すぅんごい美少女
学校に着くと、幸運な事に未だいつもの(事務的)朝のホームルームが始まっていなかった。僕が教室に入ってきても声をかけてくる律儀なクラスメイトは人っこ一人いない。
それどころか「あいつ、学校辞めたんじゃなかったの?」とか「なんで、あいつ、未だこのクラスにいんの?」仕舞には「あいつの席、どっか他のクラスに移動させちゃえば良かったね」と言うもはや空耳という秘技のキャパを軽く超えて尚かつ音量に全く気を使わない誹謗あーんど中傷のヴォイスが聞こえてくる始末。こんな時は自分がラブコメの主人公になったと錯覚しておくと、心なしか耳が少し難聴になれる様な気がしないでもない。
夏休み前の平時から「キモイ」「死ね」は当たり前なので、いつもの事いつもの事と思い、軽くスルーしておきたい。
夏休み前と何ら変わらない日常。
歯車が欠けているから噛み合ないだけだ。
合わせる気も無いけど。
それはあっちも同じか。
まぁ、取りあえず、いつも通りだな。
平穏無事な平和ボケゆとりな逆バブル世代の僕ですから、こんな態度は慣れっこ、これ常識。と、いつも通りに下らない事を考え、鼻を否応にもさす安臭い香水の匂いに顔をしかめつつ、なにげなく教室を見渡すと、男も女もやたら茶髪の生徒が多い様な気がした。女子なんか化粧をしている生徒もちらほら。何やら目の周りにマスカラを塗りすぎてパンダみたいになっている女子生徒までいる。うむ、これが夏デビューってやつか。僕も夏デビューすれば良かった。なんて身の毛もよだつ空想を頭の隅へ追いやり、幸運にも未だ定位置に存在していた『まいちぇあー』(三号)に座りながら取りあえずアホみたいに頬杖をついてみる。
と、髪をツンツンにした黒ぶち眼鏡の男子生徒が息つきながら教室に飛び込んできた。
彼の名前は勿論、僕の脳内メモリーには記憶されていない。というか、初めて見たような気がする。
何事か、と女子も男子も彼の方へと視線を投げかける。
僕は、窓の外の青々としすぎて返って気持ち悪い位などこまでも広がる空を見上げながら、耳だけそちらの方に向けた。
「ニュース! ニュース! 大ニュース! 転校生! 転校生! すぅんごい美少女!」
男子生徒が述語の抜けた主語だけの言葉を発する。
どうやら学年と季節、そして学校の三拍子を外しまくった転校生が隣のクラスに来るらしい。
この時期に転校してくるなんて、まるでどっかの漫画じゃないか。よほど深い事情があったに違いない。例えば前の学校の窓を全部たたき割ってムカつくヤツをバットで片っ端から血まなこにしたとか、愛する許嫁のためにわざわざ海外の学校からはるばる日本のこんなしょぼい&小汚い、ええ小汚いデスともな学校に転校してきたとか……あるわけないか。
男子生徒はなおも興奮した様子で止めどなく何か話し続けていたが、僕にはもうその声は雑音にしか聞こえなかった。