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第22話 異変の片鱗

 いい天気だ。私は明るい日差しで目が覚めた。


 四角い寝床は二段ベッドに敷いてあるのが柔らかいクッション剤という感じのもので、長さは若干足りないものの膝を抱えて寝るにはちょうどいいくらい。


 私は上の段に寝ていたのでささっと鎧と靴以外を身につけ下に降りる。ふと下段を見るとエルとジプチが偏ってみちっと詰まっていた。

 別に密着しなくても充分寝られる広さがあるのだけれど、狭いほうが寝心地がいいのだろうか? こうやってみると二人とも兄弟らしく似ているなあ。

 今日は朝食の後に準備でき次第出発だ。私は窓から村の風景を眺めていた。



 カンカンカンカン


 突如けたたましい鐘の音が鳴り響く。エルとジプチは耳をピクッ、とさせて飛び起きた。


「火事か!?」


 窓から身を乗り出すエル。ドアが開く。

 民宿の主人が駆け込み、ひざまずく。


「魔術師様! 助けてください! このままでは、む、村が全滅してしまう!」

「どういうことだ」

「風向きが! 放火魔が!」


 主人の言葉は要領を得ない。


「面倒だ。ここから出るぞ!」


 エルは窓枠に手をかけシュタっと外に出て、四足で駆ける。あとを追う。靴は履く暇がないが、仕方ない。


 どてっ


「ま、待ってくださいよ~」


 ジプチこけるなよ。猫の癖に機敏さがない。なにより待っている暇はない。放って走る。


 風上で炎が上がっている。村で一番大きな建物だ。


『水よ、滝となり炎を消せ!』


 エルが右手を振り上げ建物に向かって振り下ろした。


 まさに滝。建物まで壊さんかという勢いだ。


 周りの人は心配そうにみている。


――?


 違和感、私はふと風下を見る。


 てとてととジプチがやってくる。パニくっているのだろう。いやそれよりその後ろ?


「ジプチ! ストップ!」


「さすがミケ兄! もう消してるなんて」

「民宿のご主人、放火魔って言ってたよね?」

「ええ」

「何で、知ってるのかな?」


 違和感。


「見たのでは?」


 それならなぜ捕まえないのか。

 あれは……煙?


「民宿から煙が!ジプチ!急いで」

「は、はい!!」


 走って戻るジプチ。速い、速い。ばねのように跳んでいった。

 もうすでに豆粒の様。追いつくのも大変だ。


『水の玉よ、とにかく当たれ!』


 ジプチの大声が聞こえる。


 ドガシャーン


 バレーボールサイズの水の玉が次々と民宿の二階にぶち当たる。

 やがて煙は見えなくなった。

 民宿の前に着くとジプチがへたり込んでいた。


「か、かずみさあ~ん」

「よくやった!」


 いいながらも、私は周囲を見回す。幸い小火程度で済んだようだ。民宿の裏手から音がする。

 急いで回るとすっかりびしょぬれになった民宿の主人がいた。


 駆け出す主人。


「誰か!捕まえて!」


 火事の様子を見に来た野次馬が、取り囲む。


『顔だけでいい。ご主人に香れ!みかんとミントの香り!』


 一瞬苦しそうにする。その隙に村人が主人を捕らえた。



「あなたが放火したんですね」


 捕縛された民宿の主人はうつむいて頷いた。


「ああ、あんまりにも女房がお前さんたちのことばかり、うれしそうに話すからつい、頭に血が上って」

「それにしては不可解な事が多い」


 私達の目線をそらして、というには、あまりにも変だ。とばっちりの建物もあるし、私たちを火傷させることもできない。


「前々から、あそこのボンボンがうちの女房にコナかけてんのはわかっていたのさ。そりゃあ、女房だって収入のいい、あいつの方が良いに決まってる。性格は最悪だけど……」

「あんた……あたしは気にしてないって言ったのに!」


 どうやら原因は主人の行き過ぎた嫉妬心のようだった。しかし、奥さんは普段はこんな人じゃないの、と周りの説得に入る。


「うるせぇ、俺は燃やしたいんだ、燃やしたいんだ、燃やしたいんだ」

「ちょっと静かに」

「燃やしたい、燃ヤしたい、燃ヤシタイ……ウケケケ……」


 おかしい。明らかに様子がおかしかった。言葉すら怪しい。


「まさか!」


 エルが頷く。


「魔王の瘴気に中てられたのだろう。こうなっては、どうしようもない。さっきは一瞬正気にもどったようだが……?」

「和美さんの魔法でしょうか?」


 物は試し、と私は呪文を唱えてみた。


『魔術結界、範囲ご主人の周囲十センチ、濃縮三倍!香れミカンとミントの香り』


 ご主人は苦しそうにのた打ち回る。とはいえ縛られているのだからあまり遠くには行けないのだけれど。

 ついでに情に訴える感じでこれはどうだ?


『プラスで民宿の奥さんの香りも、香ってしまえ!』


 すうっと主人の表情がおさまる。目の険悪そうな感じが消えた。


「どうかな?」

「効いているようにも見えますが」

『結界解除。ついでに消臭』


 温和そうな当初の顔に戻った。


「話せるか?」

「お、おれは!」


 放火したことは覚えていたらしい。顔を真っ青にしている。


「家には子供もいたのになんて事だ……」


 仕方がないが、彼は村の規律で裁かれることとなった。

 魔王復活よりこのようなことは村でもそれなりにあったらしく、ある程度の情状酌量はあるらしいが、元に戻るまで捕らえられ、村のための強制労働をさせられ、しばらくは監視もされるらしい。


 とりあえず私達は装備を乾かしつつ、駄目になった食料などを民宿の奥さんに弁償してもらった。


 革って濡れたら色が変わるんだなぁ。ある程度乾かして油を塗って手入れしたあと、色の濃くなった鎧とブーツを身につけ、私達は再びユウヤギを目指す。

 青空にはすでに太陽が高く昇っていた。

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