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プロローグ

まるで深い湖の底に沈んだような風景。

朽ちた石造りの柱が、月の淡い光を受けて佇んでいる。

人工的な明かりが一切無いその場所は、荒れ果て伸び放題となった雑草ですら幻想的な輝きを放っている。


『大鴉の神殿』


昔この場所には、死の象徴である大鴉を祭った神殿があったとされる。

しかし、今ここにあるのは朽ち果てた神殿の成れの果て。

日が昇ることなく、夜が支配する不死者の領域だった。



緻密な文様の彫られた柱を壁として、先を覗き見る。

視線の先には、身長2メートル程の骸骨がまるでこの場所を警護するかのように同じ場所を巡回している。

全身に仄かな光を放つスケイルアーマーを着込み、バスタードソードを携えているが本来聞こえるはずの物音と言うものが存在しなかった。

剥き出しになっている骨と、スケイルアーマーの擦過音どころか足音すらもだ。


静寂サイレンスの魔法がかかっている?」


口の中でだけで疑問を口にする。

もし無傷で持ち帰ることが出来れば高値で売れるだろうが・・・。

ふと沸いて出た欲を、意思の力で抑え込む。

ほぼ全身を覆うスケイルアーマーを傷つけずに、無傷でスケルトンを倒すのは無理がある。

何より今は仕事でここまで来ているのだから、余計な欲は出すべきではない。


背負い袋(ハヴァサック)を地面に置き、準備を始める。

取り出すのはハンドクロスボウ、油を詰めた小瓶、ライトメイスだ。

両太股部分に固定しているダガーを確認し仕事を開始する。


ハンドクロスボウへボルトを装填し、狙いを定める。

狙うのは剥き出しになっている骸骨の頭部だ。

彼我の距離はおよそ30メートル。

風も無いこの状況なら、外すことは無い・・・はずだ。

不安を打ち消すため、息を深く吸い込み、吐き出す。

身体に酸素を行き渡らせること3回、息を止め引き金を引く。


放たれたボルトは、やや狙いを逸れてスケルトンの顎に突き刺さりその身体を仰け反らせるが・・・倒れない。

刺さったボルトを気にもせず、スケルトンがこちらへ走ってくる。

だがそれは想定内だったため、ハンドクロスボウにはボルトを再装填済みだ。

第2射は胸部、スケイルアーマーへと撃ち込む。

ボルトは呆気ないほど簡単に突き刺さるが、スケルトン自体にダメージが入った様子は無い。

スケイルアーマーの硬度を確かめるのが目的だったため、その事自体に落胆は無かった。

どうやら、かかっている魔法には硬度上昇や、ダメージ減少は無いようだ。


ハンドクロスボウを捨て、右手にライトメイス、左手に小瓶を持つとスケルトンに向けて駆け出す。


スケルトンの射程に入る寸前に、小瓶を投げつける。

バスタードソードで迎撃されるが、それも想定内だ。

粉々に砕かれた小瓶から油が飛び散り、スケルトンに振りかかる。

付着した油は全体の4割ほどだが、狙っていた頭蓋骨部分にかかっていたため問題ない。

スケルトンはバスタードソードを振り切った状態だが、油断はしない。

アンデッドの恐ろしさは、決して苦痛を感じず疲れない身体と(骨を相手に言うのも可笑しな話だが)振り下ろした剣を、そのままの勢いで振り上げる事の出来る筋力だ。

案の定、迎撃に使ったバスタードソードを腕の力だけで軌道を変更し、薙ぎ払ってきた。

それを潜るように避けると、ライトメイスをスケイルアーマーの左腕関節部、骨の部分へ叩きつける。

確かな手応えとともに、スケルトンの肘関節を砕く。

左腕が使えなくなったことでバランスを崩したスケルトンに、再びライトメイスを叩き込む。

左脇腹にヒットしたライトメイスは、鈍い音を放つが骨を砕く感触は伝わってこなかった。


「ボルトは刺さるが、打撃には強い。金属音も無しとなると何かの鱗か?」


スケイルアーマーの素材を、過去の経験から類推しながら距離を取る。

スケルトンが追い縋ってくるが、こちらが後ろに飛びのくほうが速い。

ライトメイスを手放し、両手でそれぞれダガーを抜き放つ。

最後の検証を開始する。

急制動をかけ、前方へと方向転換を行う。

急な体重移動により踏み込んだ足に負担がかかるが、軽業アクロバットのブーツにより負担が吸収される。

スケルトンが迎撃のためにバスタードソードを振り下ろすが、それは先ほども見た軌道だ。

単純な攻撃方法しか存在しない、アンデッドの弱点だ。

攻撃に限られた型しか存在しないため、一度攻撃を確認さえすれば至極避けやすい。

