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第20話 旅立ち

 謁見の翌日、疲れていたのか三人とも起きたのは昼過ぎ。朝ごはんを食べなかったので、デリバリーのシマダさんはあきれていた。昼は朝の残りにプラスしてジャガイモの冷製スープであった。天気がいい今日にはぴったりだ。


「旅立ちが三日後に決まった」


 改まった顔でデリックが発表する。


 私には一緒に旅に出るメンバーはエル以外まだ知らされていない。

……できれば剣士や戦士、癒し手である聖職者などがいればバランスが取れていいのだけれど。

 煮魚を食べやすいようにほぐしながらも、私はデリックに目を向ける。


「和美と一緒に行くのはとりあえず、エルとジプチだ」

「うええ!? ぼ、僕もですか?」


 ジプチはてっきり留守番だと思い込んでいたらしく、素っ頓狂な声を上げた。私も正直言って、なぜ彼が行くことになるのか、よくわからなかった。


 旅について教えるには、無愛想なエルより人間にも慣れているし適任とのことだ。

 デリックが行かないのは、体力がないのと、忙しいのもあるけれど、頼りにしすぎるのではという事らしい。

 もっとも、ジプチがついていくのは二つ先の都市ユウヤギまでで、五日間だけとのことだ。


 てっきり私はすぐにでもマタタビを採りに行くのかと思っていたのだが、マタタビのある町ナシルサまでは道のりが長く、道中危険もある。こうして旅の仲間を得るために、武器術の街のある都市ユウヤギに向かうことに決められたのだった。


 ニャングリラには車輪はあるが馬車はない。あるのは人力車や大八車、牛車などだ。

 なぜなら猫又族は比較的長く歩いても疲れないし、なにより馬と相性が良くなかったのか、あまり家畜化されていないのだ。そのためなのか道はあまり舗装されていない。

 魔王の侵略を恐れ急がざるをえない私たちは必然的に徒歩の旅となる。



 次の日の午後には旅の予算もまとまり、費用を渡された。私はジプチと街に出て、旅に必要なこまごまとしたものを揃える。

 特に「トイレの砂掛け用のスコップは必ず持っていって下さい」と熱心に勧められた。たとえ野外でもエチケットらしい。


 ジプチも簡単なつくりの猫又用の鎧とマントを購入し、ちょっとうきうきしていた。

 今まで平和な時代だったため、生まれてこのかた鎧を着ることが無かったらしい。物語に出てくる人物のようだ、といって目を輝かせる姿は男の子らしい。


 そう評価した矢先、

「僕、ネイルサロンに寄ってから帰るので、先に帰っていて下さい」

なんて言うからびっくりしてしまった。


「え? なんで? 男でしょう?」


 ジプチは少し考えてから、ああ、と手を打つ。


「護身用ですよ。僕たち猫又族は、とっさのときは爪で攻撃することが多いんです。だから! 男だからこそ! ネイルサロンにいくのです!」


 やっぱり私はたまに翻訳が変だ。爪とぎ場とかでいいじゃないか。


「爪とぎ場はおじさんが行くものです! 若者のトレンドはネイルサロンなのです!」


 うっかり心の声が漏れていたらしい。

 たぶん床屋に行くか美容院に行くか、の差なのだろう。力説に若干うんざりしたので、私は早足で帰ることにした。


 残り二日はやっぱり魔術の自主練かなあ。ユウヤギまでは比較的安全なとはいえ、魔術師は非力だ。私は若干の不安を感じたのでとりあえず武器屋を探してみる。


……ない。


 こんなに危ない世の中なのにないの?

 防具屋や爪とぎ場、ネイルサロンは数あれど武器屋はひとつもない。私は仕方がないので金物屋さんで殺傷力の高そうなサバイバルナイフのようなものを買ったのだった。



 部屋でナイフの使い方を考えつつ鞘ごと振り回していると、ドアがあいた。


「あれ? 和美さん、それどうしたんですか?」

「買ったの。武器屋さんがないから苦労したよ」

「何言ってるんですか。武器の専門店なんてユウヤギぐらいにしかありませんよ?」

「え?」


 昨日聞いてなかったんですか?とジプチが続ける。猫又族の基本的な武器は爪。あとは尻尾。だから武器は必要ない。


 国軍から仲間が出ないのはいざという時首都を守るので精一杯、全然余裕がないかららしい。ユウヤギには余裕の人材がいるはずだから、そこまではエルとジプチの兄弟がいれば大丈夫だろうとのことだ。

 武器術を使うのは爪が薄く生まれた猫又たちで、なおかつ強くある必要があった者だけ。


「せっかくだからユウヤギで和美さんも習えばいいのでは?」

「考えておく」


 私の苦労はなんだったんだろう。



 なんだかんだいって私は穏やかに訓練しつつもジプチがばたばたとしていたため、旅立ちまでの二日はあっという間に過ぎてしまった。

 旅立ちの朝、というのは晴れていて欲しいものだけれど、あいにく今日は曇り。雨は降ってはいないけれど、今にも降りそうな黒い雲が立ち込めている。


「元気でいってこいよ!」

「秘術の習得がんばって下さいね」


 首都カォマニヤの城下町と草原を分かつ城門の前で、デリックとシマダさんが手を振る。

 いや彼らだけではなく、王太子や神官やらが出てきて、演説のようなありがたいお言葉やらなんやら色々とかけてくれる。市民にも周知されていたらしく、やんややんやの大騒ぎだ。

 さっきチラッと見かけたのだが公園に屋台が出ていた。なんだかただ単にお祭り騒ぎをする口実にされてしまった気がする。

 こんなに多くの人に見つめられることがないからか、はたまた猫又の目が大きいから倍増なのか、なんだか視線が恥ずかしい。


「さあ、もたもたしてないでいくぞ!」


 不機嫌そうにエルが出発の声をかける。


「普通出発の言葉はリーダーのポジションでしょう?」

「旅慣れてないのに何がリーダーだ。ゆ・う・しゃ・さま」

「むぅ」

「まあまあ、二人とも」

「まあいいけどさ」


 こうして勇者がリーダーではない勇者一行は旅立ったのであった。

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