大烏の神殿 1
依頼の内容と、基底現実、仮想現実の説明だけで終わってしまいました・・・。
もっと掛け合いさせたかった!
地面、天井、壁も全て大理石のように滑らかな素材で出来た、高さ約2メートル、幅約3メートルほどのまるで迷路のような通路を進む。
10メートルも進めばすぐに次の曲がり角があり、常に前後を警戒しなければ進めない難所・・・これが『大烏の神殿』地下迷宮だった。
今立っている場所はT字状になった通路の真ん中だ。
左をイリス、右をフェルムが警戒し俺が後方を警戒している。
後方通路にはイリスのパーティーメンバーがモンスター用の罠を張る準備をしているが、そこを襲おうとするモンスターがいた場合俺が対処することになっていた。
迷路のように入り組んでいる通路、そこを音も無く近づいてくるスケルトンを、フェルムがミスリル製ガントレットを着けた拳の一撃で粉砕する。
まるで力の入っていないジャブのような一撃なのに、スケルトンが着ているスケイルアーマー諸共に吹き飛ばしているため、途方も無い威力が備わっているのが解る。
何でこっちを見て、心なしかドヤ顔してるんだ・・・。
反対側の通路では、専用にカスタマイズされたフルプレートを着たイリスが同じくスケルトンをスクロール発動の魔術で爆砕している。
こっちは完全なドヤ顔だな・・・。
「どうだ、ラディ!一撃だぜ!」
「私も一撃です」
何でそんな事で張り合うんだ。
いや、俺に対しての自慢なのかもしれない。
今回はほぼフル装備に近いが、それでも俺ではあのスケルトンを一撃では倒せないからな。
俺は右太股に仕込んでいる短剣を撫でながら、互いに睨み合う――フェルムは無表情のままだが――2人を眺め、この状況に陥った出来事を思い出していた。
「このフェルムは私の知り合いの娘さんでね。とある事情で大量のお金を必要としているの」
「金?だが、その装備はミスリル製だろう。ミスリル装備で全身を覆えるような者が金に困っているとは思えないんだが」
そう言いつつ紹介されたフェルムを見ると、何も言わずにジッと俺を見つめ続けていた。
まるで人形のように無表情なため、何を考えているかは読み取れない。
そもそもミスリル装備を自分の体格に合わせて作成している段階で、並みの金持ちではない。
一般的に鉄や鋼鉄で作成するフルプレート等は、パーツごとに付けられている留め具や革部分を調整することで自分に合わせて着るのが普通だ。
これは規格を合わせる事で破損箇所の交換や、製造の際のコストを下げるために行われる。
だがこれを自分用にオーダーメイドしようとすると、採寸から製造まで複数人の職人が必要となるためコストが跳ね上がる。
具体的な例を上げると、イリスの着用しているフルプレート――大昔の騎乗用全身鎧をドワーフが歩兵用に最適化した重装鎧――は、共通規格を買うと金貨70枚だ。
これは、一般的な家庭の3~4ヶ月分の生活費にあたる。
だがこれをオーダーメイドで作成する場合、白金貨2枚金貨50枚まで上昇する。
この金額は、もし手数料が掛からず基底現実に換金できれば、相場にも因るが約300万近い大金になる。
イリスの場合、彼女の母親が着ていたフルプレートを打ち直ししたため安く手に入れたが、それでも白金貨1枚以上はかかっているはずだ。
鉄や鋼鉄の組み合わせでこれなのだ。
金属自体の価値が鉄の比では無いミスリルだった場合は一体どれほどかかるのか。
しかもミスリルを鎧に加工するためにはその性質上、エルフによる祝福とドワーフによる鍛冶鍛造が必要になるため材料さえあればいつでも造れるというものではない。
そんな鎧を着ている者に金が必要とは、一体どういうことなのだろうか。
