仔猫
しばらくして兄猫たちが満足して方々に散っていくと、三人の黒猫は各々缶詰に顔を突っ込み、がつがつむしゃむしゃと勢い良く、食事を始めた。
余程、腹が減っていたのであろう。
三人は無我夢中といった感じで食事に没頭している。
そんな様子を眺めていると、少しだけだが、嫌なことを忘れられる。
「意外だね」
少女が子猫達の食事風景を眺めながら、そんな事を言ってきた。
「なにが?」
返答の予想はつくが、一応確認する律儀な僕。
「こんな所に子猫がいるなんて」
……そっちか。
「でもさ、この子達の親は?」
「…………いたよ。少し前まで」
「え?」
「…………死んだ」
「あ、……ごめん」
少女が俯く。
「少し前まで、親猫がいた。でも、今はいない。それだけの事だよ」
死んだ。死んでた。死んでました。
僕が見つけたのは、偶然。
国道からずっと血の跡が続いていた。
多分、ひかれたのだろう。
彼女は、運悪く、完全には死にきれなくて、それでも、内蔵を引きずってでも、子猫達のいるここまで戻ってこようとして、そして、
僕がここに着た時には、もう、死んでいた。
そりゃ酷い死に方だった。
顔が陥没していて目玉は片方飛び出して内蔵を垂らしながら血まみれになって、惨たらしく死んでいた。
あの時、僕は再認識した。猫にも表情があるんだな、って。
彼女の最後は、決して安らかなものではなかった。
残酷で、惨たらしくて、苦痛を伴って、彼女は死んでいった。
大多数の生物の『死』っていうのは多分、そういうものなのだろう。
僕は人間も同じだと思っている。
苦しみや恐怖を伴わないで死ねる人間なんて、いるのだろうか?
……そういえば、誰かが言ってたな、死について考える事をひるむ者は愚か者だって。
僕はほとほと疑問に思っていた。
死ぬ、とはどういう事かと。
自分が今まで築き上げてきたモノが全て消え去る時、人は何を思うのだろうか?
人は死を痛みで認識する。
痛みを伴わない死は果たして死と言えるのだろうか?
感覚があるからこそ、人初めて、死を認識出来るのではないだろうか?
感情もまた、そうであろう。
恐怖、後悔、絶望、人によっては希望も当てはまるかもしれない。
そう言ったモノのない死とはあり得るのだろうか?
もし、僕が後数分で死ぬと宣告されたら、僕は、今、どう思うのだろう?
僕は、僕の目からは、涙は出るのだろうか?
…………空想でしかない。
僕は死んだ事が無いのだから、所詮は想像の域だ。
本物の『死』なんて、死んでみないと分からない。
だから、誰にも死んだ後の事何て、分からない。
「でも、この子達、ちゃんと生きてるね」
数分間の沈黙の後、少女がぽつりと呟いた。