第21話 旅の初日
カォマニヤから少し歩いたところで、先頭を歩いていたエルは立ち止まった。
「さて、ここまできたら良いだろう。楽にするといい」
「わーい。僕、最近ほとんど二足歩行だったから、疲れてたんだ」
二人が謎の会話をしている。休憩ってことなのか?
とりあえず私も立ち止まる。
そして、エルもジプチも背負っていたリュック型の荷物袋の肩ベルトから伸びていた胸用と腰用のベルトを留める。そしておもむろに手を地面に付く。
もう滅多なことでは驚かないぞ、と思っていたのだが、いきなり目線が下がるのは予想外だった。
メェオ王国の絵本はそれなりに読んだ……と言っても絵を見て、ジプチや侍女長さんに音読してもらった程度なんだが、そんな絵はほとんどなかった。
それにこの間までの二十日間、一度も誰もそんな体勢とらなかったじゃないか!
エルは呆けている私を、不思議そうに見ている。
「疲れないのか? 二足歩行。もう街の外に出たのだから、広いのだし無理するなよ?」
「ええっと、なんて言って良いのか」
いつも気に障る言葉ばかり言うのに、珍しく優しい言葉をかけてくれるじゃないか。こんなタイミングに限って。
「ああ、ミケ兄、人間は常に二足歩行なんですよ?」
「え? そうなのか?」
頭に?マークをたくさんつけてエルは私をじろじろと見る。
「うん、生まれて二足歩行を習得し次第、ずっと二足歩行なんだけど」
「じゃあ、四足歩行は……」
「何でしているのか、意味がわからない」
二人はずっこけていた。
猫又は実は四足歩行が本来の姿だと言う。ただ、都会など著しく狭い場所では二足歩行のほうが利便性に優れているため、街歩きなんかは二足歩行なんだそうな。
都会でも、一般の住宅では大概、家の前に水桶が置いてあり、前足後足を拭き四足歩行で中に入る。もっともお客がいるときや家族が多すぎるときは例外なのだが。
「デリック氏のところにいたからな。あそこは随分あちら風だから……王宮なども礼節の必要な場面だったしな」
偶然にも縁がなかっただけで、これからはどんどんそういう機会に出くわすだろうから心得ておけ、エルはそういうと颯爽と四肢で歩き出した。
二人とも目線が私の腰あたりでなんだか妙に落ち着かないけれど、私まで四足歩行と言うわけにはいかないので、じきになれるだろうと希望的観測をした。
道は想像していたよりは広く、人間なら四人程度が余裕をもって並んで歩けるくらいだった。
しかし、主要な道路が石畳になっていたり、たくさんの人が道を踏み固めたりする首都カォマニヤとは違い、地面は比較的柔らかい。
先ほど前を歩く二人ばかりを見ていたら、いきなり窪みに足を取られ
「うおぅ!」
と乙女らしからぬ声をあげてしまった。二人は若干振り返るもののスルー。
そういうリアクションが一番恥ずかしい。
多少は筋力が付いたとはいえ、典型的な現代人生活をしていた私は、それなりに疲れ始めた。
私達の荷物は、魔術師が二人もいるから水筒などの水物は要らない。それでも五日分の食料と旅に必要なテントや細々した物、私は加えて着替えが入っていた。
鎧のせいもあり、どうにも背中が蒸れる。
以前は街道沿いに休憩のできるお店があったりもしたらしいのだが、治安の悪化とともに商人達も安全な都市に行ってしまい、後には寂れ閉まった建物が残されるのみ。
仕方がないので、所々にある切り株や旅人用の腰掛に座り、私達はたびたび休憩を取りつつ歩みを進める。
保存食はなんだかとてもジャンキーな味がした。
プリッツの太いようなものやら、干し肉やら、どれもお酒のつまみのようだった。
そして味が濃いので水をがぶ飲みしてしまいそうになる。お腹がタプタプだと辛いので最初の休憩以来少し控えめにしている。
暫く歩いてから、保存食を浸してスープにすればいいんじゃないかと気付いたけれど、時間がかかるから、
「余裕があるときしかできない」
と、エルにきっぱり断られた。
今日は夕方には小さな村に着いたので野宿はせずに済みそうだ。
人間を初めて見る猫又が多いのか、歓迎という名の質問攻めにあったのだが、疲れているから、となんとか打ち切り民宿に泊めてもらった。
エルとジプチに倣い靴を脱いで手足を清める。盗難の危険もあるので靴は袋に入れ持ち込む。
「いいのかい?人間用の部屋じゃないから不便だと思うけど」
「かまいません。もともと人間なんてほとんどいないのだし」
エルは外向きの顔で民宿の奥さんに言った。
「安宿ですから、寝床も四角くて、つらいだろうけど」
「私は四角のほうが落ち着くと思うから大丈夫ですよ」
奥さんはなんだか落ち着かない雰囲気だったが、泊めてくれるだけでありがたい。王宮の侍女達なんかには差別の目で見られた経験から、宿泊拒否される可能性も考えていたし。
民宿のご飯は、とても素朴だけれどおいしかった。あと四日、弱無事にユウヤギにたどり着けるといいのだけれど。
部屋の数が少ないのでエルとジプチと同室になってしまい、二人を追い出して体を拭きながら、私は思案する。
でも、なにより明日は筋肉痛かな?
私は寝巻きに着替え、二人を呼んだ。
「おやすみなさい」
おだやかに夜が更けていった。