「それにも理由があるのよ。けれどそれは言えない約束になってるの」
「聞くなって事か?」
伯爵は薄く微笑むと、その目に強い光を宿して聞いてくる。
「フェルムと一緒に、未だ手付かずの遺跡を探索して財宝を手に入れてみたくない?遺跡の情報自体はフェルムが知ってるわ」
「確かに手付かずの遺跡は魅力的だ。だが、それなら相方に俺ってのが益々不明になるな。」
情報屋に手付かずの遺跡の情報など教える馬鹿はいない。
そんなことをしたら、次の日には大勢の冒険者がその遺跡に突入することになるからだ。
だが、そんな俺の疑問をフェルムの一言が封殺する。
「私はエナトンが出生地です」
「・・・なるほど、ね。つまりそれを知っていて俺を選んだと」
「はい、それに貴方を見たときは驚きました。あの頃のままなのですね。」
「・・・この世界の住人にも長命種は居るだろう?基底現実の俺達にも細胞の寿命を延ばす手段があるんだ」
「そうなのですか、プレイヤーには詳しくないもので」
過去に俺は、エナトンという街で犯罪を犯している。
それこそ、プレイヤー、住人問わずに知られるとやっかいな事になるほどの。
それを知られていると言うことは、口止めのための道は3つしかない。
従うか。
殺すか。
仮想現実に繋ぐことを止めるかだ。
3つ目は論外だ。
俺はこの世界が好きなのだ。
とりあえずは、1つ目の選択肢を選ぶことにする。
「それで、フェルムの依頼を受けるの?それとも断る?」
すでに答えが解っているだろうに、確認を取ってくる伯爵を忌々しく睨む。
伯爵がイリスを通じて俺に言っていた『バラす』とはエナトンのことだろう。
他にも周りに知られると困る事はあるが、エナトンの件は致命的だ。
住人の蘇生は大金が必要だが、それを簡単に実行できるだけの資金がこの伯爵にはあるのだから。
「依頼を受ける」
伯爵ではなく、フェルムを見ながら宣言する。
「今日から俺はフェルム・ユウェニスと共に行動しよう。接続は10日間、1日のインターバルを置いて次の10日間と繰り返す。接続料をそちらが支払う、俺は用意できうる限り最高の装備で臨む。それ以外に何かあるか?」
「ありません。唯一つお願いがあります」
「何だ?俺を雇うんだ。お願いなんて言わずに命令すれば良い」
その変わらない無表情に真剣な空気を纏わせながらフェルムは言った。
「私を見ていてください」
その後、一旦接続を切り、個室で再接続した後フェルムと落ち合った。
その行き先が、偶然にも『大烏の神殿』だったのである。
フェルムが言うには、彼女の一族は代々財宝を集めており自分が死ぬ際にその財宝を隠すらしい。
勿論大量の罠と守護者を配置してだが。
これは力有る者にこそ受け継がれるのが財宝の為である、というフェルムの一族の考えらしい。
そのため、相続等といった親族間のやり取りは一切無い。
一族に伝えられるのは何処に隠したのかという場所を知らせるのみらしい。
その1つが『大烏の神殿』
移動に関しては、俺が位置情報を記録していたため伯爵のポータルを使って瞬時に完了した。
恐るべきは金の力である。
移動した先で、『大烏の神殿』周辺のスケルトンを一掃したイリス達のパーティーと鉢合わせしたのだ。
その際に色々あったのだが、結局は財宝を見つけたら山分けという事で話がついて今に至る。
「イリス、先は長いんだ。そんなにスクロールを簡単には使うな。仲間に任せれば良いだろう」
使う毎に消費してしまうスクロールをスケルトン相手に使うのも勿体ない。
スクロールはそれ自体が高価なマジックアイテムなのだ。
「何故スクロールを使っているのですか?先程の火炎球なら魔術として唱えたほうが楽なのではないでしょうか?」
「そういえば、プレイヤーには詳しくないと言っていたな」
