情報屋
死体置場を抜け、待合室へと移動する。
時間的にはあと30分ほどで依頼主が来るはずだ。
待合室の一画には、保護カプセルの接続状況が表示された巨大モニターが設置されており、その下にあるカウンターには、受付と死体置場の管理を兼ねる『ディーナー』と呼ばれる管理者が、忙しそうに端末を操作していた。
それを横目にカウンター脇に設置された個人認証端末へ近づくと、情報集約結晶を読み込ませる。
先程の接続で死んでしまったため、所持していたアイテムは全て消失している。
必要なアイテムは何かを、今のうちにリストアップしておこうと思ったのだ。
簡単にまとめ、カウンターに設置されているドリンクサービスで情報集約結晶を通して支払いを済ませると、プラスチックの容器に奇怪な色をしたジュースが出てきた。
今から三年前に発売された物で、一日に必要な栄養素をまとめてぶちこみ人工甘味料で味を整えた結果、苦すぎる味の中にクドイ甘さがあるという形容し難い飲料だ。
ちなみに、俺は愛飲しており1日に1回は飲んでいる。
慣れると癖になる味なのだ。
依頼人を待つ間に『蛇の巣』『小カロ遺跡』のマップ及びモンスターデータを売ってほしいという客が来たため、妥当だと思われる金額を提示する。
30代後半であろう男は、自らの禿頭をポンと叩くと右手を差し出してくる。
商談成立だ。
その手を握り、情報集約結晶から該当データを流し込む。
同時に、情報料の入金を確認すると手を離した。
礼を言って立ち去る男を見送ると、見覚えのある人影がこちらへ近づいてくる。
今回の依頼人がようやく到着したようだ。
イリス
彼女が所属するのは、女性メンバーのみで構成されたパーティーという、上級魔法道具より珍しい存在だ。
確か今年で16になったと記憶している。
豊かな金髪に緩いウェーブがかかった髪は腰まで伸びており、透き通るような蒼い瞳、ハッキリとした目鼻立ちの中に幼さを残した美少女だ。
赤と白のスポーツ用ボディスーツが金髪を見事に強調している。
身体のラインを浮き上がらせるようなデザインなのに、袖の部分がやたらとダブついているのが気になる。
その立ち居振る舞いは一つの完成された人形のようだ。
まぁ、完璧というには胸が少しばかり足りないようだが。
そんな事を考えていると、美少女がこちらに歩きながら
「むさ苦しい野郎2人の握手ってのは絵にならないな。」
ニヤッと男らしい笑みを浮かべて暴言を吐いてきた。
「必要な情報はまとめてある。」
「お、さんきゅー。早速よこせ」
「代金は支払ってくれよ?前みたいにツケにはしないからな」
「そう思うなら、私の気が変わらないうちに渡せ。急に欲しいものが出来て金を渡したくなくなるかもしれないぞ?」
そう言いながら右手を差し出してくる。
ふん、と鼻を鳴らしながらその手を握る。
『大烏の神殿』のマップデータ及びモンスターの配置図を送信し、金額の入金を確認するが
「おい、足りてないぞ」
「時間より早くここに居たって事は、予定通り行かなかったって事だろ?完璧なデータじゃないならこれくらいで妥当だと思うが?」
「こちらのミスがあったのは確かだが、データは取ってある。しかも、そのミスがあったからこそ解った事も含めてあるんだ。値上げこそしても、値切られる謂れはない。」
「どっちにしろ、今はこれしか無いんだ。足りない分を回収したいなら一緒に来ればいい」
なるほど、要は着いて来させたいのだろう。
だがそれは無理な話だ。
「君のパーティーメンバーには、心底嫌われていたように思うが?」
「仕事とプライベートは違うだろ。情報源が一緒に来れば良い事だらけだぞ?」
「それは無理だ。俺はパーティーは組まない主義でね」
「ふん、ダンスも踊れない男に価値はないぞ?」
「生憎エスコートは苦手なんだ」
