プロローグ
夏といえば、怪談だ。
怪談といえば、夜だ。
今、俺は真夜中の教室で、不気味な雰囲気を感じながら、何もせず座っていた。
そもそも、俺がこんな時間まで学校に残っているのは、同級生の河口が原因だったのだ。
河口は、今日の昼休みに、
「暑いから涼む為に肝試しでもしようぜー」
とか言って、本当にクラスのノリのいい奴らを集めて肝試し大会を始めやがった。
俺もクラスの中では割とノリの良い方に入るので、何と無くそれに参加することになっていた。
で、今は親への連絡を済ませ、肝試しをしているところである。俺はゴール地点の見張り番。
なのだが……。
誰もこない。
本当に幽霊でも出たのだろうか、と俺は少し思考をホラー方面へ持って行った。
このままこれを考えているとヤバイ。はやく方向転換しないとマジで幽霊が出る……!!
……俺は生まれつき奇妙な『力』を持っている。
題して、『状況の“ジャンル“を変える力』だ。
どういうことかというと、例えば
夜の暗い道を不気味に思う→状況をホラーだと思う→幽霊でる
って感じか。
今のところそんなことになったことはないし、そういう時には別の事を考えるようにしているから、幽霊に出くわした事は無い。が、いつもそういう時は綱渡りなのだ。
実は物凄く怖がりだから、更に。
いつその事に気がついたかというと、
『ガタ……ガタ』
「うわっ!?」
……回想をしていても、深層心理は誤魔化しきれなかった様だ。
教室にあるロッカーが急に揺れ出した。
(やべえやべえやべえ!?)
これは確実にホラー影響だ。
別に考えただけでそのジャンルになるというわけではないが、このように度を越す位考えてしまうと、こういうことになるのだ。
『ガタガタ! ガタガタガタ!』
こうしている間にもロッカーは物凄い勢いで勢いを増しながら揺れている。
何と無く思う。……この中から絶対に、ロッカーの中で殺された男子生徒の幽霊が出てくる!!
『ガタガタガタガタ!』
早くジャンルを変えなけねば。
怖くないジャンル、この状況で怖くないジャンル……。
「……え、SF?」
宇宙人なら怖くない。そして宇宙人がロッカーから出てくる気もしない。
そう考えたので咄嗟に……本当に後に考えたら意味不明な行動だったが、それを深く考える余裕も無く、ジャンルをSFにしてしまった。
そして、ロッカーが開く。
中から現れたのは、
黒い何かの渦のような物だった。
「うわっ……何だこれ……」
渦は回転していて段々と大きくなっていっている。
SFで、渦……。
まさか、移動装置かなんかか?
思わず後ずさる。
だが、その瞬間、俺は渦に引っ張られていた。
「え」
物凄い勢いで渦に引っ張られる。
そして、あっという間に俺は、渦の中へと……入って行った。
渦の中は藍色の、それこそ宇宙の様な空間だった。
その中を、俺は前方向に引っ張られるままになっていた。
(SFの雰囲気で、ここからどこに向かうのか)
嫌な予感がする。
例えば火星とか冥王星とかまで飛ばされそうな。
ジャンルを……変えなくちゃ。
でも、何に?
ホラー……論外。
ミステリー……どうなるんだよこれから。却下。
コメディ……地味にヤバそう。これも却下。
恋愛……絶対に異世界で厄介なことになる。またも却下。
スポーツ……未知数過ぎて怖い。駄目。
ファンタジー……絶対にファンタジー系の異世界に行くだろ、それ。他の。
バトル……物騒。却下。
……全部駄目だぁ!?
などとやっている間にそろそろ渦は終点につこうとしているようだ。
光が差してきて、これはいよいよヤバイ!
……畜生、もうこうなりゃヤケクソだ!
「もう全部だ全部! 全部のジャンルだ!」
破れかぶれ精神で叫ぶ。別に声に出さなくても良いのだが、これはまあノリの問題だ。
俺が叫んだ瞬間、光が差していたそこは再び暗くなり、ぐねぐねと
引っ張られる方向が変わるようになってきた。
「おえ……」
まるでジェットコースターのようなその動きに、俺の体は限界を迎えていた。
つまり、
吐く! もうこれ吐く! 気持ち悪っ!!
そんな状況がずっと続く。
耐えきれず一分後には意識を失い……。
目覚めたら、知らない部屋で、奇抜な髪の少女に見下ろされていた。