大烏の神殿 2
まだ主人公にカッコイイ場面が出ません。
次回か次々回には主人公に活躍の場が出る!・・・かも?
「動かないでくださいませ、屑」
「邪魔ダ、阿呆」
「大人しくしてろなの、ロクデナシ」
何で俺はいきなり罵られているんだ。
大烏の神殿に潜り始めてすでに3日が経った。
すでに地下4階まで進んでおり、迷宮が終わっている。
居住区にでも入ったのか、中央通路を挟んで左右対称な造りとなっている区画を進んでいると突如周りの部屋という部屋からモンスターが湧き出してきた。
ボロボロになった布を纏い、同じくボロボロになったショートソードを持ったスケルトン。
迷宮にいたスケルトンよりも弱いと判断して良いのだろうが、さすがに数が多すぎる。
ざっと数えて30以上のスケルトンがこちらの前後を塞いでいる。
ここ最近仲良くなってきた・・・そう思いたい、イリスとフェルムが前を担当し、後方をイリスのパーティーメンバーが担当する。
俺は後方に加勢するため移動しようとした矢先に、先程の罵声を頂いた訳だ。
真紅に染めた革鎧を纏い、黒目黒髪の髪を縦にロールした人間女性の『ルーフス』が、木製の本体に鉄で補強した小型の盾を持ち、曲線を描く長い幅広の片手剣・・・ファルシオンを構えながらスケルトンに斬りかかっている。
迫るショートソードを盾で受け流し、返す刃で切りつける。
その隣にはエメラルドグリーンに輝く髪を背中まで伸ばし、首の辺りで1つに結った女性『ウィリディス』。
耳は先端がツンと尖り、その瞳は髪と同じ色を宿していた。
一枚の長大な布をまるで包帯の様に全身に巻き付け、要所を革とベルトで固定している。
その手には彼女の種族エルフが得意とする弓が握られており、放つ矢は的確にスケルトンの頭蓋骨を貫いている。
弓の持ち手部分には甲部分を覆うようにナックルガードで保護されている。
スケルトンに近寄られると、ナックルガードで剣を弾き返しそのまま矢を放つという離れ業を繰り返している。
その少し後方に、体長50cm程の光り輝く蝶の羽を備えた人型の存在・・・フェアリーの『アスール』がその小さな身体の周りに赤、青、緑色の直径5cm程の球体を浮かべている。
青色の布に黒で縁取りされた和服・・・大昔にアイヌと呼ばれた人々の着ていた衣装に似た服と帽子を被り、その両手には周囲に浮いている球体と良く似た透明の珠を持っている。
アスールが透明の珠を赤色の珠にぶつけると、赤い珠から炎が噴き出しスケルトンへ向かっていく。
その炎はスケルトンの腕へと当たり、その部分のみを焼き切った。
切り、撃ち、燃やす。
盾で防ぎ、ハンドガードで弾き、青い珠から氷の結晶を顕現させ剣を反らす。
三人の連携はまるで綺麗なダンスのようで、美しさすら感じる。
確かに、ここに俺が入っては流れを崩すだろう。
そんな事になれば、金属鎧で身体を覆っていない彼女達には、例えボロボロのショートソードしか持っていないスケルトン相手であっても致命傷になりえる。
本来ならここにイリスが加わり、フルプレートによる防御力とスクロールによる攻撃力が加算される。
それを望めない状況にもかかわらず、彼女達はスケルトンを順調に倒していく。
そして、20分程で周囲のスケルトンを全壊させたのだった。
「お疲れさん、いや~見事だったな」
「当たり前ですわね、今まで何もしてない情報屋さんにはこんな連携できませんわよね」
「一匹狼を気取るようナ輩は特にナ」
「友達がいないだけなんじゃない?なの」
戦闘に参加させてくれないのはお前らだろ、と言う言葉は飲み込んでおく。
この三日間で言うだけ無駄なのは身に染みているからだ。
だが、あの妖精後で覚えてろよ。
今日は周辺の部屋を使って夜営することになる。
普通の洞窟や迷宮と違い、この居住区には個室があるからだ。
勿論周辺の部屋は全て探索済みで、脅威は無いとの判断の上で更に簡易的な罠もイリスとフェルム以外のパーティーメンバーが設置している。
そして俺が今何をしているかと言うと、料理である。
悲しいことに、ここ3日間での俺の仕事は夜間の一番キツイ時間帯の見張り――3交代制の2番目――と、この料理当番と言う訳だ。
背負袋から固形燃料を取り出し、石で鍋を固定するための囲いを作る。
その中央に固形燃料を入れ、親指と中指に発火剤を塗りつけフィンガー・スナップで火花を発生させ火をつける。
何故こんな手間と指先に火傷を負う危険性を冒しているかと言うと、住人の連中に魔術で火を着けてもらおうと初日の夜に試みたが、全員俺の固形燃料を炭屑に変えたため従来のやり方で火をつけている。
細かい威力調整というのは難しいらしい。
一番驚いたのは、フェルムにやってもらった際に固形燃料どころか迷宮の床材ごと溶かしたことだ。
危うく俺も溶けるところだった。
「湯を沸かしている間に、明日必要になる分の水の確保を頼む」
「水?こんな地下迷宮のどこにあるってんだ?」
「あのな、イリス。こういう場所の水の確保の仕方くら・・・い」
そう言いつつ後ろを振り返ると、フルプレートを脱いだイリスがそこにいた。
フルプレートの下に着ていたのは身体を鎧との摩擦から保護する黒いインナースーツで、身体にピッタリとフィットしている。
いくら首から足元までを覆っているとはいえ、年頃の女性が男の前でしていい格好ではない。
