第1話 女子大生召喚
何かの冗談だと思った。
「よく来てくださいました。あなたは救世の勇者です」
白髪、白い服、長い髭のいかにも仙人といった風体の老人が声をかけてきた。
さっきまで私は我が家にいて、飼い猫に餌をやっていたはずだ。手にはもちろんキャットフードを持っている。まばたきの間に我が家から、この神殿めいた建物に移動してきたというの?
信じられない。しかし裸足に感じる石畳の冷たさが、これは現実だと主張している。
「あなたにとってここはおそらく異世界。信じられないかもしれませんが、すぐにわかるでしょう。私達があなたを召喚したのです」
日本語に聞こえるのに老人の言葉が理解できない。
「イセカイ? ショウカン?」
「つまりは別の世界だと言うことです。私達があなたを呼び寄せた」
イセカイって、あのファンタジーな剣とか魔法とか妖怪とかモンスターだとか超能力とか前世とかの、あの異世界?
ショウカンって、ゲームとかで魔法陣からモンスターが光に包まれて出てくる、あの召喚? 少なくとも煙も光も何もなかったけど? 立っていたから多分気絶もしてなかったし。足元になにやら線は描かれているようだけれども。
「はぁ? 信じるわけないでしょ。言葉だって通じるし」
「私の術で翻訳できるようにしたのです」
老人が杖をふる。
「だばかま゛にや?」
彼はニヤニヤしながら意味不明の声を発した。
「からかってるでしょう!?」
しかし次の瞬間、私は異世界だということを思い知ってしまった。
「ま、ぐをたならかたなお?」
「うわっ」
老人の後ろからひょっこりと、二足歩行の、大きな、ブチ猫のようなものが喋りながら現れたのだ。
うすい猫耳のてっぺんが私のあごの辺りにくる。少なくとも従兄弟の小学生よりは大きいな。つやつやとした毛並み、口を動かすたびにヒゲがもぞもぞと動く。
着ぐるみじゃ、多分ない。耳もピクピクしてるし。
黄色い大きな目の中の瞳孔が、私を見ると大きく開いた。
なんだこいつ?
私が唖然としていると、老人はケタケタと笑った。
「な、わかっただろ? ちなみにこいつは私の弟子のジプチ。……あ、私はデリック・バヂという名で魔術師みたいなもんだな」
「師匠!師匠は魔術師みたいなもんじゃなく立派な魔術師そのものですよ! わが国最高の魔術師! 偏屈さと容姿で変なイメージ持たれてますが、賢者と言われて20年なんですよ!」
「おいおい。老いぼれつかまえて何言ってやがる。体力的にもう駄目だ」
それからしばらくの間デリックを褒めちぎるジプチ。
敬愛してやまないって、こういう感じなのだろうか。偏屈は誉め言葉ではないが、デリック本人が笑っているのだから良いのだろう。
それはさておき異世界には納得したのだけれど……
「ええっと、ジプチさんは……味方で、モンスターとかでは……ないんですよね?」
「酷いなあ! 僕は立派にこの『メェオ王国』の国民ですよ! こう見えても今年で十五歳、成人まであと一年なんですから!」
胸をそらしてヒゲをピンと張る。国民ってことはこの猫「人」扱いなのか?
「ところで勇者様――」
ジプチが私に話しかけた瞬間、思い出す。デリックは最初、私が『救世の勇者』だとか言ってなかったか?
「ちょ、ちょちょっと待って! なんというか、私に救世とか無理です! ただの非力な女子大生が勇者とか、意味がわからないし」
異世界に飛ばされた系のファンタジーにありがちな剣道部でした。とか古武術やってました、とか無いし。
「女子大生とはなんだ?」
「女子大学生の略です。女の、大学という学校に通う学生、生徒みたいな意味です。ようは未熟者というか、親に扶養されている立場というか」
「なるほどな。おぬしはいくつなんだ?」
なんか今気付いたけど、だいぶ言葉くだけてきたなぁ賢者デリック。まぁいいけど。
「十八」
「なら構わんだろう?もう大人だろうに」
「私の国では二十歳で成人なんです! ていうか!ここマジで寒いんですけど! 靴も履いてないし!」
デリックは思いもよらなかった、という表情で私を上から下まで見直した。
スエット生地のワンピースにスキニージーンズ、そして裸足という、ものすごくお家スタイル。こんな半分外みたいな場所にくる予定無かったもの!
冷たい風で足やら首がぞわりとする。
「こんな薄着に裸足……まさか就寝前だったとは。すまなかったね。召喚のタイミングなんかは選べなかったものだから。暖かい場所に案内しよう。ただし服は私のサイズの物しか今はないのだが」
違いますけどね! ただ家にいて部屋着だっただけなんだから!
私は言い訳をしながらも移動することととなり、ふと後ろを振り向く。さっきまでいたのはちょうど魔法陣の真ん中だったらしい。
本当に召喚されちゃったんだなぁ。私。
果たして元の世界に帰れるのだろうか。
魔法陣から離れると、我が家が遠くなってしまった気がした。




