美味しい食事
まだヒロインが出てきません・・・。
次回には、次回には必ず!
最も換金効率の良かった白金貨を現金化したため、予定額を大幅に上回る金額を獲得できた。
現金として手元に70,000クレジットも残したため、久しぶりに贅沢をすることとしよう。
接続端末のある建物を後にすると、外は霧により薄暗い夕闇に包まれていた。
空を見上げれば、高所得者を対象とした天に向かって聳え立つ巨大なビルが見えた。
雲を割るほどに高いビルは、太古の昔に人間が神を目指した塔を思い起こさせる。
それを対象とするならば、この霧に囲まれた底辺の世界は一体どのような神の怒りをかったのだろう。
社会一般的に、仮想現実で金を稼ぐ俺のような人種は無職とみなされる。
発達した科学技術と社会の徹底した機械化により、高福祉低収入が実現してしまった社会において、失業者とは最低限の生活を維持するだけの存在と化した。
生活物資の需給システムが徹底管理されている今現在、現金でなければ手に入れれない物は数多くある。
新鮮な肉、野菜やタバコ、コーヒー等の嗜好品、そして女にいたるまで。
俗に言う闇市では、情報集約結晶によるデータバンクから直接支払いは出来ない。
その殆どが非正規の手段で入荷された闇市では、売買記録が保存されてしまう支払い方法など使われるわけがなかった。
そんな闇市の一角、雑多に肉が並べられた店に入る。
まるでプロレスラーのような筋肉を纏った店主が、店の奥で肉を捌いている。
素人目には何の肉かは解らないが、大きさから見るに牛だろうか?
出所不明の肉もよく入荷しているため、種類の指定は重要だ。
「牛肉のランプ肉を300gくれ。」
「12,000だ。」
「ぼったくりだろ。9,000」
「ふん、希少な部位だ。11,000」
「間を取って10,000だな。そのまま腐らせるよりはマシなはずだろ?」
ふん、と鼻を鳴らしながら店主が手を差し出してくる。
現金で10,000を手渡したあと、肉を受け取る。
その足でレタス、チコリ、トマトを仕入れそのまま自宅に向かって歩き出した。
すでに日は落ちて、夜になっていた。
端末を後にした時に比べれば、霧はかなり薄れている。
暗い夜を歩きながら空を見上げるが、雲一つ無い空なのに星は見えなかった。
肉がフライパンで炙られる香ばしい香りと音を楽しみながら、塩と胡椒を振りかける。
ステーキにするならサーロインが一番なのだろうが、肉の脂身が苦手な身としてはランプ肉等の柔らかく、肉の味が濃厚な部位が最高だ。
レアに焼き上げた肉を皿に取り、サラダにドレッシングをかけてテーブルへ運ぶ。
同じく闇市で手に入れた安物の赤ワインをグラスへ注ぐ。
分厚いステーキにナイフを入れ、一口台に切り分け口へ運ぶ。
肉に歯を立てると、口の中一杯に肉汁が広がり、柔らかい肉の繊維を断ち切る心地良い感触が俺を幸せの只中へと運んだ。
柔らかい肉を噛み締めながら味わう。
噛む度に溢れる肉汁に、ランプ肉にして正解だったという思いが確信に変わる。
口中の肉汁をワインで流し、サラダを頬張る。
野菜特有の青臭い香りは、ドレッシングでうまく押さえられ爽やかな旨味が広がる。
小気味の良い食感を楽しみ、更に肉に齧り付こうとしたその時、情報集約結晶が呼び出し音をダイレクトに脳内に響かせた。
「発信先は・・・イリスか」
・・・無視しよう。
いつもの配食所での硬いパンとぬるいシチューとは違い、今日は久しぶりの豪華な食事だ。
心行くまで暴食の限りを尽くしてからでも遅くは無い。
肉を切り分け再度口に運ぶが、数分経っても呼び出し音が鳴り続けていて食事に集中できない。
しぶしぶ食事を中断して回線を繋ぐことにした。
情報集約結晶を通じての会話なので食事をしながら話すことなど造作ないのだが、食事は食事で集中したい。
「うるさい、何分もずっと鳴らし続けるのはマナー違反だと思わないのか?」
「ラディ!本当にパーティーに誘われたぞ!」
イリスが俺に付けたあだ名で呼んでくる。
ブラッタ・リーディクルス・・・略してラディ。
どうも、俺をブラッタと呼ぶのもリディと呼ぶのも嫌らしく無理やり付けられた。
そのため、俺をそんなあだ名で呼ぶのはイリス以外にいない訳だが。
「元々パーティーで接続したんじゃなかったのか?野郎共にモテてるって話題なら遠慮したいんだが」
「違う!今『ヴィスダラストリクス』にいるんだが、貴族からの依頼で屋敷に来ないかって誘ってきたんだ」
「・・・で?それで何で俺に連絡してきたんだ?行ってきたら良いだろう」
「何か依頼したい事があるとかでな、それでその依頼にはお前も一緒にってのが必須条件だったんだ。」
嫌な予感しかしない。
そもそも仮想現実世界である『The Ghost in the cyber』には住人と呼ばれるNPCが配属されているが、そのどれもが俺たちプレイヤーに対して好感を抱いているわけではない。
むしろ嫌われている事のほうが多いくらいだ。
彼らにしてみれば、プレイヤーは街周辺のモンスターを倒す冒険者であると同時に、国の法が効かない範囲ではいつ盗賊になるとも知れぬ厄介者だ。
事実として行商人が襲われたり、片田舎の小さな村がプレイヤーによって襲われ全滅した事件だって起きている。