「何だ?私のプロポーションにメロメロか?」
にやりと男らしい笑みでイリスがからかってくるが、いつもいつもやられてばかりでは無い。
「ああ、驚いたよ。我が親友の娘とは思えないほど綺麗だな」
「な、なにゅを、ラディいきなり!」
「あとは母親に胸が似ていれば完璧だったな」
きょとんとした顔で意味を考えていたイリスは、次の瞬間には真っ赤になって右ストレートを放ってきた。
それを掌で受け止め握りこむと、そのままの勢いで引き寄せ耳元で囁く。
「あまりからかうな、俺だって男なんだぞ?」
イリスの右手を放すと、そのまま背を向けて調理の続きに入る。
「部屋を出て西へ行け、突き当たりの壁に濡れている箇所がある。そこの壁の継ぎ目にナイフを突き入れて柄を下へ傾けろ。時間は掛かるが水が滴ってくるはずだ。あとは出発直前までその下に水筒を置いておけば良い」
自前の水筒から鍋へ水を注ぎ、空になった水筒を後ろ手にイリスへ渡す。
顔を見たわけではないが、恐らく怒りで真っ赤な顔をしていることだろう。
イリスはひったくる様に水筒を奪うと、そのまま部屋を出て行った。
こんな場面をあの連中に見られたら何を言われることやら。
イリスがチクら無い様に祈ろう。
保存食の中から干し肉と岩塩を取り出し、ナイフで削りながら鍋へと投入する。
岩塩の量は控えめにしておき、そこに乾飯を加えて煮込む。
乾飯と干し肉が良い具合にふやけた所でザワークラウトを加える。
これで完成だ。
食糧の調達が期待できないダンジョンではこれでもご馳走である。
だが、さすがに同じ物を3日間連続と言うのも辛いので、今日はとっておきを添えることにした。
背負袋からチーズを取り出し削り、ドライトマトを手で千切り入れた。
チーズが溶けたのを確認しかき混ぜ、味見をする。
思わずもう一口食べてしまうほど美味かった。
「出来ましたか?」
「おお、フェルムか?今日は取って置きを入れたから美味く出来た・・・ぞ・・」
そう言いつつ顔を上げると目の前には、ミスリル製の鎧どころかアーミングジャケットまで脱いだフェルムがそこにいた。
赤いスポーツタイプインナーの上下だけを身に着けている。
・・・すごいデジャブだ。
「一応聞いておくが、何をしているんだ?」
「・・・どうでしょうか?」
主語が抜けている、主語が。
「対抗してみたのですが」
「美しい、が、芸術品でも見ているようだ。男をからかいたいなら表情も魅せないとな」
「・・・勉強します」
そのままフェルムが脱ぎ捨てた衣服を指差した。
フェルムがどんどんイリスの影響を受けているような気がする。
無表情のまま、心なしか肩を落としながらフェルムがスゴスゴと遠ざかっていく。
正直、あれで恥じらいの表情でも見せていたら危なかったと思うがな。
渾身の出来の夕飯を器に注ぎながら、俺はこれからの晩餐に関心を移す。
普段より早くなった鼓動を誤魔化す為に。
その日の見張り、俺は皆が寝ている部屋の外の通路で周囲を警戒しつつ、左の掌から情報集約結晶を露出させた。
仮想現実の世界には情報集約結晶を持ち込めないが、何事にも例外はある。
例えば、正規品の情報集約結晶を闇市で購入し、左掌に組み込み身体の一部として持ち込むといった方法だ。
まぁ、そもそも情報集約結晶自体が生まれた際に住民票代わりに右手に埋め込まれる物のため余剰分、それも白紙の状態の物は殆ど流通などしないが。
露出させたそれを左目に当てる。
『大烏の神殿』入り口に、偵察用に撒いた『瞳』と呼ばれる極少の監視装置と接続する。
そこには様々な種族の男達が野営を行っていた。
最も多いのは人間、次いで犬、猫、豚、鳥顔の獣人、リザードマンも居た。
獣人は完全な動物の顔の者も居れば、人間と動物を足して平均化したような顔の者まで居る。
総勢11名にも及ぶ彼らは、俺達が『大烏の神殿』に潜った初日からここに留まっている。
攻略組みかと思っていたが、2日目に一人の男が現れた事でこの集まりの目的がわかった。
『悲鳴』のヴォロイ。
基底現実のプレイヤーで数少ない略奪行為を中心に活動する厄介者だ。
全身を軍用生体部品に入れ替えており、身長2メートル、体重120kgにもなる。
単純な筋力は同じ体格の常人と比べて約3倍に及び、その巨体に似合わぬ速さはアスリートに引けを取らない。
その体格と筋力で2層に張り合わせたプレートアーマーを纏い、通常の2倍の厚さを持つクレイモアを武器としている。
その二つ名はヴォロイの残虐性を示しており、プレイヤーは自ら自殺するまで嬲り、住人には死ぬまで拷問を続ける変態だ。
狙いは言うまでも無く俺達・・・厳密に言えば基底現実、仮想現実を問わずに有名なイリスパーティーだろう。
俺とフェルムがここに来ていることを知っているのは伯爵くらいなのだから。
ため息をつきながらこれからの事を考える。
イリス達がここに挑むのを知ったと言うことは、少なくとも俺以外の情報屋からネタを買った可能性が高い。
尾行であれば、エルフであるウィリディスが気づかなかった可能性は限りなく低くなるからだ。
万が一のことを考えれば、フェルムやイリス達もあんな奴と会わせるわけにはいかないだろう。
俺はもう一度ため息をつくと、解決方法を模索するために情報集約結晶へ意識を集中するのだった。