仮想現実『依頼』
ようやくヒロインを出せました。
次からはヒロインと主人公の掛け合いも出せそうです。
目の前を、メイド服を着た人型のドラゴンが歩いている。
竜人と呼ばれる竜人族だ。
メイド服を着ていることと、ピンク色の鱗から女性だと思うのだがドラゴニュートの性別は見た目での判断が難しい。
まぁ、竜人は男女の区別無く鱗の色が違っているため、ピンク色でも男というのは普通にありえるから困る。
歩くたびに左右に揺れる尻尾を踏まないように、少し距離を取って付いて行くと一際大きな扉の前まで案内される。
メイドがドアをノックして扉を開けると、そこは大きな広間になっていた。
10人以上は座れそうな豪華なテーブルの上座に、絹糸のような黒髪を肩まで伸ばした妙齢の女・・・二枚舌伯爵が座っている。
着ている服は、白い公務用婦人服に金糸を惜しみ無く使った豪華な物だ。
すでに年齢は40を超えるはずだが、衰えを見せない美貌は健在だ。
向かって右側、伯爵から少し離れた席にはイリスが座り、その反対の席にはスープ、ステーキ、ライスという簡単な食事が用意されていた。
伯爵の背後には、食事を運んできたであろう人間のメイドが控えている。
「遅かったわね、すでに食事は終わってしまったわ。残り物だけど用意してあるから、食べなさい」
まだ湯気を立てているスープを見るに、俺が到着してから用意したのだろう。
それを残り物とは、さすが金持ちは違う。
イリスのパーティーメンバーが見えないが、どうしたのだろう。
「依頼を聞かないことには、な。食べたら契約成立なんて言われたらかなわない」
「あら、私がそんな騙すような真似をするとでも?」
二枚舌伯爵が何を言うか。
その質問には肩を竦める事で答える。
「まぁいいわ。まずは座りなさい。話はそれからよ。」
今まで黙って見ていたイリスを見ると、露骨に目を逸らされた。
・・・食べたな。
竜人メイドに礼を言い、席に着く。
彼女はそのまま移動し、伯爵の後ろに控える。
「それにしても久しぶりね。何時以来だったかしら?」
「危うく貴族殺しの犯人にされそうになった時以来だから、3ヶ月程だな。」
「あら?自分のミスを私のせいにするのは良くないわ。まぁ、貴方が追われてたおかげでこちらも秘密裏に活動できたのですけれど、ね。」
「追われる原因になった情報の出所が一向に判明しないんだよな、俺が大馬鹿侯爵を調べてたのを知ってた人物は限られてたはずなんだが」
「馬鹿な奴ほど身の安全のための策を練るのを得意にしているものよ?運が無かっただけ、気にしないでね?」
「何故俺が悪いことになってるのか解らんね」
何を言っても流されるのは想定済みだ。
こちらも報酬を貰った以上、今更責めるつもりも無い。
今のは唯単に、嵌められたのを思い出したので嫌味を言いたくなっただけだ。
イリスに目を向けると、さきほどから目を背けたままだった。
イリスは昔から、何かやましい事があると俺の目を見ない癖があった。
「で、イリス。お前のパーティーはどうしたんだ?」
「あいつ等は一足先に準備に行ってるな」
「成る程、で?俺に頼みたい依頼というのは何だ?」
嘘だとは解っているが、そこは無視する事にした。
そのまま二枚舌伯爵へ問いかけると、ニコリと優しい笑顔を向けられる。
マジ怖い。
「では、イリスさん。ありがとうね。これが報酬よ」
そう言うと、イリスの前に先程の竜人メイドが重そうな袋を置く。
何故今イリスに報酬が発生したんだ?
「ありがとうございます。報酬は確かに受け取りました。では、私はこれで。」
イリスが普段使わない話し方で礼を言っている。
気持ち悪い上に、嫌な予感しかしない。
「おい、どういうことだ?」
「悪いなラディ、私への依頼はお前をここまで連れてくることだったんだ」
・・・やられた。
確かに、俺に直接ラスヴィム伯爵から依頼があっても絶対に受けなかっただろう。
それを見越した依頼ということか。
恐らく、以前イリスが言っていた金が無いという話もこの調子だと嘘の可能性が高い。
二枚舌伯爵の入れ知恵か?
