~群雄、夏祭りを満喫するのこと~【遊園の祭】
夏といえば、何を思い浮かべるだろうか?やはり、海、水着、スイカ等が当てはまるだろう。しかし、夏の風物詩といっていい行事がもう一つある。
それは――――
「やっぱ夏は祭りやろ~~!」
大声を張り上げて、第一声を放つ金髪の高校生――及川。その後ろを苦笑しながらついていく一刀。Tシャツに黒の長ズボンで、及川も似たようなラフな服装だ――上はアロハシャツで下は白の半ズボン――。
「あ~あ、あんなにはしゃいじゃって」
「少しは人の目も気にしてほしいよ、まったく……」
大人気なく騒ぎ出す及川の後ろ姿を、半ば呆れながら見ている二人の後輩。瑠華と昴だ。瑠華は紺色の、昴はえんじ色の甚平を着ている。
「まあまあ。やっと補習が終わったのですから、はしゃぎたくなるのでしょう」
「せっかくだ。たまには羽を伸ばすとしよう」
二人に優しく微笑む縁と、体を伸ばす華陀。二人は自分の髪の色と同じ色彩の浴衣を着ている。
六人がやって来ているのは、聖フランチェスカ学園のホームグラウンド。この広大な敷地は、いつも運動部やらが汗水流して使用しているが、今日は違う。
見渡す限り、並びに並んでいる無数の屋台。そう、年に一度開かれる“夏祭り”の舞台となっているのだ。学園の生徒はもちろんのこと、一般の方々も見える。因みに、この屋台には生徒たちが参加している――バイトや家の手伝いやら――。
「よっしゃあっ!今まで遊べなかった分、祭りで晴らさせてもらうでぇ!!」
「分かった分かったから、少し落ち着けって」
「落ち着いていられるかいぃ!?ワイの知らん間にエぇ思いしよってからに!!」
面倒くさいのに絡まれた。及川が言っているのは、“にゃんばん島”での事だ。一刀が水着美少女たちと戯れている間、色黒おさげ達磨と地獄の時間を過ごしたのだ。嫉妬に駆られる及川の追撃はまだ終わらない。
「そんでその、リュービちゃん?今度ワイに紹介してぇなぁ、えぇやろかずピー?」
「はいはい、その内な」
適当にあしらっておく一刀。そんな風に絡まれていると、後ろから声をかけられた。
〈一刀か?〉
「んっ?」
振り返ると、そこには愛紗がいた。が、いつもの制服姿ではなく、濃い緑を基調とした浴衣を身に付けていた。珍しく髪を結い上げており、うなじが見える。いつもとはまた違う美しさに、一刀はしばし見惚れていた。
「…………」
「一刀、どうかしたか?」
「へっ!?あっ、いやその……」
「っ?」
首を傾げる愛紗。直視出来ずに顔を反らしてしまう一刀――顔も密かに赤くなっている――。そこへ、もう一人やって来た。
「愛紗ちゃ~ん♪あっ、一刀さんも」
「や、やあ、桃香」
羽の髪飾りを外し、髪を下ろした桃香の姿に、一刀はまたもドキッとしてしまう。
こちらへやって来た桃香は、自分の髪の色と同じ淡い桃色の着物を着ており、袖や帯には桃の花が描かれている。
愛紗と並んで、可憐さを引き出している。
「二人も、祭り来てたんだな」
「ああ。鈴々と星や翠、それに朱里達も先に来ている」
「そっか」
愛紗と話していると横から肘でつつかれる。
「かずピーかずピー」
「ん?ああ、そうだった」
及川の言いたい事が分かり、一刀は桃香に向き合う。
「桃香、紹介するよ。こいつは―――」
「あっ、知ってるよ。愛紗ちゃんから聞いたから」
「そうなの?」
どうやら事前に説明しておいてくれた様だ。桃香は及川に体の正面を正面を向ける。
