第3話 靴と世界
そんな話をしているうちに、ようやく神殿裏にある木の造りの部屋へと着いた。
デリックの私室らしいそこは、唯一の窓以外本棚で埋め尽くされており、真ん中に机がある。書斎といった雰囲気である。
私は入り口付近にあった椅子に座らされて濡れタオルを渡されたので、足を拭く。するとジプチが私の足に細長い布を包帯のように巻きだした。
靴が無いらしい。
「靴って合う合わないがあるのはわかるけど、スリッパも無いもの?」
「ないよ。スリッパというのは室内履きだろう? 靴の類いはこの世界にはない。……ひょっとして君は――そうか、この世界に来て最初に私を見たから、勘違いしているのか」
「え? デリックさんが履いているのは靴じゃないの? 一体どういうこと?」
デリックが一人何か納得しているようだけど、私はより混乱が深まった。
異世界ならカルチャーショックはあって当たり前だけど、まさか靴までないなんて。
「窓から外を見てみるといい」
デリックの言葉に従い、窓を覗くと、私は絶句した。
ほぼ猫……いや猫又族しかいないのだ。
栄えた様子の街はたくさんのいろいろな柄の猫又族で賑わっている。あれか中華街的な?移民人街的な――
「猫又族の街?」
「そうだけど違う。ここは猫又族の国『メェオ王国』その首都『カォマニヤ』だ。王族が猫又族というので気付いた、と思っていたのだが……説明不足ですまなかったね。この世界『ニャングリラ』は人口の約8割が猫又族なんだ。そしてそれ以外は狼族や熊族、一部竜族がいるくらいで、人間はほぼいない」
呆気にとられ返す言葉が無かった。人間がいないって、いないって……予想外にも程がある。
「かくいう私もこの世界の出身では無いのだ。息子に頼りにされすぎるから隠居するのに、ちょうど良くてね。世界が違えばさすがに追ってこないだろう? それに猫好きだしね。猫又族は靴を履かないから技術が無いし、服はサイズが合わないから、私の服や靴は出身の世界で買い付けてきている。質屋にこちらの世界のものを持っていって換金したりしてね」
世界を行き来できる、と聞いて希望がわいた私は質問してみた。
「ひょっとして私もすぐに元の世界に帰れるの?」
「残念ながら無理だ。あの魔方陣はニャングリラの古い術でね。使命を果たすまで帰れないらしいよ」
「そんな! 事件に巻き込まれて行方不明なんじゃ? とか悪い人に騙されたんじゃ、とか、家族や友達に心配をかけます! それに――」
このままでは、せっかく受かった大学をほとんど通わずに留年する! 就職が厳しくなる! いや、事件にはすでに巻き込まれてる?
様々な思考が私の頭の中をぐるぐるする。
その様子に気付いたのだろう、デリックは呆れ顔で言った。
「一応手紙なら一枚だけ送れるよ」
「書きます!」
デリックに筆を借りて和紙のような紙に向かう。
しかし、一体なんて書けばいいの?
しばらく留守にします。探さないで下さいじゃ、探してと言わんばかりだし……
『自分探しの旅に出ました。突然で申し訳ないけど、心配しないで下さい。ライチの餌やりたのみます。困った時には電話します。 和美』
――これでいいか。どうせ異世界に召喚されました、とか言っても無理だし。痛い子だと思われるし。いやどっちにしても痛いけど。
デリックに手紙を渡すと異世界の字が珍しいのか、じっくりと見られた。
「君が召喚時にいた場所で、いいのだな?」
デリックはジプチに魔法陣へ持っていき送るよう頼んだ。
ジプチは頼まれごとが嬉しいのか、ウキウキとスキップで部屋を出ていった。