「訓練相手が目の前にいるじゃないか?」
最近やたらとしつこくなって来ているような気がする。
だが、あのパーティーメンバーの敵意に満ちた視線に晒されながら過ごすのは勘弁願いたい。
それに・・・
「イリス。さっき俺が言ったミスってのは、あそこにいた敵に殺されたって事なんだが。」
「つまり、デスペナで丸1日接続不能ってことか?」
「正確にはあと22時間15分だ。」
「ふん、大方景色にでも見入ってたんだろ?・・・ワザとじゃないよな?」
「その程度の理由で死ねる程図太くは無いよ。」
今度はイリスがふん、と鼻を鳴らす。
どうやらまた機嫌を損ねてしまったようだ。
しかし、本当の事なので弁明の仕様が無い。
「じゃあ、今度の冒険が成功することを祈ってな。成功しなきゃ金も手に入らないしな。」
「そもそも、何で金が足りなくなったんだよ?」
「ああ、今回は腰を据えて攻略しようって事になってな。個室を契約したんだ。」
「ということは、10日間は帰ってこないって事か。」
俺達が接続している仮想現実世界『The Ghost in the cyber』には、大きく分けて二つの接続方法がある。
一つは現実時間で1日、死亡で接続強制切断の安価な死体置場。
もう一つは、個室と呼ばれる部屋で文字通りの個室だ。
最大で10日間の接続期間と、死んでも接続先の街でのリスポンで済むという破格の条件だ。
特に女性が接続する場合は、死体置場での問題も発生しやすい。
そのため裕福な、又は仮想現実において成功している女性プレイヤーは個室を利用することが多い。
しかし問題はその料金である。
死体置場の数倍にも及ぶ値段はおいそれと支払えるものではない。
仮想現実世界『The Ghost in the cyber』では、情報集約結晶を通してプレイヤーの五感を完全に移送してしまう。
その間の身体は、全て保護カプセルにより管理される。
所謂仮死状態に近い。
個室は、長期間の接続に必要な栄養や、筋肉減退を防ぐ役割もあるため長期間の接続にはこちらを使わなければならない。
しかし、支払いを滞らせるイリスをそのまま行かせるわけにも行かない。
「待て、良い事を教えよう。タダで」
背を向け歩き出そうとするイリスを引き止める。
「へぇ?珍しいこともあるもんだ。接続したら舞踏会にでも誘われたりしてな?」
「パーティーの話しはもういいだろう。自分のためさ。最低でも俺に支払う残りの代金くらいには儲かる話だよ。それに、多少の嫌がらせも入ってる。」
「さすが金に汚い情報屋の鏡だな。オマケまでつけて貰えるとは思わなかった。なら、教えて貰おうか?」
そう言いながら右手を差し出してくるが、それを無視する。
掌を上に向けると、縮小されたマップを空中に表示する。
「これから向かう場所を考えれば、竜山地方の港町で塩1単位を銀貨1枚以下で仕入れろ。この時支払いは必ず金貨だけで払うのが重要だ。あそこは今、大口の取引のために金貨を集めてる。金貨で買うと解れば更に値下げが期待できる。白金貨があれば尚良いが、普通の冒険者が運べる量を越えてしまうから無理だろう。それを首都の冒険者の店に卸せ。受けとるのは銀貨だけでな。こうすれば元手の金貨1枚が、銀貨で14枚になる。塩そのものの儲けが銀貨2枚、首都は今金貨と銅貨が多少不足しているからな、受け取りを銀貨にすれば余計に払ってくれるだろう。その差額分で2枚の儲けになる。イリスのパーティー全員で運べば金貨30枚分は運べるだろうから、儲けは金貨12枚だろ?これを基底現実で精算すれば約6万クレジットだ。足りない分を補えるな。ここで一つ注意すると、街と街の移動にポータルを使うなら移動代を考えて、最低でも金貨で15枚以上じゃないと十分な儲けが期待できないから気をつけろよ。」