「初めまして。えっと……」
「よろしゅーな、劉備はん。ワイは―――」
「“相川”さん♪」
「うん、及川な?」
にっこりとした笑顔で堂々と間違える桃香。若干傷つく及川を見ながら、苦笑いを浮かべる一刀と愛紗。
「ああ、愛紗」
「ん?」
「えっと、さ………浴衣、似合ってるよ」
「う、うむ……ありがとう」
頬をかきながら愛紗の姿を称賛する一刀。面と向かって言われ、ボンッ!と湯気が出る程赤面する愛紗。端から見れば初々しい恋人同士に見える。
「ぶぅ~!愛紗ちゃんばっかりずるい~!」
「あ、姉上……」
「一刀さん、私は~?」
「ごめんごめん、桃香も凄く可愛いよ」
こちらも一刀に言われ、えへへ、と頬を綻ばせる桃香。一刀の言葉はいずれも世辞等ではなく、本心から言っている。いや、どの男が見ても、十中八九似合っていると即座に答えるだろう。
「あっ、桃香さん。それに愛紗も」
「おお、瑠華か」
「昴君、それに縁さんや華陀さんも」
そこへ、瑠華達も合流する。
「どうする?みんなでどこか回ってみる?」
「う~ん……それもいいけど、それぞれ行きたい所があると思うし、別行動とろうか」
「それもそうですね」
「打ち上げ花火の時間に間に合う様にしよう」
メインの打ち上げ花火に備えて、合流する時間を決める。その後、各々別れていった。
◇◆◇
一刀は今、愛紗と桃香――ついでに及川――と一緒に屋台を見回っている。のだが
「あ、あの、桃香?」
「なぁに?」
「その、なんで腕を組んでるのかな…?」
「ん~、なんとなく♪」
瑠華達と別れた直後、桃香は一刀の右腕にぎゅっと抱きついていた。おまけに肩に頭を乗せてだ。
女の子特有の甘い香りを鼻孔に感じながら、一刀は照れ隠しに頭をかく。
「おーおー、見せつけてくれますの~かずピー」
「見せつけてって……」
後ろからも及川が冗談交じりではやし立てる。すると今度は、左腕がぎゅっと抱きしめられた。驚いて左を見る。
「あ、愛紗?」
「………」
顔を微かに赤くしながら、離すまいと抱き締めている。ふと視線が合わさると、すぐに顔を反らす。
「そ、そのだな…ほら!迷子にならぬ様に…な?」
「いや、迷子って……」
「ふふ、愛紗愛紗ちゃんったら、もうバレバレだよ~?」
「あ、姉上!」
左右を美少女に挟まれ、しかも彼女達の豊かに実ったモノを浴衣越しに両腕で感じる。一刀は正に全ての男が羨む様な状況に陥っていた。
(……なんかワイ、めっちゃ空気やな~)
一人だけ蚊帳の外にいる及川。完全に置いてけぼりにされている。
「お兄ちゃんなのだ!」
そうして歩いていると、また見知った顔に出くわした。黄色を基に、紅葉が描かれている着物で、丈が膝までのものだ。
「やあ鈴々」
「にゃはは♪」
正面から抱きついてきた鈴々。赤毛の頭を撫でてやると、気持ち良さそうに顔を綻ばせていた。
「星、それに翠も」
「おお、一刀か」
「よっ」
薄い水色の着物を身を包み、右手には水風船を提げている。そして彼女の側には、黄緑の浴衣を着た翠がいた。こちらは大量のビニール袋――たこ焼きやら焼きそば等々――を腕に通していた。
当然ながら、彼女達も浴衣を見事に着こなしていた。
二人の美少女に抱きつかれている一刀を見て、ニヤニヤと口元を曲げる星。
「ふふ、正に両手に華だな」
「からかわないでくれよ」
「中々羨ましいなぁ。桃香殿、それに愛紗?」