軍によって討伐されたとしても、1日のデスペナルティ期間さえ終われば再度ログインしてくるプレイヤーはアンデッドよりも厄介な不死者として認識されている。
勿論、住人殺しはプレイヤー間でも忌避されるし、仮想現実での活動に確実な悪影響があるため行う者は少ない。
しかし、仮想現実の世界で『生きている』彼ら住人に取って、プレイヤーとは最も敵に回したくない存在であると同時に最も利用しやすい存在だ。
プレイヤーの最大のプレイ目標は現金を稼ぐことにある。
仮想現実での金銭を現実世界に持ち帰るのが、一般的なプレイヤーの最終目的であると言っても過言ではない。
そのため多額の報酬に騙され、取り返しの付かない犯罪の片棒を担がされたり、国単位での指名手配を受けることもある。
そういったプレイヤーには懸賞金がつき、住人による軍隊や賞金稼ぎ又は他のプレイヤーに狙われる事になる。
一定期間で懸賞金が消滅することもあるが、接続先が割れている場合には現実世界で他プレイヤーから脅しをかけられ、仮想現実に無理やり接続させられ殺される事もありえる。
ここで話を戻すと、貴族からプレイヤーへ直接の依頼は殆ど聞いたことが無い。
そもそも、プレイヤーに依頼を出したい場合は冒険者の店へ問題をもって行くのが普通だ。
プレイヤーと直接関わりあって問題が発生したときのリスクが高すぎるからだ。
イリス率いるパーティーは、新たに見つかった遺跡や洞窟を探索する事で有名だから解るが俺も必須というのが解らない。
個人的にこの街で知り合いの貴族と言うと、一人しか思い当たらないが・・・。
嫌な予感しかしない。
情報屋としてソロ活動をしている俺は、どちらかと言えばプレイヤーに有名であってNPCにはそれほどでもない。
・・・ある地域を別にすればだが。
「何で俺なんだ?俺は古参だからレベルはそこそこ高いが、パーティープレイ向きのステータスじゃない」
「知らない。こっちとしても、貴族と知り合える絶好のチャンスだしな。是が非でも来て貰うぜ?」
「その貴族の名前は?」
「聞いて驚け、なんとあの大貴族『ラスヴィム伯爵』からだ!」
「断わる」
予想通り最悪の相手だ。
不動産関係や企業への投資と、冒険者やプレイヤーへの出資が成功した結果、大儲けしている女性貴族。
首都の大企業で、彼女の息の掛かっていない所は無いとさえ言われている。
爵位は伯爵だが、その資金力に物を言わせた影響力と発言力は公爵と肩を並べるとさえ言われている。
通称は二枚舌伯爵。
確かにプレイヤーを雇う貴族としては最も妥当な相手だろうが、俺にとっては二度と会いたくない相手だ。
「そう言うと思った。で、断わられたら場合の伝言がある。」
「聞きたくない」
「来ないとバラすぞ。だとさ」
あの二枚舌伯爵に握られている弱みなのか、物理的に殺すぞと脅されているのか判断が付けづらい。
まぁ、あの伯爵なら両方共やってきそうだが。
「イリス、悪いことは言わない。その二枚舌伯爵から依頼を受けるのは止めたほうが良い」
「冗談言うな。こんな美味しい話に乗らないほうがありえないだろ」
「つい先程『大烏の神殿』周辺情報を渡したばかりじゃないか。そっちを探索すれば良いだろう?」
「はん、今回の接続である程度以上の稼ぎが無かったら、次回の接続料どころか家賃が払えなくて追い出されそうなんだよ。だから、まずは確実に報酬が手に入る依頼を受けたいんだ。」
そこまで切迫していたのは知らなかったが、俺としてはイリスに貴族と関わりあって欲しくは無い。
だが、イリスが困っているなら手を貸してやりたいのも事実だ。
「家賃が払えないんだったら、実家に帰ったらどうだ?家賃代を接続料にまわせるだろう?」
「あの家に帰るくらいだったら、ラディの家に転がり込んだほうがマシだ。その次が野宿だな。」
それはどういう意味だ・・・。
イリスの父親である我が親友に、娘をよろしく頼むと言われている以上、イリスに野宿なぞさせる訳にはいかないか。
俺の部屋に同居させるのは、最初から選択肢には無い。
「な?頼むよ。ラディ。私を助けると思って」
「仕方ないな。今回だけだぞ。あと、俺が教えた金策はどうだったんだよ?」
「あれか?確かに儲けさせてもらったが、私のパーティーで山分けしたから一人一人は金貨2枚くらいだったな。」
「おかしいだろ、一人頭金貨4枚にはなるくらい儲けれる話だったはずだぞ」
「ああ、パーティー強化のために呪文書を買った後で分けたからな」
忘れていた。
イリスはこういう奴だった。
自分の欲しいものを優先して買ってしまう性格。
まぁ、それを容認しているあのパーティーメンバーにも問題はあるだろうが・・・。
「今回だけだぞ」
「おお、だからラディの事好きだぜ!」
反応に困るな・・・。
「どちらにせよ、死亡ペナルティで接続は明日になる。接続時間はあとで知らせる」
「待ってる。ちゃんと来いよな」
そう言ってイリスは通話を切った。
明日は疲れる一日になりそうだ。
今日は早めに休むことにしようかと思いながら、ステーキにナイフを入れる。
それを口に運ぶが、案の定冷めてしまっていた。
・・・この代金もイリスに請求しよう。