フェルムの疑問に答えるべく説明する。
「俺達プレイヤーは魔術を使えないんだ。魔術を使えるのは、この世界に生まれた住人だけだ。俺達が魔術を使うためにはスクロールに頼るしかない。」
そう言いつつ、イリスの使ったボロボロのスクロールを指差す。
「その代わりに俺達プレイヤーにはレベルがある。レベルが上がる事で手に入れたポイントを、自分が引き上げたい部位に割り振る事で身体能力を上げることができる。腕力に割り振れば普段は持てない武器を振り回せたり、自分より大きな相手に力比べで勝てたりする」
それでもオーガ等の大型モンスターには敵わないがな、と付け加える。
「ここで大事なのは、俺達プレイヤーは接続した時の身体能力を元にレベルが加算される。伯爵邸で少し話したが、基底現実では寿命を伸ばすために自分の身体を生体部品と取り替えることも出来る」
「つまり、基底現実で戦闘用の身体を手に入れることが出来れば、この世界では更に強くなれるということですか」
フェルムの推察に頷く事で答える。
「まぁ、何事にも例外がある。接続するための保護カプセルより大きな者は無理だな。あとは、保護カプセルに収まっても明らかに人間の形から外れているのも無理だ。基底現実の武器を持ち込みたければ、体内に埋め込むしかない」
実際にプレイヤー最高レベルを誇る『砲身』は、右腕を改造している。
常人の三倍弱の太さの右腕に圧縮空気砲を仕込み、それを使ってモンスターを狩り回っているそうだ。
「とは言え、こんな事をできるやつはそうはいない。大概のプレイヤーはこの世界で接続料を稼ぐので精一杯なんだ」
「それは何故ですか?話を聞く限りプレイヤーは優遇されているように感じますが」
「まぁ、基底現実では仕事が無くて収入が無い奴なんざ山ほどいるとか色々理由があるが、一番の理由は俺達プレイヤーがすぐに死ぬからだ。レベルがどれだけ上がろうと身体は基底現実を基準にしている。つまりある程度以上に強い敵との戦いは、常に即死する可能性があるんだ」
大物を倒した後に気を抜いて、ゴブリンやコボルトに殺されたプレイヤーの話など枚挙に暇が無い。
「それに、他にも理由があってだ」
「ラディ、長すぎる。そんな事はここから出てからゆっくりとやってくれ」
他にも換金効率やモンスターの出現場所、繁殖時間などの話をしようとした矢先にイリスに止められる。
確かに、モンスター蔓延る遺跡内で話す内容では無かった。
「その説明好きな性格は何とかしたほうが良いぞ?特に周りが見えなくなるほどに熱くなるのもな」
「確かにそうですね。先程のスケルトンがまた近づいてきているようです」
その言葉通りに、先程と同じく左右両方の角からスケルトンが姿を現す。
右手のナイフを抜きつつイリスに加勢しようとするとイリス、フェルム両方から止められる。
「ラディ、そこに待機して私がヤバクなったら加勢してくれ」
「貴方はそこで待機、私のほうを見ててください。ラディ」
「おい、何でお前がラディって呼ぶんだ!そう呼んで良いのは私だけだぞ!」
「呼び方に許可が必要なのですか?私はラディの雇い主です。どう呼ぼうと私の自由かと」
人の呼び方で言い合いながらも、イリスは両手で持ったヘビーメイスの一撃でスケルトンの持っていた盾を、更に追加の一撃でスケルトン本体を押しつぶし、フェルムはまたも拳で粉砕している。
あれ?俺って要らなくないか?
俺の後方の通路から、イリスのパーティーメンバーが近づいてくる。
どうやらモンスター対策の罠を仕掛け終わったようだ。
漸く先に進めることに安堵しながら、目の前の2人の言い争いをどう納めるか、俺は悩みながら近づいた。
願わくば、トバッチリに巻き込まれませんように。