「えへへ~♪」
「うぅ……」
弄る相手を見つけたようだ。星の言葉に嬉しそうに微笑む桃香に、顔を更に真っ赤に染め上げる愛紗。
「それにしても翠……それ全部食べる気なのか?」
「当たり前だろ?食えるもんは食っとかないとな」
「鈴々も食べるのだ」
そう言いながら、イカ焼きをがっつりと噛みつき、口の中へと運んでいく。鈴々もたこ焼やお好み焼き等を、リスの様に両頬を膨らませ、モグモグと咀嚼する。
満足気な表情を見て、一刀も苦笑いから微笑に変わる。
「にしても、学園の生徒達も屋台に参加してるだったよな?」
「うん、厳顔先生と魏延ちゃんは焼きそば屋さんで頑張ってるよ」
「まあ、魏延は厳顔先生に無理矢理連れて行かれた様だが……」
「何となく想像つくかも……」
◇◆◇
「ああ……桃香様。私も……私もご一緒に~~!!」
「これ焔耶!口よりも手を動かさんか!!」
「ごふっ!? 」
嘆く魏延の頭上に重い拳骨が振り落とされた。厳顔に叱られ、急いで湯気が漂う鉄板の上で、へらを動かす魏延であった。
◇◆◇
「そういえば、楽進と李典も働いてたな」
「へぇ、そうなんだ?」
「確か、二人でお好み焼き作ってたぞ」
◇◆◇
「へい!らっしゃい!」
明朗活発な大声で客寄せする李典。屋台の方では、楽進が調理を行っていた。
「凪、どや?仕上げの方は上々か?」
「うむ、あと少しだ」
「そか、ならええんや―――」
と、李典は見逃さなかった。楽進が“危険!激辛注意!!”と書かれた札が張られている壺を取り出す所を。
「ってちょい待ちぃ!?」
「む?」
「む?やあらへんわ!なんやそれ!見るからに出したらあかん奴やろ!!」
「いや、これは隠し味にと思ったのだが……………………駄目か?」
「当たり前や!客に火炎放射吐かす気かい!んなもん却下や却下!」
「むぅ……いいと思ったのだが」
「そんなん、あんただけで充分や!」
残念そうに口を尖らせる楽進と、どっと疲れたように肩を下ろす李典。おかげで大火災ーある意味ーを引き起こす事を避けられた様だ。
◇◆◇
私服や浴衣に身を包んだ人混みの中を、昴は歩いていた。
「やっぱり、人多いな」
道行く人達を見ながら、改めてそう思わされる。そのまま歩いていると、見慣れた顔が見えた。
〈おーい!昴~!〉
「たんぽぽ、それに胡花」
こちらに向けて大きく手を振るたんぽぽ。名前の通り、蒲公英の絵が描かれている、丈が膝までの浴衣を着ている。それと、頭の左側には、可愛らしい狐のお面があった。
胡花は薄い青緑の浴衣で、藍色の髪には、綺麗な花の髪飾りが添えられている。
「ヤッホー♪」
「よう、二人で来たのか?」
「うん。今日、壱与ちゃんと一緒じゃないの?」
「ああ、璃々ちゃんと約束してたみたいでな。紫苑さんもついてくれてる」
胡花の質問に答えると、タイミングを見計らった様に。
「おっ、噂をすればだな」
昴の目線に合わせて、二人も振り向く。
二人の可愛らしい幼女が、手を繋ぎながらパタパタと走っていた。先程話していた、璃々と壱与の二人だ。丈が膝までの浴衣で、璃々が藤色。壱与が朱色だ。
そして二人を見送りながら、ゆっくりと歩いてくる女性―――紫苑。菫の花が描かれている濃い紫の着物。腰まである長髪や、彼女達の美貌も合わさり、大人の魅力を滲み出していた。特にご自慢の二つの果実は、着物の下からもその存在を誇示している。
「兄様」