「長すぎる、3行で頼む。」
イリスが何とも言えない表情でこちらを睨んでいる。
覚え切れなかったらしい。
情報集約結晶にはリプレイ機能も付いているのだから、自分で理解してもらいたいものだ。
「港で塩を金貨で仕入れて
首都の店で銀貨で売ると
差額で大もうけ美味しいです。
でも、ポータル使うならお金一杯必要だよ。」
「4行じゃねーか。だが、そんな情報があるならお前が自分でやれば良いじゃないか?」
「これで儲けるのは商人の仕事だろ?俺は情報屋だ。分を弁えてるんだよ」
「それはそれは立派なプライドだが、ここでそんな事普通に話したら・・・」
周りを見渡せば、今の話を聞いていたらしい周りのプレイヤーが情報を仮想現実内の仲間へ伝えているのが見える。
基底現実と仮想現実間を繋ぐシステムは、現金を払って買うアイテムだがパーティーを組んでいるなら必須と言って良いアイテムだ。
自分で言うのもなんだが、俺は情報屋としてはかなり有名だ。
その俺が言った情報なら確実に旨味があると踏んでの行動だろう。
こういう基底現実での儲け話をすぐにパーティーメンバーに伝えることも大事なのだから。
「言ったろ?多少の嫌がらせも入ってるって」
にやりと口の端を上げながらイリスに告げる。
「この儲けは最初にやったやつに一番の儲けがある。6組ほどの冒険者が同じ事をやれば、もう儲けは期待できないだろうぜ?やるなら急ぐことだ」
「ほんと、良い性格してるよ。・・・帰ってきたら覚えてろよ」
走り出そうとしていたイリスの腕を掴んで引き止める。
「なんだ?誰かさんの所為で急いでるんだが?」
「仕事の取引が終わったときは、必ず握手で締めるのが俺の主義でね」
グッとイリスの右手を握る。
その手をすぐに離すと、ペラペラと手を振った。
「ほら、行った行った。頑張って儲けてこい。神殿内部まで入ったなら後で情報を売りに来いよ」
「ふん、何時かお前以上に儲けてやるからな、見てろ!」
そう言って駆け出して行くイリスを見送ると、カウンターに向けて歩き出す。
先ほど握手をした際に、イリスの情報集約結晶へ新しい情報を流しておいた。
内容は先ほどの儲け話を冒険者連中が行った後に、どう動けば儲けれるかの情報だ。
別に、イリスの儲けを確実にするために仕組んだわけじゃない。
うん、そのはずだ。
ツケを確実に回収するためには、イリスに確実に儲けてもらわなければ困る。
ただそれだけの事。
何故か自分に言い訳しつつ、今日の収支を確認する。
思わぬ収入はあったが、イリスからの収入が減ったおかげで今日の目標金額には少しばかり足りない。
『ディーナー』に声をかけ、用件を切り出す。
「貨幣交換を頼む。預けてあるのは『ヴィスダラストリクス』の商業組合エルガシアだ」
「かしこまりました、少々お待ちください」
『ディーナー』が手元の端末を操作すると、目の前に半透明のウィンドウがポップした。
仮想現実の金を現金に換える際には50%が自動的に差し引かれる。
それを踏まえての、今現在の換金比率表だ。
ちなみに、現金を仮想現実の金に替える際の手数料は15%だ。
「本日の換金比率は、白金貨1枚470,000クレジット、金貨で1枚4,200クレジット、銀貨1枚と460クレジットとなります。いかがなさいますか?」
「白金貨を1枚交換、現金で70,000、残りを振り込みで頼む」
そう言いながら情報集約結晶を承認センサーへ押し付ける。
「畏まりました。・・・こちらが現金となります」
「ああ、確かに。振込みも確認した」
「またのご来店をお待ちしております。ブラッタ様」
型通りの挨拶の言葉に、俺は出口に向かいながら答える。
「ああ、必ず来るさ」
『The Ghost in the cyber』こそが、俺の望む世界そのものなのだから。