へと出る。
その瞬間、孫権達三人は、力が抜けてその場に崩れ落ちる。
そんなこんなで、江東丸を手に入れた愛紗と瑠華。後は、桃花村へと帰るだけだ。
見送りに、港には孫権とシャオがいた。
「関羽殿、月読殿、道中の無事を祈っています」
「お世話になりました、孫権殿」
互いに握手を交わす二人。
「それから、その……北郷殿にも、よろしくお伝え下さい」
「えっ……ああ、はい」
恥ずかしげに顔を赤らめながら、一刀への伝言を頼む孫権。こちらも、恋する乙女の様だ。
あの男は……と、頬をひきつる愛紗。しかし、ちゃんと伝えようと、あの男への苛立ちを押さえる。
「それじゃあね、シャオ」
「う、うん……」
何故か、俯きがちなシャオ。どうしたのだろうと、瑠華は怪訝に思う。
姉と軍師の仲直りに時間を費やしていた為、瑠華との触れ合いがなくなってしまった。
このままでは、また長い間、会えなくなってしまう。いつの間にか、差をつけられるかもしれない。
(よしっ!)
シャオは、腹を括った。決意し、瑠華と向き合う。
「またね、瑠華」
「う、うん。また会おうねシャオ」
「あっ、瑠華!見てみて、あれあれ!」
「えっ?」
横に向けて、指を指すシャオ。戸惑いながら、瑠華はその方に顔を向ける。
そこにあるのは、遥か水平線。太陽の光が眩しい。だが、特に変わった物は見当たらない。
――――頬に、柔らかな感触が伝わった。
シャオは、顔を真っ赤にしながら、瑠華の頬から唇を離す。
「じゃ、じゃあね!」
「――――えっ?」
「いっ、言っとくけど……冗談じゃないから!“そういう事”なんだからね!」
茫然と立ち尽くす瑠華をその場に置き、シャオは走り去っていった。
「これはこれは……」
「シャオったら……成長したのね」
感嘆の声を漏らす愛紗。驚きながらも、妹の成長に微笑む孫権。
瑠華は未だに、棒立ちになったままであった。
そんなこんなで、二人は船に乗り込み、出航した。
「うぅ~~~~……!!」
港より少し離れた場所にて、隠れる様に身悶えるシャオ。我ながら、大胆な行動をしてしまった。ませてはいるものの、いざ実行となると、かなりメンタルに来る。
「おや、こんな所でどうしました?」
「……あっ、孝先!」
見上げてみたら、そこには自称占い師を名乗る青年、孝先がいた。穏やかな笑みを浮かべ、こちらを見下ろしている。
「シャ、シャオは、別に……。それより、あんたは何で」
「僕はですね……“後始末”をしに来たんですよ」
「へっ?」
顔を見上げると、孝先は手をシャオの頭に乗せていた。
「――――あっ……」
「さようなら、孫家のお嬢さん」
意識が薄れる間際、孝先の表情には、邪悪な笑みが浮かんでいた。
◇◆◇◆
船の上にて、瑠華は未だに、ぼ~っとしたままであった。
「瑠華?」
「えっ?あっ、愛紗……」
「尚香殿の事か?」
愛紗に呼び掛けられ、瑠華は小さく頷く。
シャオの行動について、何となくだが、その気持ちを察した瑠華。
「僕、分からないんだ……どうしたら、いいか」
「瑠華……」
思い悩む瑠華の姿を見て、愛紗は声をかけようとする。しかし、その言葉が思うように浮かばない。とても歯痒い気持ちになる。
「――――悩み事かい?」
愛紗と瑠華は目を見開き、声の主を見つける。
その男は、甲板にいる二人を見下ろす様に、マストの上にいた。漆黒のローブに身を包み、顔には白と黒が入り交じった陰陽の仮面を被っている。ローブの端が風で靡く。
愛紗は警戒心を露にし、瑠華は憎悪の表情を浮かべる。
「お前は……!」
「葛玄っ!!」
「お久し振りだね。関雲長、月読君」
船上にて、最凶の敵と相見える――――
ちょっとやり過ぎましたかね?
さて、次とその次の回を書いていきます。そう、南蛮です。それを書き終えた後、しばらくオリ話を書いていく予定であります。
それでは!