だが、さすがにダガーで受けれる攻撃ではないため、左手のダガーにて滑らせるように受け流す。

がら空きとなった骨の顔面へ、右手のダガーを突き出す。

狙いは付着した油だ。

ダガーが刺さった箇所に顕れた火が、油へと引火しスケルトンが燃え上がる。

苦痛を感じないはずのスケルトンが、火を消そうと顔へ手を伸ばすがその手をも巻き込んで更に燃え広がる。

巻き込まれないように距離を取りながらその様子を観察する。

どうやら他のスケルトンと同じで、火に対する脆弱性をもっているようだ。

観察していると、やはりスケイルアーマーは鱗が原材料だったらしく火によって焼け焦げている。

勿体無いと思いつつも、安堵のため息が漏れる。

これで、この辺りの調査も完了した。

この情報を持って帰れ---


突然腹部に走った衝撃と灼熱感に息が詰まる。

見ると、腹から剣が生えていた。

あまりの痛みに、震える顔で振り返ると、スケルトンの物言わぬ黒い眼窩がこちらを見ていた。

失敗した。

朦朧とする頭で思い返してみれば、スケルトンのバスタードソードは一切の音を立てていない・・・。

静寂(サイレンス)は、スケイルアーマーだけではなくバスタードソードにも掛かっていたのだ。

もしバスタードソードに静寂サイレンスが掛かってさえいなければ、剣身が草と擦れる音、鍔鳴り等で気づけた可能性もあったはずなのに・・・。


腹からバスタードソードが抜かれる。

血と共に全身の力が抜けていく。

最後の力を振り絞り振り返ると、スケルトンが剣を振り下ろそうとしていた。

極限状態の中、周りの時間が遅く感じられる。

ゆっくりと迫るバスタードソードに、月の光が反射し美しく輝き周囲の風景を映しこんでいる。


そして






俺の世界は切断された。






覚醒時の不快感には、いつまで経っても慣れる事は無い。

死んだ事による強制排出なら尚更だ。

聞こえてくるのは、今まで自分を繋いでいたヘッドディスプレイの奏でる重低音と、空調を管理するための唸り声だ。

両手両足に感覚が戻るのを待ってヘッドディスプレイを引き上げる。

今まで自分を覆っていた、卵の殻のような保護ドームの展開を待ち身体を起こした。

腹に残っているのは鈍痛であり、それが自分の身に起きた出来事を事実だと強調する。

恐らく腹には痣が出来ていることだろう。

頭痛が無いのがせめてもの救いか。


自分の情けなさに腹が立つ。


敵の武器にかかった静寂サイレンスに気づかず、周囲の確認を怠り背後から刺されるなどまるで初心者の所業だ。

ため息を付きながら移動を開始する。

仮想現実での身体強度と、基底現実との差が違和感を突きつけてくるがそれを無視する。


遅れを取った原因は解っている。


あの風景が俺の心を奪っていたから。


今では自然など、金持ちにしか解放されていない。

しかも、あそこまで幻想的な景色など今まで見たことも無かった。

早く仕事を終わらせ、あの風景を心行くまで楽しみたい・・・それが油断に繋がった。

今回失った装備では、火花スパークのダガーが最も高価だったが問題は無い。

依頼達成の報酬で、買い直してもお釣りが出るほどのマジックアイテムでしかないからだ。


今回の仕事・・・『大鴉の神殿』の大まかなマップ作成及び敵性種族の調査は終了している。

依頼主に渡すための情報を、掌に埋め込まれている情報集約結晶クリスタルへまとめる。

後は情報漏洩リスクの無い直接接触送信にて送れば完了だ。

報告内容の確認をしながら歩いていると、ようやくこの部屋の出口へ着いた。

部屋を出る前に振り返る。


一辺が200メートルはあろうかという巨大な一室に、保護カプセルが等間隔で並んでいる。

規則正しく並び、人々を収容するカプセルは大昔に使われていたと言う棺桶を連想させる。


死体置場モルグと呼ばれる接続部屋。


等間隔で光源が設置された天井には、それぞれの存在を表すIDが表示されており、その隣で光るログインの文字に仮想現実へ旅立っている人々を夢想する。

ふと、出口へ目を戻すとそこには、これから接続するであろう若い男の姿があった。

恐らく初心者なのだろう、死体置場モルグの異様な光景に若干の怯えがあった。

情報集約結晶クリスタルを眺めながら、おどおどと自分の接続カプセルへと進む姿に心の中で話しかける。



ようこそ



世界で最も不公平な仮想現実『The Ghost in the cyber』へ

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