サスペリア
「……一応言っておくけど………学校で僕に話かけるのは、よした方がいいと思う」
僕は黒板の錆び付いた部分を見つめながら、そう言った。
「なぁーに言うかと思ったら、そんな事? 校内で誰に話かけようと私の自由でしょ? それとも何? 君、私に話しかけられるのが恥ずかしいとか? 『俺は君の萌え属性に耐える自信がない!』とかそんな感じなの?」
わざとらしいどこの誰?な演技をして、少女は最前列の長机の上に手に持っていた包みを抱えたまま微塵の躊躇も無く、腰掛けた。
「学校では、僕に関わらないのが、お前の為って事だよ……」
少女の為か……ふぅ。
「ふぁぁぇ? なぁにそれ?」
少女が別段たいした問題でもないといった感じで、あくびをしながら聞き返してきた。
「だからさ、言葉のままの意味だって……変わり者好きとかそういう下らない事じゃなくて。とにかく、校内で、僕には話しかけるな」
「まったくもぉ、いっちょ前な口聞いて、なに? もう『坊やだからさ、ふっ』な時期は終了して大人の階段駆け上がろうって腹ですか? ふぅ、いつの間にこの子はこんなに成長したのか。私は置いてきぼりくらったって訳ですか、まったく。『俺には関わらない方がいいぜ、お嬢ちゃん』なんて、君には似合わないよ、全然」
こう見えても英語だけは得意な科目なんだ。
英語の発音はマイナス5点、物真似はマイナス10点、そして僕は全然コメディじゃない気分なのでマイナス15点。
すぐさまゃぶ台をひっくり返したい衝動に駆られる。いや、今はそんな事じゃなくて。
「……もういい、もうなんでもいいから……もう、僕には、干渉しないでくれ」
「なんで……なんで、そんな事、言うの?」
「……お前はもっとまともな人間と、関わるべきだ」
「そんなの……君に言われなくても……私の勝手でしょ……」
「駄目なんだよ!」
なんで、僕が、こんなことで、イラつかなきゃ、いけないんだ。
「なんか、ケイ、顔色悪いよ……」
くそ、頭が痛い。
こんな時に―――
「……ケイ、保健室行ったほうがいいよ――」
少女が、僕に、近づいてくる。
駄目だ、こっちに、くるな。
いま、来られたら。
面倒なことに―――
「ぐ、あたま、痛、が、こっち、くるな――あが、あたま、ががが、あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――」
アイツが、また僕の中で、肉を、神経を、引き千切っていく。
目の奥から、温かい血液が、溢れでてくる。
頭の中が、少しずつ、溶けていく。
目の前が、赤く、なっていく。
感情が、渦を巻いて、僕を、支配する。
もう、だめだ―――
「ケイ! しっかりして! 今誰か呼んで――」
「知ってるんだろ」
少女の腕を掴む。
逆光となって浮かび上がった僕の影が、少女の小さな体を、覆い尽くす。
「え、け、ケイ?」
少女が驚いた顔をして、僕を、見上げている。
この顔、どこかで……どこで――
「……とぼけなくても、いいよ」
知ってるんだろ?知ってるんだろ?知ってるんだろ?知ってんだろ――――
「ケイ……急に、どうしたの……」
この女……
「……お前が、なんで?」
この女、この女この女この女この女この女この女この女の女この女この女この女――――
「さ、さっきから、ケイ、少し、変だよ……」
少女の瞳が僅かに伏せられる。
僕は、少しだけ視線を下げて、前髪の隙間から、少女の首筋を、見つめる。
僕の目には、世界がまるで、曇りガラスを通した様に、曖昧に見える。
曖昧な境界線を、僕の視線が、交錯する。
ぼやけた視界に、少女の白く細い首筋だけが、はっきりと映った。
いつかの記憶が脳裏に浮かび、僕の思考が、一瞬、止まる。
だけど、すぐに、自分の頭に浮かんできた映像を、消してしまう。
そして、僕の意識も、境界線を、失っていく。
「お前は、なにも考えなくて、いいんだョ」
細い、首だ
「ケイ、目が、怖いよ……」
細くて、脆い
「全部、俺に、まかせれば、イイ」
力を、加えたら、壊れてしまいそうで
「ねぇ、具合……悪いんでしょ? だったら早く保健室に……」
これ、折れるかな?
「ハハハ、そう、それで、いいんダ」
俺の両手が、少女の首筋に伸びていき、少女に触れ――