図書委員の君
「また、書くんですか?」
「ここが一番涼しいんで」
「一智くん」
僕の名前を呼ぶ声に振り向くと。
「頑張ってね」
瑞希さんは、図書委員だ。
夏休みで先生も来ないのをいいことに、当番を無視して遊びほうけている先輩に変わり、
瑞希さんもまた当番を無視して、毎日受付の椅子に座っている。
本を読むでもなく、携帯をいじるわけでもなく。
毎日毎日、ぼーっと夕方が来るのを待っている彼女の周りは、時間がゆっくりと動いているようで、とても心地がいい。
「はい」
瑞希さんは、リボンの色が深緑だ。これは、3年生であることの証で(ちなみに、僕は2年生だ)。
だけど僕に対してほとんど敬語を使うのは、お互いのことをほとんどよく知らないからなのだと思う。
事実、僕も彼女のことは「瑞希」という名前以外何も知らない。
きっと向こうもそうなんだろうなあ、そんなことを思いながら椅子を引く。
さて、書くか。
原稿用紙を広げて「よし」と呟く。そのときに目線の端で捉えたのは
瑞希さんの視線が僕から宙を見つめる虚ろなものに変わる瞬間。
少し前に、「何を考えているんですか」と聞いたことがある。
その時瑞希さんは「夏休みがずっと続けばいいなって思ってた」と、眠たそうな目をこすりながら答えてくれた。
それは確か、僕が図書室に通い始めた…7月の中旬、夏休みの初日。
初めて会ったのもこの日で、瑞希さんと過ごした時間は短いはずなのに
毎日ここに通っているからなのか。彼女とずっと前から知り合いだった気がしてならない。
今日も、そんなことを永遠と考えているのかな。
焦点が定まっていないぼーっとした目からは、何を思っているのかが予測しづらい。
たまに、そのふわふわした髪を盛大に揺らし、頭を机にぶつけているところからすると、目を開けたまま寝ているのかもしれない。
不思議な人。
その表現が、一番似合うのは瑞希さんだと思う。
だけど少なくとも僕は、瑞希さんの髪…その猫毛が嫌いではない。というかむしろ、好きだ。
だからなのか。
いくら暑い暑いと行っても、徒歩20分はある学校まで毎日通ってきてしまう。彼女に、会うために。
勿論、他にも理由は山ほどある。
僕は小説家になりたいなと密かに思っている。その小説が、この静かで独特な雰囲気を持つ図書室に来ると文がどんどん浮かんでくるのだ。
どんどん、どんどん。まるで、魔法みたいに。
あとは、本の空気管理とでも言うのか。
僕にはよくわからない温度の決め方だけど、とにかく図書室はクーラーが効いていて涼しい。
真夏の気温が大嫌いな僕には、嬉しい温度。
そんな理由の中に、彼女に会いたいという気持ちが入っているのは、別に僕の中でおかしなことでもなかった。
瑞希さんは普通に(綺麗、ではないけど)可愛いし、たまにはいる意味不明な発言も「天然」という名の愛嬌に変わった。
ただ少し、宙を捉えるぼんやりとした瞳に疑問を覚えたことはあったけど。
「夏休み、かぁ…」
ペンを握ってそう独り言すると、視界の隅で髪を振り乱しながら頭をぶつける彼女の姿を見た。
「はー、いたい…あ、見てました?」
「ちょっとだけ」
「…執筆活動、進んでますか?」
唐突に変わった話題に、見られていたことが恥ずかしいのかな、なんて考える。そう思うと、彼女の頬も何だか紅く見えてきた。なんというか、可愛い。
「執筆活動なんていう大したものではないですけど…少なくとも、書き始めの初日よりかは進んではいますね」
「そうですか」
うう、いたい。なんて言いながら額のあたりを押さえつける瑞希さん。
僕は思わず少しだけ口角を上げて、原稿用紙に目線を戻した。