「後で覚えてろよ。」
「あ~、じゃあ私は行くぜ。仲間が『大烏の神殿』へ行く準備をしてるんでな」
成る程、イリスのパーティーメンバーがいないのはそういう意味か。
今後はイリスの頼みにも気を付けないといけないらしい。
あの考えるのは苦手を公言していたイリスが、こんな策を思い付いたと考えると感慨深い思いもある。
情報屋として裏をとらなかった自分にも落ち度がある、と無理矢理納得することにした。
イリスが、そそくさと部屋を出るのを確認するとラスヴィム伯が口を開く。
「貴方がこんな簡単に騙されるなんて、余程あの娘が可愛いのねぇ」
「親友の娘だからな、可愛いさ。それにどうせ伯爵の事だ、下調べしてイリスに依頼を持ちかけたんだろ」
「あら?伯爵だなんて他人行儀ね。ラスヴィムと呼び捨てでも構わないのに。」
こちらの問いに答えず、はぐらかすのも以前と変わらない。
「で、伯爵。俺への依頼ってのは何なんだ?」
「相変わらず人の話を聞かないのね、情報屋としてそれで大丈夫なの?」
お前が言うな。
「まぁ、からかうのもこれくらいにして本題にはいりましょうか」
「そうしてくれると助かるな、伯爵様もお忙しいでしょうしね」
俺の嫌味に、柔らかい笑顔で答えると竜人メイドを呼ぶ。
「連れてきて」
一礼してメイドが出ていくのを見送ると、俺は目の前にある食事に手を伸ばした。
どうせ依頼を受けることになるんだったら、食っても問題ない。
一口スープをスプーンで口へ運ぶ。
・・・さすが貴族の食事だ。
基底現実で食べたステーキも美味かったが、贅の限りを尽くされた料理とは比べ物にならない。
魚介系のスープは旨味が濃縮されており、一口含むごとにまた次の一口を身体が要求してくる。
厚く切られたステーキはナイフが必要ないほど柔らかく、それでいて肉独特の食感を残している。
焼き加減も申し分無く、噛み締めると肉汁が飛び出してくるほどだ。
先ほどまで放置していて冷めているのに、ありえないほど美味い。
1つ不思議なのは、用意されているのがパンではなくライスだと言うことくらいか。
伯爵はパンが主食だったはずだが・・・。
そんな俺の疑問を見透かしたかのように伯爵が口を出す。
「貴方が来るからライスにしてみたの、パンよりもライスのほうが好きだったでしょう?」
「一体どんな無理難題を押し付けるつもりなんだ?」
「ふふ、もうすぐ解るわ。それより、マナーなんて気にせず何時も通り食べなさい。貴方はそんな上品に食べるの苦手でしょう?」
「さすがにこの料理を前にするとな、食い散らかすみたいで気が引ける」
「あら、私はあの食べ方好きよ、見ていて気持ちが良いし。まぁ、自分が同じ食べ方をしようとは思わないけれども、ね。」
以前嫌がらせで食い散らかしたのがお気に召したらしい。
どこまで本気かは解らないが、伯爵様の許可が出たのなら遠慮する必要も無いだろう。
半分ほどに減ったスープにライスを放り込み、一口大に切ったステーキをその上に落としスプーンでぐちゃぐちゃに混ぜ合わせると、スープ皿に口をつけて掻き込んだ。
俗に言う犬飯食いという食い方で、人によっては非常に嫌われるが俺はこの食い方が大好きだった。
伯爵の後ろに控えていた人間のメイドが顔をしかめていたが、当の伯爵の許可が出ているため何も言ってこない。
数分もかからずに食い終えると、扉がノックされる。
この間、伯爵がこちらをニコニコと笑顔で見つめていたのが気になったが、どうせからかわれるのが落ちなので無視する。
「入りなさい。」
伯爵が声をかけると竜人メイドが一人の少女を連れて入ってくる。
瞬間、息をするのも忘れて見入ってしまった。
腰まで伸びる髪の毛は、室内を照らす魔法灯の明かりに光り輝くように反射する銀髪。
最高級のルビーを思わせる真紅の瞳。
まるで人形を思わせる整った顔立ち。
着ているのは女性らしさを前面に押し出した白銀のアーミングジャケットに、光り輝く金属製の防具を肩、胸、腕、膝まで伸びるブーツに付けている。
あれは恐らくミスリルだろう。
腰を覆うスカートはかなり短くなっており、膝までを覆うミスリル製のブーツから上に何もつけていない事もあり太股が大きく晒されていた。
真っ白な肌と白銀のジャケット、同じく白銀に輝くミスリルと相まって天使を彷彿とさせる。
白銀に輝く全身に対して、目の真紅が一層引き立ちその存在感を増していた。
「あら?気に入っていただけたかしら?彼女が今回の本当の依頼人、フェルム・ユウェニスよ」
伯爵からの紹介に、フェルム・ユウェニスと言う名の少女が目線をこちらに向けた。
年齢はイリスより少し上に見える。
その真紅の目に見つめられると、年甲斐もなく鼓動が高鳴ってしまった。
「フェルム・ユウェニスです。今回貴方には私の旅に同行願います」
茫洋として感情が込められていない声。
透き通るような細い声だが、不思議と耳に残る。
「ブラッタ・リーディクルス。貴方への依頼は、フェルム・ユウェニスの旅に同行し世界を廻ること。拘束期間は無期限。接続料はフェルムが支払うわ。装備は貴方の持ってる中で最高の物を用意しなさい」
「待て、何故俺なんだ?護衛ならもっと適切なヤツがいるだろう」
「フェルムからの指名なのよ。こんな美少女に指名されたのよ?グダグダ言わずに依頼を受けなさい。それに誰がフェルムの護衛をしろと言ったの?」
「それはどういう意味だ?それに俺はこの子に会ったおぼえがな」
「よろしくお願いします」
・・・頼むから、俺の話を聞いてくれ。