「壱与、浴衣よく似合ってるぞ」
「ありがとう」
「璃々ちゃんも、壱与と遊んでくれてありがとな」
「うん!」
頭を撫でていると、嬉しそうに眼を細める二人。それを微笑ましそうに見守る紫苑。
三人を加えて、そのまま屋台の方を見てまわる。たんぽぽは綿菓子、胡花は林檎飴を食している。
「んっ?射的か」
ふと目に写った。様々な景品が的として置かれている。その景品の中に、可愛らしいパンダのぬいぐるみが置かれていた。
「………」
「どうした、壱与?欲しいのか」
ぬいぐるみをじっと見つめている妹を見て、昴は問いかける。その問いにコクリと頷く。
「お母さん、璃々も欲しい」
「そうねぇ……」
「璃々ちゃん、どれがいい?」
璃々が紫苑にねだっていると、昴が聞いてきた。それに対し璃々は、パンダの隣にある、茶色い熊を指差した。
「じゃあ、俺がとってあげるよ」
「いいの、昴君?」
「お気になさらず。いつも壱与が御世話になっていますし、そのお礼です」
紫苑にそう告げると、昴は射的に挑戦する。
「よし、やってみるか」
「そんな事言って、出来るのかな~?」
「まあ、流石に一発も当たらないなんて事はないと思うし、昴君がんばって」
愛する妹の為に人肌脱ぐ兄。
小馬鹿にする様にたんぽぽはニヤリと口角を曲げる。胡花は昴を応援する。
そして、昴は構えた。
――――結果、
「あ~あ、残念。ひとっつも当たらなかったね~」
髭を生やした店員が煙草をくわえ、にやけながら口にする。
昴の成果は、ゼロである。
あまりの結果に、たんぽぽは頬をひきつっており、胡花はどう声をかけたらいいか分からずにいる。紫苑は苦笑いを浮かべ、璃々と壱与は残念そうに、しゅん、と顔を暗くしている。
「……………はぁ~」
当の本人は、両手両膝を地面につき、落胆している。張り切ったはいいものの、その結果がこれでは……。
「えっと、昴君?私が挑戦してみてもいいかしら?」
肩にそっと手を置き、紫苑は昴に語りかける。
「紫苑さん………」
「大丈夫、仇をとってあげるから、ね?」
小声でボソッと呟き、片目を瞑りながら、紫苑は店の方に体を向ける。
「私もよろしいかしら?」
「おう、べっぴんさん!いいぜいいぜ!まあ頑張りな」
「ええ、そうさせてもらうわ」
鼻の下を伸ばした店員に、にっこりと微笑みかけた後、紫苑は銃を手にして構える。
そして、彼女の透き通る様な瞳は、 獲物を見つけた狩人の眼となった。
◇◆◇
ケチャップとマスタード。二つのソースが絡み、かけられたフランクフルトを頬張りながら、瑠華は歩いていた。
「モグモグ……」
「あっ、瑠華君じゃないですか」
モグッ?と、後ろを振り向く。そこには可憐な二人の少女がいた。ピンクの浴衣を着た朱里。金髪には、愛らしい花の飾りが付けられている。その隣には、濃い緑の浴衣を着こんだ香里。二人共、浴衣の雰囲気も交わり、可憐さが更に際立つ。
「やあ、二人共」
「瑠華君、お一人なのですか?」
「いや、一刀達も来てるよ。愛紗とも会ってさ。今は別行動とってるだけ」
「そう。なら、私達と一緒に行きませんか?」
「ん?別にいいけど」
「じゃあ行きましょ、ね?」
「ちょっ、朱里」
上機嫌になった朱里は、瑠華の手を引いて、屋台の方を見て回る。その姿を呆れながらも、微笑を浮かべる香里。彼女も二人の後を追う。
かき氷を食べて朱里が頭を抱えたり、香里がたこ焼きを食べて舌を火傷したり、変なお面を被った瑠華を見て二人が笑ったりと、楽しい時間を過ごしていく。
