案外ぃロマンチスト
………資料室は相変わらず、暗くてホコリっぽかった。
奥にある僕が良く使う青いベンチは、カーテンの隙間から漏れた太陽の光に照らされ、僕のぼやけた右目には、その表面に真っ白なペンキをぶちまけたように見える。ベンチの周りには日の光に照らされたホコリが極小な生物みたいに宙を舞っている。ベンチの左右には大きな木の本棚があり、長い事、誰にも触れられていないであろう、重厚で無駄に高そうな本が何冊もホコリまみれになって鎮座されている。正面にある小さな黒板は少し錆び付いていて表面を少し触っただけでも指に埃がつく、それほど長い間誰にも使われてないのだろう。黒板の上の時計は針の無い数字だけを羅列した、ただの円盤に成り下がっている。室内には長机が縦に8つ並んでおり、一番前の机だけは比較的綺麗だ。残りの机も機能的には問題は無いのだが、ホコリのパウダースノウをたらふく被っていて、座るには少々戸惑う。
まったく、ここはなんて素晴らしい空間だろうか。
僕はこの部屋が好きなのだろう。
お世辞にも綺麗とはいえないし、暗いし、夏は暑いし、冬は冬で凍死出来るけど、僕はここに居る事を好ましく思っている。
そういえば、どっかの哲学者が言ってたな、心の平穏こそが最大の幸福だって。
誰だっけ?
倫理の時間に習った様な、えーと、まぁ、誰でもいいか。
心の平穏ってやつは、今の僕の心境みたいな状態の事を言うのであろう、多分。
そんな、哲学の一端に曖昧な知識をもってして触れ自己満足にすぎない勘違いをしている時、ふと、思った。
ちょっと待てよ、そもそも、心ってなんだ? と。
心、こころ、こゝろ、ココロ、人間の精神世界の事であろうか?
たまに心ある人とか心の貧しい人なんて言うけど、じゃあ心の無い人間なんているのだろうか?
人間って心が無くても生きていけるのか?
心が無かったら人間じゃないのか?
それでは生きていけないのか?
心とは脆い人間を支える、土台みたいの物なのか?
だとしたら、僕の周りには心の無い人間が結構居るのかもしれない。
もしも、あくまでもしも、心に色があるとしたら――
僕の心は、一体、どんな色をしているのだろうか?
そもそも、本当に心というモノが僕の中にあるのか?
あるとしたら、何処に?
脳が人間の心?それとも心臓?いやむしろ体全体に心が保管されているとか?いやいやもしかしたら心は僕の体にはなくて他の別な所にあるとか?いやそもそも心なんてまやかしであって僕らには最初からそんなたいそうな代物は無くて……じゃあ僕の抱くこの感情は何だ?……え、僕には感情なんてあったのか?……いやあるよそれはだってぼくは自分で物を考えられるし……ん、感情?……それって心がなければ生まれないものでは?は、じゃあ心ってやっぱりあるんじゃないですか?でも何処に?見えないんですけど?目に見えない物は信じる事が出来ない?じゃあ世界の大半のものは君は信じる事ができないねってあれ僕が居るこの世界はなんなんだろう?本物かな?いや案外僕なんてものはもう死んでいてこの僕が生きていると思っている世界は実は地獄とかそう言う世界であってああだから僕はこんなにも苦しんでいるのかなるほどなるほど納得できるよというかああなんかもうだめだおしまいもうここは飽きたし未練はないんで早い所存在自体を消してしまってお願いしますよ、あ、ここら辺で止めておこう。
…………話が破綻し放題だったが、なんたるスピィリィチュゥアルーな考え事。
僕って案外ロマンチストかも。
恥ずかしい……
それはさておき。
分からん。
全然分からん。
というか自分が何を言っているのかが分からん。
ヤバいな、頭が痛くなってきた。
また、あれが来るかもしれない。
まったく嫌だなあれは、呼んでもいないのに突然僕の所に来るからな……来ないで欲しいのに……まぁ、今日は薬が有るから大丈夫…………ん?………おぅ……いやいや、そんな訳が無い、落ち着け僕、薬、薬、は確かポケットに……いや後ろポケットに……クスリ、薬は、胸ポケット…………やばい……忘れた……。
なんて事だ、これでは、本日、今日という日に、僕は、死ねてしまうではないか……さて、どうしようか?
「なに、渋い顔してんの、君?」
「…………」
いつの間に侵入していたのだろうか?
まったく白髪ほども気がつかなかった。
相も変わらず油断ならん奴だな。