さなぎの夢
「何だと? 君はガキドモンの販売を中止しろというのか!」
私が要請した緊急動議の内要を聞いた常務がいきり立った。
「あれは我が社が社運をかけて開発したインフルエンザ特効薬だぞ」
常務が怒るのも無理はない。ガキドモンは我が社の稼ぎ頭で、世界的にも注目されている新薬だったのだ。
「それを製造中止にせよと言うのは、よほど良くない症例が出たという事だね?」
創業者一族の社長が常務を制し、おだやかな口調で私に説明を求めた。
「いいえ、まだ。しかしこれから大変な事が起こる可能性があるのです」
会議場がざわついた。
「ご存知のようにガキドモンはインフルエンザウイルスを別のレトロウイルスで攻撃させ、カプシドを作れなくして無害化させるものです」
「そのとおりだ。結果として他の特効薬と同じようにウイルスは細胞から出られず、T細胞の攻撃を受ける。『わずか一日で回復しました』と多くの患者から感謝の手紙が届いているよ」
「ありがたいことです。我々調査部も感激し、誇りを持ちました。ところが、その手紙の文章の中に気になる共通点があったのです。どれも笑い話として書かれていたものですが、ガキドモンを投与された夜、自分が蛹になって動けないという夢を見たというのです」
「蛹? 蝶や蛾の、あの蛹かね?」
あちこちから失笑が起こった。
「そうです。そこで私はなぜ全員がそんな夢を見るのかと、提携関係にある栗の花医科大学・精神科の御堂教授に相談を致しました」
「よけいな事を・・・」
常務が不快そうに呟いた。
「教授の話では、全員に共通する身体的ストレスがかかっているということで、私は社内で回復した人を呼び出し、精密検査を実施しました。その結果、重大な事がわかりました」
「重大な事とは?」
「彼らの遺伝子に変化が見られたのです。具体的にはインフルエンザウイルスが持っていた遺伝子の一部が全ての細胞に転写されていたのです」
「何! どんな遺伝子だ?」
会場がいっせいにどよめきたった。
「インフルエンザウイルスはどれもカモ由来のものです。一説では、その遺伝子の中には宿主のカモから受け継いだものもあると言われています。調査の結果、ガキドモンを使用した社員の遺伝子の一部にカモの遺伝子が組み込まれていたのです!」
全員が絶句した。
「遺伝子組み換え人間か・・・。それはいったいどんな影響が出るんだね」
社長が脂汗を流しながら私に尋ねた。
だが、これまでに事例も無いことから、私としても明確な答えを出す事が出来なかった。
「わかりません。ただ、一つだけ参考になる動物がいます」
「それは?」
「水辺に住む生き物でオーストラリアにいるカモノハシです。この奇妙な動物のゲノムから今回調査した社員と同じ転写の痕跡がみられました」
「なるほど。カモノハシが哺乳類でありながら、卵生で口ばしがあるのはカモの遺伝子がレトロウイルスによって転写されたからだったのか」
社長がポンと膝を打った。
「社長、これで生物学上の謎が一つ解けましたね。って冗談を言ってる場合か! 即、ガキドモンの製造販売を中止し、病院から在庫を回収しろ!」
顔面蒼白の常務が全社員に回収命令を出した。
「なんとか被害が広がらないでくれ」
と、いう全社員の願いもむなしく、数日後・・・、
ガキドモンが流通しているイギリスから、卵を産んだ女性のニュースが飛び込んで来た。
これは、その後続々と誕生するHomo ornithorhynchus sapiens(カモの様な口ばしを持った人類)
が最初に生まれ出た瞬間だった。
( おしまい )
※・・・この話はフィクションです。