三人仲良く歩いていると、店の方から声をかけられる。
「ちょっとちょっと~、そこのお嬢ちゃん達」
声のする方を向くと、若い女性がこちらに手を振っていた。その女性は、三人が見知っている顔でもあった。
「あっ、【陳珪】先生」
「やっぱり♪孔明ちゃんに徐庶ちゃん。それに月読ちゃんも」
「ちゃんづけはやめて下さいよ」
「あら、ごめんなさいね?月読ちゃん♪」
魏軍の顧問である、陳珪。濃い水色の長髪を靡かせ、妖艶な雰囲気を漂わせている。青紫の着物で、更に美しさが増している。
はぁ~、とため息をつく瑠華。
「なんか用ですか?」
「そう言わないで。なにか見ていってよ。サービスしちゃうからさ」
「サービスって……」
見た所、型抜きの店の様だ。用意された型抜きの品を、ヒビが無く、無事に抜き取る事が出来れば景品が貰えるらしい。
「大丈夫♪簡単なものを用意するから。はいこれ」
「簡単………ねぇ?」
「はわわ……」
「こ、これは……」
三者共、ひきつった笑みを浮かべている。見た所、花だというのは分かる。が、細部までも再現されており、造形が隅々まで表されている。しかも一人十個ずつ置かれていた。
もう一度先生の方を方を見てみると、彼女はニコニコとしたままである。「なにか不具合な事でも?」と言いたげだ。
何を言っても無駄だと悟り、三人はチャレンジしていく。
◇◆◇
「シャオ様すごいです~♪」
「輪投げの天才ですね♪」
「ふふん、もっと褒めてもいいのよ~♪」
いつもリング状に纏めている髪を真っ直ぐに下ろし、赤色の浴衣を身に付けているシャオ。こちらも髪を下ろし、お揃いの桃色の浴衣を着ているニ喬姉妹。
孫尚香ことシャオが手首にぶら下げている袋。中にはお菓子やら人形やら、景品が大量に入っていた。
これらは全て、輪投げによって獲得した戦利品である。
「次はどこ行こっかな~」
辺りを見渡していると、一件の店が目に入る。
「型抜きかぁ、ちょっとやってみようかな」
行き先を決め、シャオはニ喬と共にその店に入る。同時に、見知った顔がある事に気づいた。
「あっ、孔明に元直じゃない」
「へっ?あっ、尚香さん」
「大喬さんに小喬さんも」
三人の存在に気づいた軍師コンビ。二人は型抜きの真っ最中で、机を机を向き合っていた。
「あらあら、尚香ちゃんにニ喬ちゃん達~♪」
「陳珪先生、シャオ達もやりたいんだけど」
「うん、大歓迎よ~♪」
陳珪は大いに喜び、シャオ達も挑戦していく。こうしてシャオ達も陳珪の売り上げに無自覚ながらに貢献していくのであった。
「きゃっ!」
「な、中々難しいわね……」
「はわっ!また失敗してしまいました~」
平常心と集中力が鍵となるこの型抜き。あと一歩という所でヒビが入り、水の泡となってしまう。
その繰り返しからどうにも逃れられずにいた。
「も、もう一回です!」
「絶対に成功させてやるんだから!」
再挑戦する朱里とシャオ。その二人に負けじと、自分達も挑戦する香里とニ喬姉妹。
健気に頑張る少女達を微笑ましく見守る陳珪。
(そういえば、瑠華くんはどうしてるかな~)
朱里達とは別の机で作業を行っている瑠華。陳珪は様子を見に行く。そして、目を大きく見開いた。
ミシンで布を縫っていく。それと同じ様な――最早ミシンそのもの――動作で型抜きを行っていた。
ガガガガガガガッ!!!
一挙一動何の狂いもなく、瑠華はこなしていた。その音に気づいた朱里達も、瑠華の卓越した能力を目の当たりにし、唖然としていた。
そして最後の一枚。
それすらも難なくクリアし、一息つく。
「先生、出来ました」
瑠華は見せつける様に十枚の型を陳珪に提出する。朱里達は驚きのあまり、手が震える事なく、時が止まったかの様に完全に停止していた。
自信満々に胸を張る瑠華。これで余裕ぶった先生を驚かす事が出来る。一種の達成感を抱いていた。
しかし、そんな彼の思惑に反する様に、陳珪の表情が崩れる事はなかった。それどころか、満面の笑みでいつもの美貌が更に増していた。
「おめでとう月読ちゃん♪」
「えっ、あっ、どうも」
「それじゃ、景品をあげるから」
ちょっと待っててね、と陳珪は店の奥へと進んでいく。予想だにしない結果に戸惑いを隠せないが、これはこれで別にいいかと自分を納得させる。
「瑠華君、すごいです!」
「正に神業でしたね」
「あんたヤバすぎでしょ!?」
「流石は瑠華様です♪」
「惚れ惚れしてしまいました♪」
少女達から高い称賛を受ける瑠華。それに照れていると、陳珪が戻ってきた。
「はぁ~い♪では景品を差し上げま~~す♪」
「…………………………はっ?」
瑠華は見た瞬間、間抜けた声を漏らしてしまった。
陳珪が手にしているのは、とても可愛らしい浴衣だった。群青色を主に、朝顔の絵が描かれている。長い振り袖に、フリルが付いた短い丈。
いや~~~な予感がする瑠華は、恐る恐る、陳珪に尋ねた。
「えっと、景品って…………」
「そっ♪景品は、この“プリティ浴衣を着て【浴衣美人コンテスト】に出場できる権”で~~す」
【浴衣美人コンテスト】
今年の夏祭りで行われる、催し物の一つ。出場する女性達の中から、誰が一番浴衣を着こなしているかを決める大会である。
「まさか、それを僕に―――」
「他に誰がいるの?」
「完全に罰ゲームじゃないですか!?他にいるでしょ適任者が!!」
「だって、華琳さんは家の用事で来てないし、他の子達も所用でいないんだもん♪」
「そもそも、僕男ですよ!?まず参加できる訳が」
「大丈夫大丈夫。ばれなきゃいいのよ、ばれなきゃ♪」
「教師にあるまじき発言ですね!?」
「いい?月読ちゃん。この催し物はね、町のPR宣伝にも役立っている。君にはその手伝いをしてもらいたいの」
瑠華の肩に両手を置く陳珪。その真剣な眼差しに、思わず身構えてしまう瑠華。
「決して君の女装姿が見たいからだとか、写真を撮って儲けようとか、グランプリに選ばれた出場者に贈呈される賞金が目当てだとか、そういう汚い思考なんてまったく持ち合わせていないんだからね」
「最低だ!生徒を金儲けに利用する最低教師だ!僕のほんのちょっぴりの感動を返せ!」
「というわけで、引き受けてくれるわよね?」
「冗談じゃない!誰がそんな事を―――」
逃げようとする瑠華。しかし、その場からピクリとも動けなかった。肩に添えられていた両手に力が入っており、瑠華を完全に拘束していた。
「引き受けてくれるわよね~~?」
陳珪のにっこりとした笑みには、どこか黒いオーラが漂っていた。背筋に寒気が迸り、抵抗が少々薄れてしまった。
「陳珪先生!」
「駄目ですよ!」
「同意見だわ!」
「まったくです!」
「そうですそうです!」
黙って事の次第を見届けていた朱里達も、ついに話に参加し始めた。
助け船が来た!と心中で安心する瑠華―――。
「もっと可愛くアレンジしないと」
「えっ?」
「スカートというのもいいですけど、もう少し手を加えた方が」
「あの、ちょっと?」
「どうせなら、猫耳なんかアリじゃない?」
「も、もしも~し」
「なら、尻尾もつけましょうよ!」
「し、尻尾?」
「じゃあじゃあ、語尾にニャン♪ってつけるとか!」
「に、にゃ?」
助けてくれるかと思いきや、瑠華そっちのけで陳珪の話にノリノリな少女五人。陳珪も少女達のアドバイスを熱心に聞き入れ、直ぐ様準備に取りかかる。
「あの、みんな……僕が出る事前提で話を進めてる?」
恐る恐る聞くと、
「そうですけど何か?」
見事ハモった五人。そのシンクロ率に一種の恐怖を抱く瑠華であった。
このままでは自分の黒歴史に更なる一ページが追加される事となる。それだけは避けなければならない。
行動は迅速に。瑠華は逃走を試みるも、
「さあ、衣装の準備が整ったわよ~♪」
「ぐえっ!?」
本気で走り抜ける筈が、陳珪に容易く捕縛されてしまった。彼女に抱き締められ、身動きが取れない。
「さあ、レッツお着替えタ~~イム♪」
「いぃぃぃやぁぁぁぁああああ!!!」
幼い悲鳴が、型抜き店の中から響き渡った。




